3節 地下中央闘技場 ①
約束の日、早朝。再び戻ってきた幹部達に見送られながら、エイジは王都に向かうべく準備する。当然その護衛もまた、話はつけてあるので援護の為に向かうわけだが……
「待ってください……何故ダッキがいるのですか⁉︎」
「わたくしだって、エイジ様の秘書ですわ! 何もおかしなところなどありませんことよ?」
任務内容は、そんなにいいものではない。それは分かっている。しかし、そうだとしても、彼と二人っきりになれると思っていたのに。何かオマケが、当然のようにくっついてきていた。
「まあまあ、落ち着いて。人手が多いに越したことはないんだから」
「う……存じては、おりますが……」
「その通りですわ。さ、行きましょ行きましょ、時間が勿体無いですわ〜」
シルヴァは渋々、背中に飛び乗る。対して、ダッキはというと__
「な、何をしているんですかダッキ⁉︎」
「何って。背中が塞がってしまったのなら、前しかありませんわよね」
両手両足を絡めて、前から抱きつきしがみ付く。そんな彼女を、エイジも両手で抱き返す。
「エレンさん、そちらの準備は?」
「問題ナイ。イツデモ出ラレルゾ」
エイジの後ろに控えるは、何人もの飛竜隊。もしかしたら、スラムに出向いた際に何人かこちらに連れ帰る可能性がある。その為の足だ。
彼等の用意も整ったことを確認すると、エイジも飛行体勢を整える。後ろの飛竜隊に合わせるため、今日は以前ほどの速度は出さない予定だ。
「じゃあ、いくぞ」
「……(プイッ)」
「帰りはポジション逆にしようか」
なんとかご機嫌とりをしようとしつつ、彼は目的地へと飛び立った。
移動に於いては、速度の関係から時間はかかるが、恙無く進行。直ぐに王都に到着する。
「さあダッキ、これが王国の概観だ。見ておくといい」
「へぇ〜、街を上から見るだなんて初めてですし……なんだか不思議な感じですわ」
初めて来た時と同様に、ゆっくりと上空を旋回。しかし前回と違うのは、まだ人目の少ない早朝であり、翼の噴射には隠蔽措置が施されたこと。遮音していようがどうしても響いてしまうジェットのような独特の飛翔音以外、接近を気取られることはないだろう。
「さて今回は……あそこから侵入するか」
向かう先は、幅五メートル程の穴。闘技場から近く、飛竜もなんとか通れるような都合のいいもの。危ないからと柵が立てられ、近づく者は皆無。通り抜けると、その穴の長さは二十メートル強くらい。
潜り終えると減速し、近くの空き地へ着地。人避けと隠蔽措置を施して、簡易的な待機ポイントを作成する。
「エレンさん達飛竜隊は、合図があるまでここで待機していてください。さてと……ダッキ」
「はい、なんでございますの?」
「尻尾、仕舞いなさい」
「わたくしのアイデンティティー⁉︎」
何やら酷くショックを受けたらしい。そういえば確かに、ダッキという者を構成するキャラクターの大部分は、キツネのイメージ。それが無くなるというのは、ダッキにとって辛いのだろう。しかしだ、ここでは譲れない理由がある。
「はぁ……だってさ、侵入だぜ? もしそこ行く人に尻尾が生えてたら、誰だって二度見する。無用なトラブルを避けるためにも、注目は引かなければ引かないほど良い」
「うう……わかっておりますけども」
「安心しろ、キツネ要素が抜けたって、お前に対する気持ちが変わることはないから」
どこか、いや……とても嬉しそうに照れ照れするダッキ。それに合わせて尻尾と耳がパタパタと……
「まあ、魅力大幅減は否めないけど……」
「台無しですわ⁉︎」
「漫才は程々にして、早くなさってください」
「「は〜い……」」
突っ込まれては仕方ない。ダッキは渋々耳と尻尾を隠し、エイジは以前シルヴァに与えた物と同型を手渡す。
「顔隠すためのボロと、通信機能付きの指輪。ボロはこの作戦終わったら捨てていいよ」
その指輪を、ダッキは右手の薬指に嵌めた。そんな彼女にシルヴァが耳打ち、ダッキの顔色が変わる。
「さあて、行くかぁ」
指輪に見惚れるダッキの意識を上書きするように、ついて来いと促した。
そこからは無用なトラブルを避ける為、忍者のように建物の陰を魔族の身体能力を発揮して駆け抜ける。そうすれば、ものの数十秒で正面まで辿り着けた。
「これが、目的地の闘技場ですか」
「ほぇ〜、結構大きいんですのね」
ガデッサの話だと、闘技場は中央にある一番大きいものだそうだ。だとすると、エイジの目の前にあるコロッセオを彷彿とさせる建物がそうなのだろう。
「さてと、では指示を出す。オレは、正面から飛び入りゲストとして出場する。二人は観客として中に入り、左右それぞれの中央にいてくれ」
「危険ではありませんか」
「この中で一番戦闘力と対応力が高いのはオレだ。それに、もし何かあった時は指示を出す。すぐ動けるように待機しててくれ」
「了解いたしましたわ」
指示を受けたダッキは、右手に嵌めた指輪を掲げる。
「因みに。もし痴漢されたら、遠慮なくブッ殺しちゃって大丈夫だよ。ただし、断末魔は上げさせるな。面倒な騒ぎになる」
「あら、いいんですのね」
「無抵抗を厳守させるつもりはない。何せオレは、独占欲が強くてね。オレが大切に思うもの、そしてオレを愛する者が穢されるのは、我慢ならない」
そのように思ってもらえることが嬉しいのか、二人は少し照れたような様子を見せた。
「もしそのようなことが起こったようなら、そいつの所属する国ごと滅ぼしてやるさ」
「いやはや、それは恐ろしいですわぁ。特に、ダーリンならやろうと思えばできてしまう辺りが」
「ダーリン…?」
ダッキの呼び方に引っかかり、鋭くなるシルヴァの眼光に対し、ダッキはイタズラっぽく舌をちろりと出す。またバチバチし始めそうだ……そんなことになる前に。
「さて、打ち合わせは終わりだ。ハンドサインは覚えたな? もし何か不測の事態があっても即座に行動できるように、戦闘態勢は整えておくこと。では行ってくる」
「了解!」
「ラジャ! ですわ〜」
三人は散開し、それぞれの入り口へと向かっていった。
場所は移り、剣闘士待機部屋。ガデッサはエントリーすると、そこの隅で縮こまるように自らの出番を待っていた。
「ヤツは……来てねえのか……?」
出場者一人一人を隈なく確認する。しかし、あの白髪はおろか偽装状態の顔すら見つけることはできない。
「……クソッ」
一縷の望みに賭けた自分がバカだった。もしあの出会いが無ければ、他の全てを見捨ててでも出場なんかせずに逃げるつもりだったのに。もしここで生き残れるなら、身の回りの者達は、僅かな間だけでも安寧に過ごすことが出来るのだ。だから、生き残れる希望があるならと、出場を選んだというのに。
「……ッ」
恐れからか、体が震える。体を抱き、鎮まれと願う。しかし、寧ろ恐怖は増していく一方だった。自分がこれほど怯える羽目になるのは久しぶりで、しかしそれはトラウマを抉り、また彼にそれ程期待していた自分に失望する。
「いままでアタシは……全て自力で__」
その言葉は、部屋中に響いたアナウンスによって遮られる。開始時刻が知らされると同時に、ステージへの門が開いた。参加者だろう者達は血に飢えた目をしていたり、平静を装っていたり、或いは見るからに怯えていたりと三者三様。
「やるしか、ねえか……!」
今までは頼もしかったが、今となっては貧弱としか思えないような棒を引き抜くと、ガデッサも舞台へ入場して行った。
「__小さな背中だ……」
その姿を見かけたエイジは、憐れむように独り言ちる。その背は、前見かけた時よりもずっと小さく、今やか弱い乙女にしか見えなかった。
「さーて、気ぃ抜くなよ、オレ」
エイジはというと、のんびりリラックスしている。なにせ今までずっと激しい戦いを凌いできたのだ、今更こんなことで緊張なんかしない。それでも、今回は護衛対象がいる。気を抜いて怪我を負わせるわけにもいくまい。




