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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編

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幕間 幻獣の恋慕 ①

 夜、時は来れり。控えめなノックが鳴る。


「エイジ様〜、お邪魔いたしますわ〜!」


 その印象とは反対に、明るく元気にダッキが侵入。ベッドに座るエイジの横へ、自然に腰掛ける。


「お話、よろしいです?」


「ああ。で……何の用件かな」


 ダッキの装いは、着崩した着物。はだけた箇所からチラリと覗く肩や胸元、太腿が視線を引き寄せる扇状的な装い。そういう目的、ということは察せられるだろうが、彼がそれらに視線を向けたのは一瞬だけ。目を見つめてくれるのは嬉しいけれど、もうちょっとくらい誘われてほしかった。


「ええと、それなのですけれど……エイジ様、あの、わたくし__」


「告白だろ」


「ひぇっ⁉︎」


 まさかズバリ言われるだなんて。尻尾と耳が総毛立ち、顔が朱に染まる。


「そのカッコ、完全に狙ってるだろ。それにな……何度か経験したんだ、もう察せるとも。お前がしおらしい雰囲気を出すほどの内容だって。間が悪いなぁ、まったく」


「うぅ…」


 耳と尻尾はペタンと伏せて。そのままこてん、と寄り掛かる。


「いつか__」


「わりかし最初から。気になるからとちょっかい出してたら、いつの間にか……自覚は、レイエルピナが来たくらいから、オレが過労で倒れた後くらいかな。ガチ恋になっちゃった感じでしょ」


「ふぎゅ……ひどいですわ! あんまりですわ!」


 オーバーキルにも程がある。手玉に取るのはこちらの領分の筈なのに。いつの間にか逆、弄ばれていた。ちょっと屈辱、でも悪い気はしない。


「最近、シルヴァさんとの距離もだいぶ縮まったようですし? どーせ何かあったんだろうなっていうのは分かっておりましたが……そんなに女慣れされては面白くないですわ!」


「ふ、誰の所為だろうね? 今まで遊び半分に散々誘惑されてきたおかげで、耐性ができたんじゃないかな」


「うくっ…」


「だが安心しろ。慣れたといっても、魅力を感じなくなったわけじゃない。今だって、内心は大変かもしれないぞう?」


 そう言いながら抱き寄せて、頭をぽんぽん撫でる。不満そうな顔だけど、尻尾は素直。嬉しそうにゆらゆら揺れる。


「ダッキ、オレからもさ、訊きたいことがあるんだけど」


「なんでございましょ」


 不貞腐れた返事だ。やっぱり可愛いなとか思いつつ。


「聞かせてほしいんだ、キミの、生い立ちを」


「あら、わたくしの過去にご興味が? ありのまま話せば、きっとあなたは幻滅なさると思いますけれど」


「それでも知りたい。知らなければ、分かりあうことも、愛し合うこともできないだろ」


 真面目な、大好きな顔に見つめられては、断ることなどできようも。


「……わたくしの逸話は、知っておりますわね?」


「ああ、概要はな。……ダッキ、嘗て或る国の秩序を乱したとされる大化生。魔術・幻術を操り、人の心を手玉に取る話術、権謀術数を巡らせる頭脳と、嘘や演技を見破る洞察力、獣が如き感覚の鋭さと危機察知能力……意のままに人を操り、国を傾けたとされる。……キミ自身が語ったことだ」


「その通りですわ。けれど……大雑把ですし、脚色もありますわ。というわけで……話しましょうか、わたくしの物語」


 どこか遠くを見つめるように、懐かしむように語り始める。



「わたくし、かつては山奥で生まれた、ただの魔獣だったんですわ。けどもですねえ、ある時嵐に煽られて、崖下に転落しちまいましたの」


「うわっ……大丈夫なの、それ」


「わたくし、今ここに五体満足で生きておりましてよ。……まあでも、大丈夫な訳ありませんわ。運良く川に落ちましたけども、嵐ですし、荒れてますわ。何とか岸に上がりましたものの、衰弱しきってましたし……洞穴に逃げ込んで、すぐに力尽きてしまいましたわ。今でも川は、少し怖いです」


 災害による事故。自然界では数えきれないほどあることかもしれないが、結構可哀想な目に遭ったんだなと同情中。


「わたくし、死んじゃったのかな……そう思って目を開けましたの。そしたら、すごく驚いたことになっておりまして!」


「それは……?」


「わたくし、気付いたら強い力を持っておりましたの。そして、なんというか、知性? 的なものまで手に入れていたのですわ。自我に目覚めたのですぅ。周りを見渡してみれば、大粒魔晶石の結晶だらけ。多分、そこは龍脈の上だったんですわ。そこで高純度魔力に曝されて……わたくしは強大な魔力と身体能力、そして知性を持つ幻獣へと開花したんですわ! 超ラッキー!」


「ま、それだけじゃねえんだろ。魔獣に幾ら魔力を注ぎ込んだって、幻獣に昇華するなどと、全てが変化するとは限らないだろ? ダッキ自身の高いポテンシャルあってのもの、だとオレは思うよ」


「うむぅ……持ち上げるの上手いですわね」


 照れ臭そうに体を擦り付けて、甘えるように抱きつく。


「続けますわ。知性を手に入れたわたくしは、ある存在に興味を持つようになるんですの。それは……ヒト。ちょうど住んでいた山に小さな山村がありましたので、その生活を観察するようになったのですわ」


 観察を経て、彼等が穏やかな者であると感じた彼女は、接触を図る。魔力を抑えつつ彼らの前に現れると、彼等は物珍しそうにしながらも、暖かく迎え入れた。食事の一部を与え、撫でたりと。そんな人々に、彼女も心を開いていく。


「そんなある時のことですわ。村が魔獣の群れに襲われたのです。村人達は、わたくしによくしてくださいましたわ。その御恩を返すべく、守りたい……そう強く思ったのです。そしたら__」


 そんな一心で力を求めた彼女は、魔力を解き放つ。すると、狐型の魔獣は、幻獣九尾へと変貌。真に幻獣として覚醒し、容易く群れを追い払った。纏めると、そんな感じ。身振り手振り、擬音、大袈裟な話なものだから、エイジは少し反応に困った。


「後に幻獣形態を解き、狐に戻ろうとしたんですけれど……戻れなかったんですわ。けどその代わりに、体は人の形をとったのです」


 自分が人型になったことに驚きつつも、正体を隠していたことを詫びる彼女だったが、村の者達は深く感謝し、ある伝承における山の守り神の名、『ダッキ』という名を与える。


「それが、幻獣ダッキの誕生か」


「ええ、そうですわ。まあ、随分と昔のことですので、結構忘れてはおりますが……。続けますわ。正体を明かしたわたくしは、彼らとより打ち解けましたの。そこで、その人々の生い立ちを訊きましたわ。どうやら彼らは、国の政権に不当に国を追い出され、逃げるようにこの山で細々と暮らすことになったそうですの」


 そして、ダッキが人となってから、この集落で暮らすこと暫く。前村長が亡くなり、この集落を後にするという村人達の誘いを断り、ダッキはある場所を目指す。


「ある場所って?」


「それは……山村の者たちを苦しめた元凶のいる場所、国の都ですわ」


「何故だい?」


「……さあ、なぜでしょう」


 暈しながらも、話を続ける。都に向かったダッキは、その美貌から貴族等に気に入られ、すぐさま取り入ることに成功する。


 下卑た貴族達を見下しつつも表面では愛想良く、獣の勘で嘘を見抜きながらも知らぬフリで、彼女は勉強を重ねた。


 そしてある時から頭角を表し、貴族を謀殺。権力者を取り込み、王朝を陰から意のままに支配するまでに至る。


「それが、山の守り神から変化した、傾国の大化生、ダッキか」


「その通りでございますわ、旦那様。ですが、妾の悪行は、それだけには留まりませぬ。忙殺しきれなかった者達は暗殺し、城下に繰り出しては、夜な夜な人々に虐殺を繰り返す。それが、悪逆無道な卑しきケダモノ、ダッキの本性……これを聞いて、どう思いますの?」


 口調は変わる。自らの過去の行い、その行いを想起し当てつけるかのように、高圧悪辣なものへ。その奥には、不安が垣間見え__


「別に何も」


「はぁ?」


 なんだかとても、間の抜けたような返事だ。全く思いもしなかった返答らしいや。


「あなた、殺生はお嫌いではなくて? こんな下劣なモノを__」


「軽蔑し失望するとでも? まさか! 過去に何があろうと、今は今だ。今まで君と接してきたオレは、どういう存在なのか想像し、それを信じてるから。君は人のことを揶揄ったり、イタズラしたりするのは好きだけれど、無意味に人を陥れたり殺したり、秩序を乱すようには思えない。聡い君のことだ、何かそうするだけの理由があった。そうだろう?」


「うっ…ぐ……くぅ………」


 こんなにも、真っ直ぐに受け入れられてしまうだなんて。何も言い返せないじゃないか。嬉しさなのか、安心なのか、それとも見透かされたようで恥ずかしいのか、或いはお人好し過ぎて呆れているのかは分からないけれど、感情をぐちゃぐちゃにかき乱されては、何だか涙が出てきてしまう。


「…………おほん、話を再開いたしましょう。わたくしが宮を支配する時代は長く……数十年は、続きましたわ。けれど、わたくしは幻獣。何十年の時を経ても、その外見が変わることはありません。殺人などの行為も、隠し切ることはどうしてもできませんでしたし。そんなわたくしの暴虐と不自然さに、ただの反発だけでなく、不審感を抱いていた者達の言を受け、遂にわたくしダッキを討伐しようという動きが出始めるのです……」


 そのことをうっすらと感じていたダッキだが、行いを改めることはなく。


「そして……わたくしはある日、王宮内にて闇討ちをかけられるのです」


 幻獣としての正体を表し、応戦するものの、人間数十人を余裕で殺せるその力は既に考慮内。対策を練った一国の軍隊を相手に、大激闘を繰り広げる。


「わたくしもあの手この手で奮戦いたしましたわ。けれど……徐々に削られて。消耗し切ったわたくしは、船乗りと船を奪って辛々島から脱出した。ですが、不運にもその日は大嵐。海に出たとしても、どこかに辿り着ける保証など、ないのですわ」


「また、嵐、か……」


「ええ。もうわたくし、荒天が大っ嫌いですわ。怖くて怖くて仕方ありませんの。もし来たら、傍から離れないでくださいましね」


 どこかお気楽に、またさりげなく甘えるような抱きつき方をする。


「ああ、勿論だとも」


 それに返すように、エイジもまたダッキを優しく抱き寄せる。


「……息、荒いよ? 大丈夫か? ……辛いことを思い出させてしまって、悪かった」


「いえ、そうでは…ないのですけれど」


__もうそろそろ……限界かも…ですわ__


 もう彼女の中は大変なことになっている。だが、エイジはそれに気付かず、心のままに受け入れ甘やかすものだから悪化する。


「……わたくし、嵐に煽られて。数日漂流したのですけれど、気付いたら船は陸に打ち上げられていたのですわ」


 辿り着いた場所で暫く療養したのち、アテもなく彷徨い。文明がないことが分かると、森の中の小高い山の洞穴に入り、自ら封印をかけて永き眠りにつく。そこからは何度か、強い魔力を感じる度に覚醒と休眠を繰り返し、麓の獣人達を守ったりしながら幻獣らしく気ままに暮らしていたが。


「そして、ある時ふと目が覚めまして。感じたのは、今まで感じたことのないような強大かつ異質な魔力でしたわ。興味を覚えたわたくしは、ちょっかいを出そうと封印を破り、あなた様と出会うのです。……これが、わたくしの昔話ですわ……いかがでしたか?」


 ダッキは甘えて埋めていた顔を離し、おどおどと伺うように目線を合わせる。


「ああ。有意義だったよ。君が一体どういう存在か、理解が深まったね」


「どのように、感じられましたの…?」


「うん。君は、オレと同じ……お人好しだ!」


「はぇ…?」


 もう訳がわからないよ。


「君がそのような行いに及んだワケ。それは……嘗て山村で出会った人々への恩返し……その延長、彼等のような不幸な人間が少しでも減るようにと願い、その国を作り変えたかったからなんじゃないか。その為ならばと、汚職をし悪政を行う貴族を謀殺、或いは直接手を下した。城下における殺戮も、どうせ悪人狩りだろう。君は器量がいい。それは、この国に一瞬で馴染み、オレの仕事を熟せるようになったことからも分かる。そして、猛勉強したと言ったな。ならばきっと、その望みの為の行動は間違ってなかった。君が支配するようになってからというもの、国の治安は間違いなく良くなっていたんじゃないか? けど、気付ける者はいなかった。そんな気がするよ」


 優しく落ち着いた声で話し、愛おしそうな手つきで撫でる。


「どうかな? 違ったら__おわっ!」


「ううううあああああ!!! もう‼︎ あなたという人は! どうして‼︎ そうなんですのーー!!!?」


 気づけばエイジは押し倒されていた。押し倒した側のダッキはというと……息は荒く顔は真っ赤で、着物がはだけて色々と見えてしまっていた。


「なんなんですのなんなんですのなんなんですの!!? なんでなんで! お見通しなんですかぁ⁉︎ ううううう……恥ずかしい、ですわぁ! 嫌われるだなんて、心配して損しましたぁ!」


「おい、どうしたダッキ⁉︎」


「見ればわかりますでしょう⁉︎ わたくしは! 今! 発情しているんですわ‼︎」


 着物の裾から見える鼠蹊部周りを見れば、ひどい有様になっていた。


「あなた様の周りで起きる出来事は、どれも大事件で! でもそのおかげで退屈しなかったですし! 働き甲斐はありますし! 幻獣仲間に友人もできましたし! 仕える主人は、わたくしと同じ理想を掲げるイイオトコで! 匂いも声も撫で方甘やかし方さえサイッコーで! 退屈だった王宮や、暗く静かで狭苦しかった洞穴とも違って、賑やかで明るい魔王国での暮らしは、山村での穏やかな暮らしを思い出すこともできて、それ以上、過去最高に幸せでしたわ!」


 息切れするほどの勢いで自らの本心を全て曝け出し、ぶち撒けながらエイジの寝巻きを剥ぎ取る。


「もうっ! 限っ! 界! ですわぁ‼︎ わたくしはケダモノでしてよ! 襲いますわ!!! いただきまーーす! ですわぁ‼︎」


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