第八話 この婚約を解消いたしませんか?
いつもとは違い、どれを食べようか迷うほどの朝食をいただき、今はサロンでお茶をいただいているところです。
もしかして、侍女だけでなく料理人まで連れてきたのですか?
しかし、目の前で優雅にお茶を嗜んでいらっしゃるアルバート様にどう切り出しましょうか? 婚約の解消を。
「一週間ほど王都で療養してから、領地に戻りましょうか?」
一週間なんて、そんな悠長に過ごしている時間なんてありません。
「近々収穫祭を執り行う予定ですので、遊んでいる暇はありません」
「遊びではなく、休養ですよ。クレア嬢が倒れられたら、元も子もないでしょう」
「体調は戻ったと言ったではないですか。そもそもアルバート様が付き合うこともありません」
この流れで言ってしまいましょう。私から婚約解消を持ちかけたことと、今までの行動から、何かしらの制裁は受けるかもしれませんが、私の命に関わるのであれば致し方がないこと。
「アルバート様」
「何でしょう?」
「……この婚約を解消いたしませんか? そうすれば、このような煩わしいこともしなくてもよろしい……かと……」
なに? なにか部屋の温度が下がったような気がします。気の所為でしょう。そう、しておきましょう。
「そもそも私は奇病に侵されていると申しております。この婚約はアルバート様にとって何も利点はないでしょう」
強いて言うのであれば、ファヴァール伯爵の爵位を継げるというところでしょうか。しかし、王太子殿下が王位を継げば、側近のアルバート様は王太子殿下から爵位を与えられることでしょう。地に落ちたファヴァール伯爵の名などゴミ同然。
「クレア嬢」
ぐはっ!! 隣に座って私の名を呼ばないでください。
「この婚約は王命ということをお忘れですか」
……詰んだ。すっかり忘れていました。王命が書かれた紙を見た瞬間、意識が飛んでしまったので、この婚約が国王陛下からのファヴァール伯爵家の存続という強制的なものだったことを忘れていました。
私の尊死が決定されてしまった瞬間です。
「ですから、クレア嬢が私のことをどれほど嫌おうと、婚姻は確定なのですよ」
「あ……私がアルバート様を嫌っているという解釈に……」
「え?」
そうですか。私の今までの態度の悪さは、私のわがままというものではなく、アルバート様を嫌っているから引き起こされていると思われていたのですね。
問題はないので、どちらでもいいですけど。
あ、私の独り言には反応しなくてよろしいですわ。
「一つお尋ねしてもいいですか?」
「婚約破棄なら喜んで承ります」
「違います。『身代わりの魔法』というものがありますよね?」
「はぁ……」
なんです? 突然。
その魔法は好きではありませんわ。
「使いたい誰かがいらっしゃるのですか?」
「いいえ。昔、使ってもらったという人から聞いたのですが」
今どき、そんなクソみたいな魔法に、頼ろうとした人がいるのですね。しかし、そんな古代魔法は今の魔導師長ですら扱えませんのに、世の中には古代魔法をまだ使える人が残っていたのですね。
因みに私は魔力不全の所為で使えません。
「術者は対象者に対しての記憶を失うというのは合っていますか」
「ええ」
「術者は対象者に憎悪を持つというのは?」
「は?……人の心に干渉するのは禁忌ですわ。なんです? それ」
「……では。その後、術者に対象者に術をかけたことを話すと対象者に対しての記憶が再度なくなるというのは?」
「無駄な術の二重がけをする理由がありませんわ」
一度、記憶を消去すれば、それでいいではないですか。それから、術を施された者が術者に対して直接言うと術の反転が発動して、術者が引き取った闇が元の本人に戻るだけです。
誰です? そんな嘘を言ったのは?
まぁ、わからなくもないけど、私がいうことではないでしょう。その人が何を思ってそんな嘘を口にしたのかは、想像でしかわかりませんから。
「何故でしょう? 何故そのような嘘を?」
「私に聞かれても困りますわ」
「……そうですか……そうですよね……ならば、大賢者ファヴァールの血を引くクレア嬢の意見を聞きたいですね」
ああ、ファヴァール家の祖だという大賢者ね。そんなもの薄まりすぎて名前だけの意味がない血ですわ。
しかし、強いて言うのであれば……
「負い目を感じさせたくなかったのでしょう。嫌っている者の側に好んで行こうとは思わないし、今まで辛かったことを口に出して思い出す必要もないということでしょうか? まぁ、幸せな未来を歩んで欲しいという願いも含まれているのでしょうね」
するとアルバート様の方に抱き寄せられました。
「ありがとう」
うぎゃゃゃゃゃゃ! 近い! 近い! 近い!
「わわわ私は、ほほ本人ではありませんので代弁ではありませんわ。それから離れてください!」
心臓がバクバクしていますわ。この密着具合からの推し声。ヤバいです。
即席の魔道具よ。頑張ってください。
「ええ、わかっていますよ。そう言えば、クレア嬢に言っていなかったことがあるのです」
「くっ……取り敢えず離れてください」
近すぎて、私が耐えれません。
身体を捩って逃れようとしても、すでに意識と身体の体勢を維持することで精一杯のため、動けません。
「初めて会ったときから好きですよ。クレア」
ズキュ―――――――ン!!
魔導砲で心臓を撃ち抜かれたような衝撃が私の身体を貫いていきました。
尊死で死ねるとは、我が人生に悔いなし。
しかし、初めて会ったのは国王陛下の押し付けがましい婚約命令を持ってきたときですわよね。……私はその時からけんか腰だったはずですのに、どこに好む要素があったのでしょう?