第七話 膝が! 今度は膝に来た!
はっ! まさか朝!
朝日の光を感じ、目が覚めました。昨日、あれからまた気絶をしてしまったのですか?
困りました。本当に困りました。
なに一ヶ月も休暇を取っているのですか! それで私が領地に帰るときに同行するだなんて、意味がわかりません。
仮にも婚約者だからですか?
はっきり言って、私は貴族の令嬢としてはどうなのかという行動をこれでもかっと取ってきましたのよ。なのに、私に付いて共に行動しようという考えが全く理解できません。
普通なら、『お前とは付き合っていられない! 婚約破棄だ!』と言うところだと思うのです。
はぁ。私の奇病の対策を考えないと駄目ですわね。
人の身体には魔力を発生させる魔門脈という器官が三箇所あります。人が生きていく上で大事な脳と心臓と肺です。
そこから全身に広がるように魔力が流れていくのです。しかし、魔門脈の発達が不十分だと、作られても興奮すると出口が狭くなり、全身に行き渡らなくなるのです。
普通ならば、魔門脈の発達が未熟だと総魔力量も少ないのですが、私は多すぎることでも不具合がでてくるのです。ちょっとしたことでも、出口が詰まって魔力が流れないということに。
「外部に魔力の貯留装置なるものを作りましょう。装飾品に魔力を溜めれば、いいのです」
私はそう言って、部屋の中を漁ります。……王都の屋敷にはそれらしいものは置いていませんでしたわ。
せめて、指輪でもあれば……一応形だけでも持ってきたドレスの装飾品にします?
いいえ、普段装飾品を好まない私が、豪華な装飾品を付けていると絶対に怪しまれます。
「取り敢えず、髪飾りで代用してみましょう」
意識だけでも保てばいいのです。最悪、歩けずとも落ち着く時間を確保できればいいのです。
いつも自分で身なりを整えるので、簡単に使えるガラスの棒が私の髪飾りになるのです。
……今、思えばこれはかんざしを模していますわね。記憶を思い出さなくても、今まで色々やらかしてきた感が酷いです。
目の色に合わせた赤い柄の棒の中には金や銀などの金属のクズや、魔石を削って出たクズの鉱石を混ぜてあるので、なんだか華やかな和風っぽい感じになっている『かんざし』に魔法陣を仕込みます。
一つだと不安なので、五つぐらい仕込んで、中にあるクズの魔石に私の魔力を溜め込むようにしましょう。
削りカスでも質の良い魔石です。ある程度は賄えるでしょう。
出来上がった魔力貯留装置となったかんざしでハーフアップになるように髪をクルクルしてかんざしをブスッと挿します。
見た目はいつもと変わりません。
さて、着替えて外套を羽織って、窓のところに行き、窓を開いて……開きませんわ!
窓の鍵は外しましたわよ。なのに両開きの窓が開きません。建付けの問題ですか?
ガタガタと揺らしてみますが、動く気配すらありません。
もしかして、私が窓から出ないように細工をされてしいまいましたか。
これ如きで私が諦めると思ってもらっては困りますわ。
窓に向けて手をかざします。
そして手のひら大の魔法陣を描きます。その魔法陣に重なるように後ろにもう一つ魔法陣を描きます。そしてもう一つ。もう一つ。合計五つの魔法陣を綺麗に重なるように描きました。
魔力不全という病に侵されても、大技が使えないということはないのですよ。工夫次第ではなんとでもなります。
一つの魔法陣で駄目なら、複数の魔法陣で補えばいいのです。
これは一点集中でレーザー光線のような強力な魔気破壊砲を作り出すのです。
手前の魔法陣に力を満たし、それが壊れれば壊れた反動と出力が加算され、次の魔法陣に移り、その魔法陣が壊れれば、その力を次の魔法陣が受け止める。
それを繰り返すことで、ドラゴンのウロコすらも貫通する魔法ができあがるのです。
「朝から何をなさっているのですか?」
ふぉぉぉぉ! 真後ろから推しの声が! 腰が砕けそう……
慌てて、窓枠に手を置いて、深呼吸をします。
落ち着きなさいクレア。まだ大丈夫です。さっき作ったばかりの魔力貯留装置が早速役に立っていますよ。
「はぁ……いきなり背後から声をかけるのは如何なものでしょうか? アルバート様。それから、ここは私の私室ですが?」
後ろを振り返りつつ睨みつけます。
「人が出入りするところではないところから、出ていこうとしていれば引き止めるのは普通なのでは? クレア嬢」
くっ。正論を返されてしまった。
しかし、嫌われるために悪女を演じてきた私には正論など無意味。
「あら? 何故か私の屋敷に居座っておられる方がいらっしゃるので、邪魔をされないようにですわ。しかし、酷いですわ。私の部屋に何を仕掛けたのでしょうか?」
「ゆっくり休めるように結界を張ってもらったのですよ」
「でしたら、内側にいる私を閉じ込めるのではなくて、外から侵入してくるアルバート様を弾くべきではありませんの?」
「体調が芳しくないのに、無理をして領地に帰ろうとされなければ、ここまでのことはいたしませんよ」
「体調は戻っております。アルバート様がお気になさることではありません」
「可愛い婚約者の心配ぐらいするでしょう」
ふぉぉぉぉぉ! 膝が! 今度は膝に来た!
体裁的に言っているのでしょうが、私に向けて言わないでください。
窓枠に背をつけていなければ、膝から崩れているところでした。駄目です。やはり一つだけでは足りませんでした。
「はぁ〜。窓から出るのは諦めますので、私の部屋から出ていっていただけませんか?」
「それなら良かったです。朝食の準備が整ったそうなので、呼びに来たのですよ。一緒に行きましょうか?」
「一人でまいります! 着替えますので出ていってください!」
今は令嬢としては如何なものかという格好をしている。騎獣に乗るため外套の内側はパンツスタイルなのです。膝がガクガクなのが丸わかりなのです。そんな格好で食堂にはいけません。
着替えるという言葉で納得してくれたのか、アルバート様は私の私室から素直に出ていってくださいました。
それを見届けた私は膝から崩れ落ちます。
前世の記憶が戻った弊害が酷い。なぜ、記憶なんて戻ったのでしょう。これなら、今まで通り悪女を演じて、婚約破棄にこじつける作戦のままで良かったと思います。
ん? 今、思い返せば、アルバート様の小言が始まると、一言文句を言って部屋を出ていくのが私の行動パターンでした。
もしかして、無意識にアルバート様を避けていた?
確かに婚約者として夜会に参加することはありましたが、最初に一度ダンスを踊って、そのままアルバート様の側を離れて、会場内で忍者さながらの隠遁の術を使って身を隠していましたわね。
そう言えば、何故婚約破棄をしてもらおうと思ったのでしょう?……そう! 直感で婚約破棄をしてもらわないと感じたのでした。既に底辺に落ちたファヴァール伯爵家はこれ以上落ちるところはないと、悪女計画を練ったのでしたわね。
これは……もしかして、無意識で私の性を感じ取っていたための悪女計画。
くっ。本当に婚約破棄をしてもらわないと私の心臓がもちません。若しくはこの婚約を解消するかです。
取り敢えず、魔力貯留装置は上手く作動しているので、予備のかんざしにも施して、胸元に仕込んでおきましょう。
私の心臓よ。頑張るのですよ。