第六話 月が綺麗ですね
ふと目が覚めました。しかし真っ暗ですわ。
随分と寝て……気絶してしまったようです。
窓の外を見ると空に星が見えます。はぁ、出発し損ないました。流石に夜の移動はつかれますので諦めますわ。
再び眠りにつこうとしてふと思い出しました。
……いいえ。ちょっと待ってください。
帰り際にアルバート様はまた来ると言っていましたわよね。まさか、明日の朝またくるという意味だったりします?
ヤバい。これは危険です。私の心臓が保たないような気がしてきました。
落ち着きましょう。深呼吸です。魔力の流れを滞らせてはいけません。
これは取り敢えず、老夫婦には置き手紙を残して、屋敷を出て別のところで一晩過ごす方がいいのではないのでしょうか?
王都の門は日が落ちれば閉まって、日が昇れば開きますので、日の出と共に王都を立ちましょう。
そうと決まれば準備です。
元々荷物はあって無いようなもの。動きやすい服装に着替えて、外套を羽織れば、完了です。
部屋の外に出ようと、ドアノブに手をかけようとして、思いとどまりました。ドアの外に誰かがいる気配がします。
私の魔力を細く薄くドアの外に伸ばしました。
この魔力は私が知っている誰かのものではありません。女性なので、もしかしたら、アルバート様がエルヴァイラ公爵家の使用人を連れて来たのかもしれません。
困りましたね。置き手紙は部屋の中に置いて、窓から出ましょう。
窓を開けると冬の残り香のように冷たい風が入ってきました。
やはり春と言えども、この寒さで雨の中を進むには準備不足だったことは認めましょう。熱が出ても仕方がないことでした。
窓に腰をかけて、足の下に魔力を集めて細い線を描いていきます。
『魔法陣』というものです。これだと少ない魔力でも描けるのでとても便利に使っています。
そしてそのまま飛び降ります。私の部屋は二階にありますが、重力を感じないように地面にゆっくりと落ちていく。
奇病が発症するまでは、自由に空を飛んだりもできていたのだけど、今はこれが限界。
まぁ、浮くぐらいはできます。世界に満ちている魔素を魔法陣を介せば、魔法陣が耐えれる限り、術を発動し続けられるのです。
だけど、私の細い魔法陣ですから。限度があるのは仕方がないこと。
空を見上げると満月が闇を明るく照らしていました。子供の頃はこんな夜に飛び回って両親に怒られたのも今ではいい思い出です。
そう言えば、I・LOVE・YOUをいかした感じに和訳した人がいましたよね。
「月が綺麗ですね」
天の調べのような声が聞こえてきました。
そう、そんな感じに……って!
何故か地面に降りたはずが、アルバート様に抱えられています。何故にここに!
いいえ、先に下ろして貰わないと私の命の危機が!
「アルバート様。下ろしてください。そして、そのままお帰りください」
「その前に、こんな夜中にどこにお出かけですか?」
ぐはっ!! 近い! 近い! 声が近すぎる!
ゾクゾクが止まりません……深呼吸を! 深呼吸!
「はぁ〜……このような夜中に何の御用で? それから下ろしてください」
とにかく距離を取らないと、私が尊死します。冷静に、冷静に。
「レイン殿下の仕事を終わらせてきましたので、遅くなってしまいました」
「そうですか。ご苦労さまです。それで、下ろしてください」
王太子殿下の仕事を? アルバート様の仕事ではなく、王太子殿下の仕事を肩代わりしているっていうことですか?
「あと、一ヶ月の休暇をいただいたのです」
「そうですか。そろそろ下ろしてください」
いつまで私を抱えている気ですか!
休暇の話は私には関係ないですよね!
「クレア嬢が領地に戻られるときに同行しようと思いましてね」
「だから! 下ろしてくださいと……は?……同行……」
今、アルバート様は何とおっしゃいました? 同行? 私が領地に帰る時に同行ですって?
私は視線を上げて、口を開けて閉じるを繰り返す。
え? 私、死んだ。
これは婚約破棄しかない。違った。婚約を解消にもっていかないと、私が死ぬ。
「ご……御冗談を……私は一人で帰ります」
「それで、このような夜中に窓から出ていこうとしていたのですか? それに、高熱が出ていた翌日に王都を出ていかなくても良いでしょう?」
「もう翌々日になっています。それで、いつになったら下ろしてもらえるのですか?」
「いつもなら手が出てくると思うのですが、今の状況で歩けると言っているのですか?」
くっ! おっしゃるとおりです。いつもなら手を出しています。
しかし、私の奇病と性の所為で、四肢に力が入らない状態になってしまっているのです。
これは本気で対応策を考えないといけません。
いいえ、気絶していないだけマシです。それだけは、なんとか気力でもっています。
「一週間ぐらいは、ゆっくり休まれたほうがいいですね。あと、魔導師長に体調を診てもらった方がよろしいのでは?」
「それはご勘弁を、収穫祭の準備に戻らないといけませんし、お忙しい魔導師長様の手を煩わせることほどではありません」
あのジジィには絶対に会いたくない。私が使っている魔法のことを根掘り葉掘り聞いてきてウザいのです。
「しかし」
「アルバート様! いい加減に下ろしてくださいませ! うっ……」
あまりにもの苛立ちに魔力が疎かに……意識が……