1節 王国地下スラム ③
ちょこまか動きながら先を行く少女を、早歩きでついて行く。ミラはエイジの周りをうろちょろして町の説明をしたと思ったら、通りかかった人に花を売りに行く、と忙しない。そして、売りに行った人にぞんざいに扱われて、しょんぼりして戻ってくるまでがワンセットだ。まあ、経済的に豊かでないから花を買っている余裕などなく、当然の結果ではあるのだが、ちょっと可哀想である。
そうこうしているうちに、目的の場所に辿り着いたようだ。大通りから外れた道の行き止まりに、ひっそりとした店がある。そこには何かの葉っぱと、何かがなんかに漬けられたもの、そしてシワだらけの老婆が一人。
「おばあさん、いつものお願いします!」
「おまえさん、また来たのかね。ふん、少し待っていな」
そう言うと椅子から立ち、ブツブツ言いながら商品棚を漁り始める。だいぶ偏屈そうな婆さんだ。
「そら、いつものだ。100R」
「はい!」
「毎度。で、そこの男は何の………ッ!」
彼と目が合う。と思うと、老婆は大きく目を見開き、手に持っていた葉っぱを落とした。
「あ、あんた……何者だね…⁉︎」
老婆からは微かだが、魔力の香りがする。そして、魔術の腕前は魔女のような見かけ通り中々高いようだ。感づかれたか。
「ふふ、私はただの流浪の魔術師だ。ということにしておいてくれ。何もしてこなければ、何もしない。ああ、私も商品を見てもいいかな?」
「あんたにとってめぼしいものはありゃしないよ」
「いえいえ。私はだいぶ北の方から来たのでね、この辺りのものは大抵珍しく感じるのですよ」
限定的に、耳や尻尾が出ない程度に獣人の力を出して、匂いを嗅いだりして物色する。こうすることで、匂いでどのような効能があるか、本能でなんとなく分かるのだ。それでも分からない時はたまに老婆に訊いたりして、薬効を尋ねてみるのだが、
「この薬草はね、アミダバって言ってね、風邪に効くんだよ!」
しばしばミラが答えるので驚いた。どうやらこの子は植物に詳しいらしい。もしかすれば、彼女の知識が役に立つかもしれない。
「そういえば、薬と言っていたが、そのままでいいのか?」
「ううん! この後すり潰したり、混ぜたりしてお薬を作るの!」
「自分でか?」
「そうだよ?」
「ほう。すごいんだね、キミ」
「エヘヘ!」
店を物色してめぼしいものを購入し、帰ると言うミラについて行く。帰り道はさっき来た道ではないようだ。やや入り組んだ路地に入り込んで行く。気を抜けば迷ってしまいそうだ。矢張りちょこまか動くので、そもそも見失わぬよう気の抜きようがないのだが。
何度も曲がって、漸く開けた道が見えた。大通りに続いているのだろう。道が見えるなり、最後の直線を小走りで駆けていくミラだが、こちらに向かってきた男と肩がぶつかってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
「チッ! 気をつけやがれ、ガキが!」
そのまま彼の横を通り抜けようとするが、その男の肩にエイジは手を置く。
「君、その手に持っているものを返しなさい」
「アァ⁉︎ 何だテメェ?」
「あの子から盗んだ袋を返せと言っている。その中身は貴様にとっては何の価値もないだろうが、この子には必要なものだ」
さっきミラがぶつかったように見えたが、そうではない。避けられる筈なのにわざとぶつかった。そして、その拍子に袋を盗んだ。
「あっ! 袋がない!」
遅れてミラも気づいたようだ。こちらに戻ってくる。
「ケッ、クソが!」
チンピラは彼の手を振り解き、奥へと逃げて行ってしまった。
「ど、どうしよう、お兄さん……」
おっ、お兄さんになったぞ。
「ここで待っていなさい。すぐ取り返してくる」
一つ角を曲がった先で、建物の屋根に飛び乗る。
どうやらチンピラは、この辺りの土地勘があるらしい。迷路をスルスルと通り抜けて行く。が、エイジはシルヴァ案内のもと、屋根伝いに上から追っているので関係ない。そして、進路に回り込んで横から突然現れてやる。
「うわっ!……クッソ、テメェ‼︎」
ぶつかった反動で尻餅をつくチンピラ。そのまま立ち上がる勢いで殴りかかってくる。だが、そんな不安定な姿勢から放つ攻撃に鋭さはなく、右手で受け流し左手で眉間に突きを打ち込む。
「これは、返してもらうぞ」
ダウンしたチンピラから袋を取り戻す。
「あっ、お兄さん!」
「はぁ、待ってろと言った筈だぞ。ほら、薬草だ」
分かってはいたが、矢張り落ち着きのない子のようだ。それよりも、結構離れた筈だが、すぐ追いついたことにこそ驚く彼女にとっては通い慣れた道、庭のようなものか。
「ありがとうお兄さん! あっ……」
エイジの後ろを見たミラがビクッと震える。振り向くと、チンピラが鼻血を流しながらこちらを睨みつけている。そしてチンピラが一匹から四匹に増えている。小さな子供にとっては怖いだろう。彼の後ろで服の裾を掴みながら震えている。
「危ないから、下がっていなさい」
やや強引に引き剥がし、下がるように言う。とても怖がっている様子だが、無理もない。
「テメェ、よくも俺らの弟分を! タダで済むと思うんじゃねぇぞ!」
二人が鉄パイプを、そしてもう二人が拳で殴りかかってくる。しかし、兵士や魔族に比べて身体能力が貧弱で、戦闘訓練も積んでいないただのチンピラが、彼に敵う筈もなく。
殴りかかってくる片方の懐に潜り込んで攻撃を中断させ、鳩尾にブローを叩き込む。もう一人が頭を狙って殴りかかってくるが、お辞儀をするように頭を下げ、体を捻って後ろ蹴りを放つ。これで二人がダウン。バットのフルスイングのように振られた鉄パイプを半歩下がって避け、直後に距離を詰め顔面を殴る。最後の一人の大上段の攻撃は、避けないことにした。脳天に攻撃が直撃する。が、何も応えない。寧ろパイプの方がひしゃげるほどだ。流石に、ちょっとは痛かったけど。
「な……なんなんだ、てめえは!」
呆然としている最後の一人の顎にアッパーを決め、戦闘終了。まあ、この程度が戦闘などと生温いのだが。
「すごい! お兄さんとっても強いんだね!」
「まあな。さて、今度こそ行こうか」
頭を撫でて安心させると、背中を軽く叩いて先を促した。




