1節 王国地下スラム ⑥
路地裏を進む氷塊の終着点。目の前には体育館のような倉庫が。そこを根城にしているのだろう。見張りが扉の前に三人ほど。
「ありがとうシルヴァ、助かった! 待機でよろしく!」
左後ろ上から視線を感じ、感謝をすると、目的の場所へと向かう。
そしてエイジは、こいつら如きにこそこそ動くのは癪だからと、真正面から乗り込んでやることにする。意外なことに、見張りは何もせず、素通りできた。無論、何もない筈はない。奥まで進むと扉が閉められ、周りを囲まれた。
「よう、よくもノコノコと来やがったなぁ⁉︎」
正面のチンピラが喚く。更に、その周りの奴らも下卑た笑みを浮かべる。
「まあ待ちな。コイツと話をしようじゃねえか」
頭領が正面から堂々と歩み出てくる。その雰囲気はなかなかのもの。いろいろな修羅場を潜ってきたのだろう。
「テメェ、見ねえ顔だな。ふん、まあそんな事はいい。アンタはスラムを牛耳るこのアタシ、ガデッサの部下をぶちのめした。本来ならこの事実だけでテメェはギタギタにしてやるが、敢えて訊いてやる。それは、あのしたっぱが組の構成員だと知っての狼藉か?」
「いや? こんなとこのちっちゃい組織なんぞ知らん。興味もない」
「そう、そうか」
言葉に怒気が含まれる。見下されたのが余程癪に触ったようだ。
「最期に訊いとく。アンタは、何者だ?」
「ふっ、私はただの__」
カムフラージュで着ていた上着を脱ぎ捨て、いつもの外套を羽織り、髪と目の隠蔽を解く。
「流浪の魔術師さ!」
「かかれ!」
号令と同時に数十人がかかってくる。だが、結局はさっきと変わらない。少し武装と人数でマシになっただけだ。次々と来る拳や蹴り、鉄パイプによる攻撃を体捌きの僅かな動きで躱し、避け、流す。跳び箱のように上を飛び抜けたり、飛び込むように横をすり抜けたりして、ヒラヒラと避けていく。
「なんだこの動き⁉︎」
「くっ、この野郎!」
「へっ、どうした! 攻撃しねえのか? この臆病者!」
再び囲まれ、周りから挑発が飛ぶ。このまま喚かせておくのも、なんか癪だ。どうせ当たらないからと諦めるほど行儀良くもあるまい、ビビらせてやろう。
「仕方ない、大サービスだ」
右手にアロンダイトを召喚する。魔力を相当流したので、刀身は蒼く輝いている。
「ほら、かかって来いよ」
左手でクイクイと煽る。
「キサマ! 魔術師じゃないのか⁉︎」
「クソッ! このヤロー! うらァ!」
一人が正面からパイプを振りかぶり、かかってくる。鉄パイプが振り下ろされるその瞬間、腕を薙ぎ剣を振るう。アロンダイトがパイプに当たったら瞬間、鉄パイプは紙のように、スッパリ切り落とされた。今の一瞬で何が起こったか理解できないチンピラは、赤熱している断面を、呆然と見ることしかできない。
「ん? なんだ、もう戦意喪失か? つまらねえな」
再び煽る。しかし、今度は誰もかかってこない。囲みながらジリジリと間合いを図っている。その姿勢は及び腰で、怯えているようだ。だが、彼に対して様子見は悪手だ。次の瞬間、一瞬で距離を詰め、円を描くように囲んでいる全員の鉄パイプを切断した。
「ひ、ひぃ……」
これで敵の武器は使い物にならなくなった。アロンダイトの役目はこれで終わり。
「さ、次は素手で、ステゴロといこうか。かかって来なさい」
武器をしまったから大丈夫と思ったのか、正面からバカみたいにまっすぐ殴りかかってくる。しかし、遅いし粗い。下がったり身を捩ったりして軽く躱す。前後から挟み撃ちで顔を殴りかかってくるが、これも上半身を前後左右に揺らして全て避ける。彼の名誉のために言っておくと、まだ15%程しか出していない。蹴り上げが来れば左に飛んで避け、跳ね返って飛び蹴りで後ろの奴を吹っ飛ばす。そして正面の奴に上段突きを打ち込み、倒す。左足を引き、右手をやや開いた状態で前に出し、構えを取る。
「とっととかかってこい。叩きのめしてやろう」
しかし、また突っ込んでくるかと思ったが様子がおかしい。
「どうしたんすか姐さん⁉︎」
ガデッサは先程から全く動かず、指示も出さない。その顔には、怯えの色が見える。
「銀髪赤眼……まさかアンタは…魔族か⁉︎」
「おっと、分かる奴もいるようだね」
構えを解いて悠々と頷く。
「魔族? ………あはは、何言ってんですか姐さん! そんなわけないでしょう? 角も翼もねえし、ヤツはどっからどう見ても人間じゃないすか!」
「なんだってそんな奴が、こんなとこにいるんすか⁉︎」
部下達だって、認めたくないかのように武器を構え直し、震えながらも継戦態勢。
「だ、だめだ‼︎ 奴は……間違いなく高位の魔族だ! 生物としての次元が違う‼︎ やめろ! 今すぐ逃げろ‼︎」
頭の悲痛な絶叫に戸惑い、今更怯え始めるチンピラ達。だが__
「もう、遅い」
千里眼で直線上に人がいない、ゴミ溜まりしかない方向を確かめると、解放率を30まで上げ、人差し指の先に魔力を集中し、光線を放つ。放たれた光線は幾つもの建物を貫き、着弾地点200m先で盛大に爆発した。ベリアル第二形態のレーザーにやや劣る程度の威力だ。
爆発音に気を取られ、後ろを一斉に振り返り、そしてゆっくりこちらに振り返る。彼等の顔は恐怖で青褪め、絶望に強張っていた。
「いま、魔術も使わずに、こんなことをしたのか………」
茫然とする彼らの前で、再び指先に魔力を溜め、今度は八連射。最後に掌からレーザー。これで廃墟は更地になった。死人は、いない筈だ。崩落の様子もない。
「こんなもんかね…………さて、まだやるかい?」
チンピラ達を見ると、両手を上げ跪いたり、項垂れ呆然としていたりした。完全に戦意を喪失したのだろう。こうなればもうコイツらに用はない。人質を取り戻しに立ち去ろうとした。ところで__
「待って……待ってくれ!」
ガデッサに呼び止められた。顔だけ振り返る。
「頼みがある!」
「……なんだい? 話くらいなら聞いてやる」
先程、猶予を与えてくれた分のお返しだ。聞くだけならいいだろう、役立つかもしれないし。
「……今日から二日後の昼、この地下スラム街の中央にある、一番大きな闘技場で、試合がある。アタシはそれに、強制的に出場させられるんだ」
「ふうん。で?」
明々後日とは。あと少しでも遅れていたら、この話には間に合わなかっただろう。
「噂で聞いたんだ。それは、それは酷いものらしい。形式はバトルロイヤルだが……ルールはなんでもありだ。武器も、殺しもだ。それどころか、女は組み伏せられて、犯されることもある。この試合は、観客が満足するまで続けられるんだ。出場した者は、タダでは済まない……。さらにだ、勝ち残ったとしてもエキシビションとして、魔物なんかと戦わされる。大量のゴブリンやオーク、触手生物やキメラなどの獣まで。殺されたり喰われたりするならまだいい方だ。魔物に犯されて、人としての尊厳を全て失うことになるんだ! 逃げれば、闘技場お抱えの貴族の私兵によってコイツら共々殺されるか、囚われて陵辱されるかだ……」
真っ青な顔で、先ほどエイジの正体に気づいた以上の恐怖に震えている。
__聞いた限り、想像してたよりだいぶ最悪だ__
胸糞悪いからぶっ潰してやりたいが、すんなり受けるのは面白くない。それにしても、こんなことが待ち受けているにも拘らず、よくさっきまで平静を保っていたものだ。勝ち残ったり逃れたりする自信でもあったのだろうか。それとも、気を紛らわせていたかだ。少なくとも、今の話に部下共は困惑していたことから、その事実と怯えの様子は、彼らの手前見せないようにはしていたのだろう。
「そういや、地下最大のヤクザっつってたな。その割には貴族様にビクビクしてんのか」
「……」
唇を噛んで屈辱に震えながらも、それ以上の恐怖と希望への渇望で抑え込んでいる。
「で、だから? どうしろと?」
「……………アンタは、強い。間違いなく、最強だ。だから頼む! どうか、外部参加して、アタシを…助けて欲しい! アタシにできることならなんでもする!」
頭を下げて、というよりはほとんど土下座して、目に涙を浮かべながら頼み込まれた。ここまでされて断るほど彼は冷血ではない。参戦してやろう。だが……喧嘩を売られ、勝利した身としてはそう簡単に希望を与えたくはない。
「へえ。だがテメエだって同類じゃねえか。暴力で以って弱者を虐げる。金を使う貴族と数で囲うアンタら、手段は違えど同じ穴の狢なんだよ」
彼女は何も言い返さない。
「そんで今、何でもする。って言ったね?」
この言葉にハッとしたようにこちらを見る。
「ふん、興が乗ったら助けてやる。だが、よく考えておけよ? オレが行って助けたら、見返りをどうするかを。そして、来なかった時のことをな。さて、人質を返してもらおうか」
呆然としているチンピラ達を尻目に、ミラを連れ帰るため、エイジは倉庫の奥に進んだ。




