3節 未来の宰相の鍛錬 ④
「さて、今日は何をしたい?」
メイドたちに調理を教え込んだのち、エイジは昨日と同じ鍛錬場に来ていた。案内付きで。城は一日二日、しかも限られた時間で全容が把握できる大きさではなかった。
「そうですね……他に体系立った武器種はありますか?」
「ふむ。短剣や斧、戦鎚、盾であったり格闘術等があるが……あれもこれもと手を出しては、結局何も身に付かぬ。まずは何かを極め、その上でどのような武器でも戦えてこそ一流と言えよう」
そんなことはわかっている。一芸は道に通ずる、という諺もある。しかし__
「それでも……やらせてください。私は、一つを極めるということが苦手なのです」
「……わかった。好きなようにやらせよとの命だ。そう望むのなら、我らも総力をかけて教授しよう」
どこか呆れた様子ではあった。しかし、投げ出さないで我儘を聞き入れてくれたことに感謝しつつ、エイジは鍛錬を始めた。
だが彼らは知らなかった。何故、こうもエイジが多種の武器を扱うことに拘るのか。その真の意味を。なぜならば、エイジの特殊能力、その内容を知るのは彼(とそれを与えた者)だけだからだ。
エイジの要望通りに様々な武器種を教える。その前に、エリゴスは昨日教えた基本の武器を振らせる。
「……ん? どうした」
だが、どうにも様子がおかしい。エイジの振り方に違和感がある。
「それが……腕が、筋肉痛で」
エイジは武器を置いて、痛そうに上腕を揉んでいる。
「……そのようだな。これでは教えようにも、ものにならん。変な癖がついても困るしの……ふむ」
悩んだ様子のエリゴスは、ノクトに目を遣る。
「およ? ああぁ。よし、任せて!」
視線に気づいたノクトは、エイジを鍛錬場の端に連れて行く。
床に布を敷き、そこに寝るよう促すノクト。エイジもされるがままにする。
「じゃあ、やっていくよ」
「くぁあ……」
エイジの肩を掴むと、指圧していく。それから腕に向かって、徐々に揉み解していく。丁度良い力加減、ツボを押さえた的確な揉み方。その心地良さに、エイジの瞼は重くなっていく。
「……よし終わり。起きて〜」
ノクトに揺すられ、目を覚ます。施術時間は十分ほど。そのうち、いつの間にか眠っていた。
「じゃあ、いくよ」
ノクトはエイジの背中に手を当てると、二回、何かの魔術を発動した。
「はい終わり。調子はどう?」
エイジは起き上がり、肩を回してみる。痛みは、消えていた。
「回復魔術の一種で、片方は疲労回復、もう片方で筋肉を修復させたんだぁ。ちゃんと巻き戻しじゃなくて回復にしたから、成長したはずだし安心してね。マッサージは、事前に解しておかないと回復で歪な形になることがあるからねえ、一応やっといたよ」
勿論、回復のエネルギーは術者持ちだ。
「……そうなのか。なんか……ありがとう」
「どういたしまして〜。じゃ、再開しよっか?」
「待て」
呼び止めたのはエイジではない。ノクトは呼び掛けられた方へ振り返る。
「どおった、レイヴン?」
「どうもこうも、お前はそいつに甘すぎじゃないか⁉︎」
「まあ、自分でもそう思わなくもないよ? けど、その方が成長とか効率良くない?」
「それはそうだが……ん? おいオマエ、その指輪は何だ」
ノクトの返しに窮したレイヴンは、矛先をエイジに向けた。
「これ? いや、魔王様から貰ったんだが。なんでも、魔王城の鍵になるとか何とか」
右手を差し出し、見せる。
「は? 魔王城で魔術式の鍵がつくのは玉座と宝物庫くらいしかないぞ。よく見せてみろ……この方陣は一体?」
レイヴンは彼の右手を引っ掴み、まじまじと見る。
「それは魔王国のシンボルと__」
「いいや、それ自体に魔術的な意味は無い。その奥だ。……何だこれは、鍵の機能なんてありはしない。効力は、身体能力の向上にベリアル様との魔術会話の回線、無属性のランク4攻撃魔術と回復魔術の術式、装備者の魔力効率の上昇……しかも、秘めているのはベリアル様の魔力だ!」
「……ふふっ、そういう」
何度も驚愕し続けるレイヴンと、何かを察したらしいノクト。
「ふむ。だとしたらそれは、ベリアル様からの個人的な贈り物というやつであろうな」
「あー、それ言っちゃう?」
途中から聞いていたエリゴスが答えてしまい、それにかなりのショックを受けたらしいレイヴン。
「ほら、魔王様もエイジクンには期待してるってことだよ」
「ぐぬ、ぬ……」
「じゃあほら、再開しよっか」
悔しそうなレイヴンを宥めながら、ノクトがエイジを促した。
疲労や痛みもなくなり、万全の状態で鍛錬に臨むことのできたエイジ。体が魔力に馴染み、筋肉も成長し、初めてのことばかりだった昨日に比べれば、ある程度身体や精神が慣れたこともあって、昨日ほどは疲弊しなさそうだ。だが、何事も順調とはいかない。
「今日は、新たな武器に手を出すのはやめにしよう」
「な、何故ですか⁉︎」
「わからぬか? 昨日やったこと、それが抜けている。もう少し、基礎の動きを体に覚えさせるべきだ」
「……はい、分かりました」
結局何時かはやらせてくれるのだ、これ以上の我儘は良くない。況してや達人の言うことであるのだから、逆らえば碌に成長できないだろう。
昨日習ったことと同じように、剣槍弓の武器の素振りと打ち込みを反復して行う。何度も何度も指摘を受け、幾度となく振りながら調整していく。疲れたら、魔術で回復してもらう。腹が減れば、誰かが何かしらを食堂から持ってきてくれる。超熟練の戦士の的確な指導と、尽きることのない体力のおかげか、エイジの戦闘技能はメキメキと上達していく。
「ふむ、随分と良くなった!」
「まあ、幾らかマシにはなったな」
「ふぅ、フーッ……それは、よかった、です……」
例え体力を回復したとしても、疲労はどうしてもある程度蓄積する。それに、精神面での疲労は、直ぐに治るようなものではない。
頭や体を動かすことは楽しいが、エイジは転生したのではなく転移した身。ブラック企業で身も心も大きく削がれたサラリーマンと、地続きの存在であるのだ。
故に__エイジは異世界や魔術の存在でハイになり、幹部達も彼の過去を知らない所為で、誰も気付けなかったことであるが。エイジは精神面で大きく消耗し不安定になっていた。その影響だろうか、肉体スペックの割に、彼は疲れやすくなっている。
「うむ、形になってきた。であらば、次の段階に進んでもいいかもしれぬな」
「そうですか!」
「だが、無理は禁物だ。魔術の勉強もあるだろう。今日は、これで終いとしよう」
「はい、ありがとうございました」
浄化の魔術をかけてもらい、夕食を摂ると、即部屋へ戻ったエイジは、ベリアルから貰った部屋着に袖を通すと、魔導書を開いて読み始める。更に、特殊能力を軽く試そうとすると……疲れからか、結局直ぐに寝落ちしてしまった。




