3節 地下中央闘技場 ②
武舞台に入ると、周りから歓声とも罵倒とも取れるような怒号が飛んでくる。周囲の観客席には身なりの良い者が大半だ。おまけに、指を指して嘲笑したり、家族で観戦する者達に、酒や食事をする者達が多い。オッズがどうだとか、賭け声までもする。実況も拡声器を手に、観客達を煽るように何かを喚いていた。戦士は命懸けだが、観客にとってはただの娯楽のようだ。
「胸糞悪りぃ」
昔向けられていた視線と同じものを感じて、ガデッサは嫌悪と恐れを感じずにはいられない。
「っと、始まりやがった!」
全員入場するとゴングが鳴り試合開始だ。型式はバトルロイヤル。円形の舞台の周りに水の満ちた堀がある。これに着水で場外。同時参加人数は百人強だが、それでも幾らかゆとりのある広さだ。予選三回、決勝一回。勝利条件は、予選は十人ずつの勝ち残り、本戦は三十分勝負。複数人優勝もあり得るが、観客やスポンサーによって頻繁にルールが変わったり延長したりもするそうだ。つまり結局は、なんでもあり。
「ハァーッ、落ち着けアタシ。戦場を見渡せ、冷静になれ……」
得物を構え、姿勢を低く、端に陣取り様子を窺う。穏便に済ませるなら自ら場外に落ちれば良さそうなものだが、それこそ臆病者の烙印を押され、咬ませ犬や慰み者として、決してこの施設から出ることは叶わない。負けても奴隷として飼い殺される運命だろう。自らの命を危険に晒してでも、真っ向から戦い生き残らねばならない。
「く、来やがったな! オラァ‼︎」
数人に囲まれるが、その者達には見覚えが。そうだ、嘗て自分がぶちのめした奴等だ。復讐しにでも来たのだろうか。
だが一度退けたのだ。そして今なお強くなり続けている彼女の敵ではない。武器を弾いて頭を殴り、腕も叩き落として蹴り飛ばす。
「仮にも、オレは地下を牛耳ったガデッサだ、無礼めんじゃねえ!」
自らを鼓舞すべく吼え立てる。しかしその所為か、やや注目を集めてしまった。
「ケッ、しくじった……」
強者としてマークされたか、いつの間にか包囲されたようだ。
「卑怯……もクソもねえか!」
前から右から後ろから、四方八方に次々と攻撃が繰り出される。防いでは殴り返し、包囲をすり抜け走って距離を取り、再び少数と応戦する。
「はぁ……はぁ……クソったれが」
だが、この戦い方は体力を消耗する。繰り返す度に動きのキレが落ちていく。命の殺り取りをする緊張からか、普段より疲れが溜まりやすい。更に彼女にはハンデがあった。
「ぐっ、見えねえ!」
眼帯をしている、潰れた左目。死角がある以上、そこに回り込まれると一気に不利だ。そして遂に__
「しまった…!」
得物を取り落としてしまう。自らを守る手立ては、最早体一つとなってしまった。
「はっ…⁉︎」
その隙を衝かれた。左側からの接近に気付かず接近を許す。そしてその血塗られた狂刃が、まさにガデッサめがけ振り下ろされようとした。その時__
「ぐあっ!」
突如そいつが吹っ飛ばされた。突然の出来事に困惑し、一瞬立ち竦む。そして、改めて前を見て…
「ッ……!」
息を呑んだ。敵の背後、そこには__
「よう、来てやったぞ」
黒衣を身に纏った、彼の男が立っていた。その一言だけを告げると、次の瞬間には彼女を囲んでいた者達は次々と蹴り飛ばされ、倒れ臥した。
「見返りは考えてきただろうな?」
「まさか、本当に来てくれるだなんて……」
「そんなに意外だったか?」
潤み震える目で、じっと見つめられる。来てよかったと心底思えた瞬間だった。
「悪いな、エントリーがギリギリになっちまってよ。それと、最初に大暴れして変に注目されるのは悪手だぜ?」
エイジの視点。招待状なしに外部から参戦しようなどというのはよっぽど奇妙であるらしく、正気か? などという目で見られながら開始ギリギリにゲートを通過した。
試合が始まると、直様攻撃を仕掛けてきた複数人の攻撃を、ポケットに手を突っ込んだままヒラヒラ避けていく。特に前半暴れている者は、血の気が多いというよりは怯えの色が強い。彼等の体には生々しい古傷があり、ここで闘うことを余儀なくされているのが分かる。女性も例外ではない。
__裏で何があるかなんて考えたくもないな__
格好はいつもの黒マントなので、戦士然としている格好の多い中ではそこそこ目立つが。そんな無礼めた格好の奴なんざ直ぐに消えるとでも思われていたのだろうか、あまりマークされていなかった。
そんなこんなで、試合開始より早くも十分。血の匂いが濃いと感じた時、既に四割が脱落していた。
__随分と試合展開が速いな__
そうも思ったが、命懸けの応酬ならそのくらいにはなるだろう。そして、そろそろ強者と弱者の境界が見えてくる頃だ。因みに彼はその時点で、まだ一度も攻撃していない。武器も持っていない。なるべく影を薄くして、のらりくらりと正面衝突を避けながら終盤まで残ろうと思っていたのだが。
「ま、そうもいかないらしいのよな」
そろそろ不審がられる頃合いだろうか、実況に目をつけられると不味い。注目されないような行動をしてきたが、人が減ると同時にそれも難しくなる。流石に動こうか。と周りを見ると、ガデッサが囲まれているのが目に入り、遂に手を出す覚悟をした。
「ってな感じ」
そう言いながら、武器を右回し蹴りで弾き、左前蹴りで手を打って落とさせると、右裏回し蹴りを上段に当てて倒し、追撃で踏みつけて動きを封じる。このようにして、既に十名以上を戦闘不能に追い込んでいた。
「やっぱアンタ、バケモンだな……」
「まあね。ああ、誤解しないで欲しいんだけど、オレまだ本気の一割ほども出してないから」
「はっ……マジかよ」
人間相手ならば、ハッタリにしか思えないけれど。目の前のこの男は怪物だ。つい先日、子分を一蹴したあの姿を思い出せば、ただ事実を言っただけだと思わせられる。底が知れず、不気味で、恐ろしい。けれど、そんな奴が守ってくれるならば、これほど頼もしいこともなかった。
「ところで、大きな怪我はないかな」
「お陰様で、な」
「おっと、ちょいそこどいて」
先程の救出劇で注目が集まってしまったか、気付けば敵視が向いている。お喋りに興じているところ、ガデッサの後ろから迫っていた奴をドロップキックで退場させ、その体を足場にして宙返りしながら元の位置に戻る。そして、彼の後ろから迫っていた者にも、後ろ蹴りをお見舞いする。
「足技使いか」
「手には武器を持つからね。体術使うとすると自然に足が出る」
「そうかよ。ま、慣れてる様子だったからな。なかなか映えるぜ、ソレ」
「ん、そうかい?」
ちょっと照れた様子を見せるエイジ。だがその蹴りの鋭さは衰えることなく、次々と向かって来る者を返り討ちにしていく。
そしていつしか、エイジのこの強さを見て不味いと判断したのか、周りの闘士からは手出しされなくなってきていた。積極的に攻撃されるわけじゃないのなら、放置して残りの座を奪い合おうといった感じだろう。
最後にエイジが近くの数人ダウンさせると、ゴングが打ち鳴らされた。結果、悠々と予選突破だ。




