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魔王国の宰相  作者: 佐伯アルト
Ⅵ 宰相の諸国視察記 前編

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2節 アンチデモンズ ③

「くっ……遅れて来てみれば、全滅とは……不甲斐ない」


「おや、無能な部下を持つと大変ですな」


「違う! 私は友軍の危機に間に合わず、守れなかった己が情けない!」


 現れたのは、爽やかで中性的、美形な顔立ちの者。声も中性的であり、性別の判別は容易ではない。身長はエイジと同程度だが、体格は彼よりやや華奢である。真紅の髪は後ろで一つ結びにされ、前髪は七三で分けられ額が出ている。瞳はアンバー。その表情は凛々しい。


「ほう、君は誰かな?」


「私はアンチデモンズの隊長、イグゼ!」


__……苦手なオーラだ__


 下馬したイグゼは、サーベルを抜く。顔立ちや佇まい、トリコロールのチュニック、白いパンツのような装いからさえ、王子様オーラが感じられる。


__こういうのは大抵弱い、追い詰められりゃ、醜い本性、ボロが出る__


 爽やかイケメン大嫌い、僻みMAXの卑屈エイジは、ボコボコにしてやろうと内心決めた。


「さて。まさかとは思うけど、オレと殺り合う気?」


「そのまさかだ。と言ったら、どうかな」


「ふむ、そこに転がっている精鋭部隊が、目に入っていないことはないと思うけど」


「そうだな。だが、やってみなければわかるまい!」


 どこか落ち着いた様子の彼はサーベルを構え、腰を落とす。対するエイジは、大剣化したアロンダイトを手に取った。


「そうかい。なら、お遊び延長と参りましょうか、ね!」


 肩に担いだ大剣を、エイジは無造作に振り下ろす。


「ふっ!」


__速い⁉︎__


 ノーモーションの筈だが、エイジが初動に入った瞬間には、攻撃範囲にいなかった。振り下ろし床に刺さった剣を持つ手はそのままに、カウンター突きは体を捩って回避。その勢いで切り上げるように剣を振り回すが、矢張りそこに彼の姿はない。


「チッ、上だろ」


 音速での飛翔さえ可能な彼の動体視力が、視界に入っているなら動きを逃す筈もない。イグゼの跳び上がっての振り下ろしを持つ手のすぐ横、柄で受け止める。


「ちょこまかと、小癪!」


 殴るように押し返す。彼の膂力に押され、イグゼは数メートル飛ばされるが、ひらりと軽やかに着地する。


「オラァ!」


 着地後の隙を狙ったエイジの突き。然れど綺麗な着地をしたイグゼに隙はない。エイジの左側に回り込む。が、その動きはエイジも予測。追尾するような横薙ぎをお見舞いするが、イグゼは二歩距離をとり範囲外へ。エイジは体を捻った状態、動けない。


「もらっ__」


「なんてなァ!」


 そう思ってイグゼは攻撃を仕掛けた。しかし、右足の蹴りが飛んでくる。


「なっ! くぅ…ッ」


 結構無理な体勢、次の動きは簡単ではない。しかし当たった。イグゼは攻撃を中断、ナックルガードで受け止めたが、衝撃で姿勢を崩し、地を転がる。この攻防、僅か十五秒。


「おやおや、綺麗なお召し物に埃が。払わなくていいのかい?」


「ふぅ……そんな余裕は与えてくれないのだろう?」


 一見互角、寧ろエイジが押されているように、傍目からは見えただろう。しかし、当人達は違う。


__このままなら、勝てる__


 エイジは相手の技量を察知。かなりの使い手だが、苦戦こそすれ勝利は揺るがない。そも、当たったところでダメージにはならない。対するイグゼは、


__このままでは、マズイな…__


 相手の得物に対して、相性が良いから食らいついていけているが、このまま戦えば押される。何より、


__あのパワー、そして重い剣……打ち合えばへし折られる__


 蹴りが掠っただけで、ナックルガードはひしゃげている。そして、もし得物を替えられれば、その瞬間に勝敗が決まるとも感じていた。


 だが、両者共に気づいていることもあるのだ。それは、


__まだコイツ(彼)は、本気を出していない__


 互いに未だ様子見に過ぎない。そんなことは重々承知。その中で、エイジは揺さぶりをかけるべく、一つ行動をとる。


「アンタ、イグゼといったか。一つ訊きたいことがある」


「何だ、答えられる範囲ならば答えよう!」


「キミ、どこか諦めてるね? 諦観の念を感じるけど」


 その指摘。された瞬間、時が止まったかのような静寂。


「…………ふ、見抜かれるとは。ああ、私は貴様に勝てるとは思っていないとも」


「おや、肯定してしまうのか」


「ああ。だが、時間稼ぎくらいはできよう! 私は命を賭してでも、この国を……この街を、民を護る責務がある!」


__ケッ、言動まで王子様かよ__


 或る一人のお姫様も、嘗て同じようなことを言っていた。しかし、その時とは些か状況も異なる。


「へえ、そうかい。でもな、オレもう帰るつもりだったんだよ。キミらに呼び止められなければ、な。そう言ったら、アンタはどうするんだイグゼさんよぉ」


「そうか。……だとしても! 今この場で貴様を逃せば、今はよくとも、いつかこの国を危機に陥れる! 帝国の二の舞になるわけにはいかないのだ! 覚悟!」


「するのはそっち側だろうがよォ!」


 ゆらゆら歩いて距離を詰め、無造作な乱れ斬り。しかし以前とは違う。完全にてきとうではなく、相手の動きを予測して追い詰めるような軌跡を描く。


「チッ、このタイプは……」


 しかし、それでも当たらない。パワー型のテミスやベリアルにエリゴス、バランスタイプのレイエルピナにノクトやレイヴンとも違う、スピード・テクニックタイプが相手。即ち初見だ。だがエイジは、初見相手に滅法弱い。それは彼の戦法にある。


 以前神域で鍛錬はしたものの、それは飽くまで経験を積むことが目的。技の冴えや判断の処理速度は改善が見られたものの、頭で考えて行動するという根底の行動が変わったわけではない。相手の行動を予測し、パターン化された自らの行動をプログラムのように実行する。予測出来ない場合は、動きを見てから反射的に行動する。つまり、動きは後手かつ単純なものに成り果ててしまう。


 つまり、イグゼという相手は、今のエイジが苦手な要素を複数兼ね備えているということだ。初見のタイプで予測が難しく、高機動性で後手の動きは避けられ、単純な動きはテクニックで流される。決め切れないのはその所為だ。だから__


「はぁ!」


「ぬ……っ」


 攻守交代、防御にシフト。敵の流れるような連撃を受け止め、動きを観察。慣れていき__


「そこ!」


「ッ……! しまった」


 魔力を込めた鋭い一撃が、イグゼのサーベルに当たる。刃同士が打ち合った。が、アロンダイトがサーベルを両断する。


「くっ……やってくれた」


 綺麗に両断された切断面を憎らしげに眺めると、柄と鞘を放り捨てる。


「得物を失って、降伏か?」


 力無く、手を下ろした様子のイグゼに、一見不用意にエイジは近寄る。項垂れた様子の彼に、剣先を突きつけて、投降の意思を確認__


「ハッ‼︎」


「ッ! するわけないよね知ってたヨォ!」


 エイジがいつでも下がれるようにしていなければ、喉元に突き刺さっていただろうその得物は……両手に持った短剣だ。


「チッ、まだ本気を隠してたと思っていたが、まさか二刀使いとはな」


「意外かな?」


「いいや、イメージ通り過ぎんだよ」


 一番持たれたら嫌な武器が出てきて、ゲンナリ中なのである。


「ま、いいさ。そっちが得物を変えんなら……」


「なんだ⁉︎」


「こっちも変えるまでよ! こい、『ブリューナク』‼︎」


 アロンダイトを放り投げ、取り出したのは槍、その先端横側に三日月状の斧と鉤爪の鎌がついた複合武器。槍斧こと、ハルバード。しかも穂先から石突きに至るまで、全てが蒼銀色の魔導金属製で特別仕様。扱いの難しい特殊武装だが、彼とて鍛錬で幾らか使い熟せるようにはなっている。そうでなければ出すものか。


__最悪だ……__


 苦手な長物。先端の斧は一撃が重く、重心は偏るが彼の膂力なら軽々と振り回せる。複合武器の多彩さも相まって、厄介なことこの上ない。気を抜けば貫かれ、刈り取られ、叩き潰されるだろう。


「手数で劣るなら、リーチと重さで勝る。利点が同じなら、使い慣れた相手に分があるからな。器用貧乏なこのオレは、相手の土俵じゃ戦わねえようにしてんだわ。じゃ、行くぜ?」


 左を前に、重心を後ろに。足を開き、ビリヤードのような構えを見せる。


「ふ、この私をそれほどの相手としてくれたか。ならば死力を尽くして受けて立つ!」


 左を引き、半身前、直立しダガーを構える。


 睨み合う二者。間合いは七メートル。武器を握る手に力が籠り、緊張は高まる。そして……ある瞬間に爆ぜ、激突する。


「ゼッ!」


 まず仕掛けたのはエイジ。四歩で詰め寄り、喉元を穿つべく一突き。


「ッ! アッ!」


 対して、イグゼは殺気を鋭敏に感知、体を捻り最小限の動きで躱す。攻撃後の隙を突き、短剣を振るおうと__


「くっ…!」


 振り下ろされる斧に気付き、慌てて手を引いた。


 だが一撃の脅威はまだ終わらない。斧は振り下ろされ、穂先は体の後ろに来ていたが、その形状を思い出すと、咄嗟に飛び上がる。


「ッ‼︎」


 ゾッとした。少し判断を誤っていれば、二度と歩けなくなっていただろう。鉤爪の鎌が、足のあった場所を抉っていた。


 だが、一連の攻撃動作を終えた敵には隙ができる。そう踏んで、反撃を仕掛けようとしたが。


「うっ…!」


 一歩踏み込み、すぐに止まる。それが正解だった。顎スレスレを、振り上げられた柄の尖端が掠めていく。


 そして、ガラ空きの胴体を、敢えて見過ごし横へ逸れる。そこへ、石突が叩きつけられ、地面に深々と突き刺さった。それは平ではなく、穂先と同様に鋭かった。


 そこからはエイジのペース。流れを奪われ、主導権を握られたイグゼは、流れるように矢継ぎ早に繰り出される攻撃に対して、回避に徹するのが精一杯。先程の拮抗は崩れていた。


 槍での突き、鎌での薙ぎ、斧での斬撃。更に石突きさえもが鋭い。中距離での手数は槍斧が強く、近づけない。有利な超至近距離に踏み込もうと思えば、薙ぎ突きしながら下がられる。潜り込んでも、体術が待っている。


__接近するには……__


 無闇に距離を詰めるのは諦め、イグゼは構えを直す。


__迎撃を!__


 再びの槍突撃。誘うべく、剣は低め。重心は低い、突きは躱せた。だが、高さの変わらぬ手に穂先が落されて、斧がダガーを叩く。


「ぬっ…! はっ!」


 右手は落ちたが、左手で頸を__


「チッ、イ!」


 すぐさま槍斧を引き、石突を跳ね上げて柄で止める。


「ぅアラァ!」


 鉤爪と穂先で顎を狙うが、上体を逸らし、鼻先スレスレを槍先が掠める。


 槍を掲げた体勢、隙ありだ。右で槍が降ろされぬよう押さえつけて封じて、左を構え直し、溜めて胸へ。


「キ…ッ!」


 左手を離し、体を捻って避け、二歩距離を開ける。


「ぬゥあ!」


 体を回転、遠心力で斧を加速、横から打つ。


「ッ、ハァ‼︎」


 イグゼは伏せつつ両手を後ろへ伸ばし、両刀食らいつくように急所を狙うも。


 エイジは力に身を任せ、振り抜いたままに距離を取る。槍の構えを右前左後シフト。


 そこへすぐさま追い縋る。左手のみで打ち出される槍を双刀で叩き、反動で回転、背中合わせ__


「てやッ!」


 叩いた反動のままに上段から、交差させ振り下ろす。


「ケッ!」


 すぐさま手を引き両手持ち、攻撃を受け止め、互いに仰反る。


「「はっ!」」


 同時に右足の上段蹴り、交差し掠る。しかし双方重心は後ろ、当たりはしない。


「うっ…」


 擦っただけ。しかし、その衝撃、その威力にイグゼは呻く。


 それにより、先に立て直したのはエイジ。足を戻すと、軸足変えずに後ろ回し蹴りを脇腹に。けれどイグゼがよろめいて、空振りに終わる。だが、問題ない。


「そこだ」


 両手で力強く胸を狙う。防御に双剣は間に合うが__


「にっ…!」


 剣はひび割れ砕かれる。その持ち主は、驚愕に双眸を見開いた。


「いただき」


 得物を失った敵に、此度こそはトドメを刺さんともう一度突きを__



「などと!」



「くっ⁉︎」


 槍は弾き上げられた。即座に首へと迫る追撃を、辛うじて避ける。


「ヘッ、なんだよ……予備があんのか」


 エイジは跳び退き、再び間合いは開く。両者、様子を見合う。


「ああ。短剣など、使い捨ててなんぼだからな。そして__」


 構え直された短剣は、右手に朱色の、左は蒼い炎を纏っていた。


「このような使い方だってある」


「属性か。器用なモンだな羨ましいわ!」


 槍を両手でしっかり握り締め、眉間を、肩を、胸を、首を穿たんと連続で突き出す。


「えェヤ!」


「くう!」


 受け止めれば砕かれ、流せば爪に巻き込まれ、却って弾き飛ばされる。


「本気になってもらったところでわりぃが、慣れてきたんでな、少し上げさせてもらうぜ!」


 八突きして距離を取る。弾いた数は三本。イグゼの顔は、焦りからか少し歪む。


「ふぅ……上げる、か。そうだな、やはり貴様は今まで手を抜いていたか」


「ほお?」


 問答の時間か。右手を離し、槍先を落とす。


「不思議に思っていた。本気を出した魔族の身体能力、そしてその武器ならば、私となどは戦いにならない筈だ。目に追えぬ動きで穿たれるか、叩いても軌道は逸らせず、武器は砕かれる。先程蹴りが交差した時、本気だったら私の脚は潰れていただろうに。なぜだ、何故早く私を殺さない」


「言った筈だぜ、遊びだとな。それによ、無益な殺生はしない主義だ。テメエの部下だって、まだ息はある」


「なんだと……?」


「ま、偽善者気取りだ。それになぁ、オレの趣味は戦いでね。強い奴との戦いは心が躍る。力任せで終わっちゃ、まあたまには面白いかもしれんが、戦い甲斐がない。で、その割にゃあ、オレは戦闘が比較的不得手でね、力や能力に頼ると技術が磨かれない。だから、ギリギリまで力を落として自分を追い込むのさ。……そんでもって、一つ忠告だ。燃焼ってのは激しい酸化反応でな。つまり……剣に炎を纏えば、焦げて錆びつきナマクラよ‼︎」


 吠えたエイジは大きく飛び上がり、空中で前転、斧を力強く叩きつける。喰らえば原型も残らぬだろう、イグゼは飛び退き両手から牽制に投擲。更に追加で腰から二本。しかし、四本の剣は切り上げ、撃ち落とされて少しも有効ではない。


「狙いはいいがなぁ! ほいさァ!」


 突き、からの斧振り上げ。


「てぇヤ!」


 そこから軸足踏み込んで、槍を回転させて柄殴り打ち上げ。三連撃を、避けて避けて受け止めて、大きく姿勢が乱れるイグゼ。そこへ、鋭い殺気を纏った穿つように真っ直ぐな右脚蹴りが、顔面へ。


「何だ⁉︎ ぐうっ…!」


「避けやがっただと…?」


 筋を痛める程に無理な動きで体を捩り、蹴りの軌道から外れる。


「チッ、初見で避けるたぁ、勘の良い野郎だ!」


「隠し武器…!」


 ブーツの靴底に内蔵された短剣が、爪先から飛び出していた。死ぬ気で避けていなければ、端正な顔は真ん中から裂かれていただろう。


「もう一丁!」


「は…アッ!」


 呆けている間に右足を下ろし、左足で上段裏回し蹴り。しかし、それさえも後方転回で避ける。


「うぐっ! しまっ__」


 左腕で右脇腹を押さえ、苦悶の顔で左膝を突く。先程捻った箇所が悪化したようだった。


「終わりか」


 顔を上げれば、目の前には槍先が。


「そのようだね……。いや我ながら、よく耐えた方だ」


 双剣からは、炎も消えていた。


「そうか、では……」


 槍を引き__


「逝ね」


 顔、そのすぐ真横を狙った槍は__


「あぁア‼︎」


「なにっ」


 突きの瞬間、双剣は槍を叩き、そのまま沿ってエイジの顔へ__


「くっ……やはり、防御も手厚い、か……」


 エイジは少し驚いたが、避けようとする素振りも見せず。短剣は彼の襟に阻まれた首と、素肌の頬に当たっていた。しかし__


「擦り傷さえつかないとはね」


「無礼ていても、油断はしてねえ。不意に攻撃を喰らってもいいように、戦闘中は常に防御だけは最高にしてあるんだよ。それに、焦げて錆びて刃毀れしていれば、そもそも切れ味は最悪だ」


「ふ……よく考えれば、殺気さえなかった。あの軌道なら、私に当たることはなかったし、この攻撃を予見しても避けるつもりさえないとは……完敗だ、全く」


 イグゼは剣を取り落とす。エイジも槍を肩に担ぎ、継戦の意志は無いと示す。その所に__


「イグゼ様ー‼︎」


 その声にハッとして、イグゼは表情を引き締め、立ち上がって間合いを離し、ダガー最後の一本を右手に構える。そんな彼の下に、一人の兵士が馬で駆けつける。


「隊長殿、ご無事でしたか!」


「ああ、なんとかな……」


 そして、続々と兵達がやってくる。恐らくはアンチデモンズの増援。


「この者は一体?」


「……そういえば、名前さえ聞いていなかったな。だが少なくとも、この強さ……彼は魔王軍の幹部格だろう」


「幹部⁉︎ 幹部ですと⁉︎」


 想像以上の大物だ。推測とはいえその肩書を耳にしただけで、全隊に緊張が走る。


「隊長、先遣隊は?」


「全滅したよ、あっさりとな……」


「そんな……! 特に優秀な人員で編成された先遣隊が、あっさりだなんて……」


 エイジの、更に後ろ。ボロボロになった広場に、人らしきモノが何体も転がっているのが見つかったのだろう、慄いている。


「よく……ご無事でしたね隊長。あんなバケモノ相手に」


 そして、イグゼとエイジの間、その周囲に激闘を物語る石畳のヒビを見て、イグゼへの畏敬の念が集まる。


「アンチデモンズの面目躍如だ。……と言いたい所だがな。完全敗北だ。彼は魔術すら使っていない、いいように遊ばれただけだ」


 やっとこさ注目が集まった。これでやっと挨拶ができる。


「やあやあ。これはどうもご機嫌よう。アンチデモンズはあれだけじゃなかったんだね。全体は……二百名規模かな」


「く……キサマがやったのか!」


「如何にも。ああ、だが安心したまえ、殺してはいないよ。重傷ではあるがな。というわけで、すぐ治療しないと死んじゃうかもね」


 エイジの言葉を信じてはいないようだが、その背後にある広間をチラチラと伺う者達がいる。


「……ふっ、まあいいや。今日のオレは、いろいろと収穫があって上機嫌だ。今日はもう帰る」


 本隊にくるりと背を向けて、歩き出すエイジ。しかし、その退路は回り込まれ、阻まれる。


「あら、まだやる気? せっかく見逃してやろうって言ってるのに」


「当たり前だ! 覚悟!」


 武器が構えられ、強化魔術が飛び交う。遠距離支援隊は配置に就き、イグゼは支えられながら後退。


「はあ、覚悟ねぇ。じゃ、一つ訊いておくけど、魔王国の重鎮ともあろうこのオレが、護衛も連れずに一人でこんなところに来ると思うか」


「何だと……!」


 槍を消し、エイジはゆっくりと右手を上げる。人差し指と小指を伸ばし、中指と薬指を親指で押さえたような形で。


「何をするつもりだ?」


 そして、水平になるまで上げ切ると……人差し指を折り、親指と小指を立てる。瞬間__


「うわっ!」


 兵の足元に何かが飛んでくる。そしてそれは、次々に留まることなく。一秒に三発程のペースで突き刺さる。


「これは、矢? ッ、来る! 避け__いや、動くな‼︎」


 イグゼは指示を出す。兵達はその指示に戸惑って動けなかったが、それが功を奏した。矢は飛んでくるものの、足元に当たったり横を掠めるだけで直撃はしない。彼は見切ったのだ、あのハンドサインは威嚇射撃のものであると。


「ふっ、もう覚えたのか。陣形も崩れた……流石は我が秘書‼︎」


 再び指を上げる。今度は人差し指と薬指を折り、入れ替わるように中指と薬指を立てる。その途端射撃は止み、建物の上を黒い影が俊敏に飛び移る。そして__


「エイジ様、只今参りました」


「彼等の到着が遅れたのは、君のおかげ?」


「……はい、その通りです!」


 自分のしていた仕事が認知されていた事に驚いたか、シルヴァはとても嬉しそう。


「な、あの工作と射撃を一人で⁉︎」


「これが、魔王国……!」


 騒然としている、今がチャンスだ。


「ようし、今日はここまでにしよう。また会える時を楽しみにしている! 行くぞシルヴァ」


「はっ!」


 外套を脱ぎ、行きと同様翼を生やしてシルヴァを背負い、南東に向けて飛翔していった。


「……彼の名前、聞きそびれてしまったな」


「イグゼ王子!」


「王子はやめろと言った。私は正当な後継者ではない。で、何用だ」


「申し訳ございません、つい癖で。あ、はい……あの魔王国の者ですが、帝国救援時の目撃者によると、宰相、エイジというそうです。側近の女は、シルヴァと」


「魔王国の宰相、エイジか……」


 夕陽と反対の方向へ、彗星の如く飛び去った彼等を、因縁を感じるかのように、イグゼは強く睨め付けるのであった。




「ただいま〜……っと、あんまり変わってないね?」


 今日仕入れた情報の整理、そして二日後闘技場に行くために、一度休まねば。そのために拠点に帰還したが、半日ほど留守にした割には変化が少ないように見受けられた。


「そうでもありませんわ。旗艦も帰投し、より多くの人と資材を持ってくるそうですの。それに、今は予てより紹介を受けていた魚人の方々と交渉の末協力関係を結びまして。この辺りの海底を調査、座礁しないような航路を調べる、もしくは破壊して地形を変えたりしている所だそうですわね。……ところで、どうでしたの?」


「何が?」


「シルヴァさんとの、逢引ですわ」


 ジトッ…という上目遣い。その嫉妬している姿は可愛らしい。しかし、生憎。


「そうだね……色々と機転を効かせてくれたから、助かったよ。でも、手を繋いで歩いたりとか、一緒にいることは少なかったからデートとは呼べないな」


「そうだったんですの……」


 それはそれで、なんかつまらない。そういった様子が感じられる。


「ところで、他の奴等は?」


「幹部の皆様方は、お帰りになりましたわ。ひと段落したといっても、まだまだ仕事はありますし。それにまさか、エイジ様がこんなにも早く帰ってくるとは思ってもいなかったようですわね」


「そうかい。……守れっつったろうが……まあいい、今は守るほどの設備もねえか」


「すみません、エイジ様。私は一度王城に帰還し、仕事の整理をしたく存じますが。貴方様は如何なさいますか」


「ああ、オレは……今日はここに残るよ。ここの空気に慣れたい。整理してくれた仕事は、明日に片付けるさ」


「承知しました。それでは、失礼致します」


「うん。今日はありがとな」


 微笑みを湛えて一礼、満足げに祠へ向かうシルヴァだった。


「ふう……二人っきりになってしまいましたわね」


 ソワソワ。何やらダッキが落ち着かない。


「……何か気になることでもあるのか、ダッキ?」


「エイジ様、今夜少々あなたとお話ししたいことがあるのですが、よろしいです?」


「構わないよ。仮設本部の寝室は、貸切状態だからな」


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