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第五話 次に会うときは私は嫌いになっているから


 どこまでが敷地なのかわからない広大な土地を、王都で所有しているエルヴァイラ公爵家。その屋敷を見れば、どれほどの財力を保有しているのか想像し難いほど大きな建物の前に、困惑した表情を浮かべている家族がいた。


 黒髪を後ろに撫でつけ、パリッとシワを伸ばし、落ち着いた雰囲気のスーツを着た男性がファヴァール伯爵だ。その横には茶色い髪を綺麗に一つに結い、小さな帽子を被り、ベージュ色のドレスを身にまとった女性がファヴァール伯爵夫人である。

 その二人の間には五歳ぐらいの少女がいた。父親似の黒髪に赤目をもった少女は両親の不安をよそに、ニコニコと笑みを浮かべて、周りを見渡している。


 そして三人は屋敷の中に招き入れられた。伯爵家であるファヴァール伯爵が公爵家のエルヴァイラの屋敷を尋ねたというものだが、旧知の仲というより、なぜここに呼ばれたのだろうという不安が伯爵夫妻の顔色から窺いしれた。


 応接室だろうか。落ち着いた雰囲気の部屋に通されたと思えば、すぐに人が入ってきた。銀髪の長身の男性だ。


 その姿をみたファヴァール伯爵夫妻は、すっと背筋を伸ばす。


「ファヴァール伯爵。突然手紙で呼び出してしまってすまない」

「お久しぶりでございます。エルヴァイラ公爵」


 入ってきた銀髪の男性に深々を頭を下げるファヴァール伯爵。外見を見るに年齢はさほど変わらなそうだが、爵位というものが、ファヴァール伯爵に頭を下げさせた。


「そうだ。話の前に、ご令嬢には退屈だろうから、アルバート。遊んであげなさい」

「はい、父上」


 公爵の後ろから、銀髪の子供が姿を現した。服装は少年の物だが、外見は少女と言って良かった。だから黒髪の少女は歳が同じぐらいの子供の側に寄って手を差し出す。


「一緒に遊ぼう!」

「クレア!」


 手を差し出し、銀髪の子供を誘う娘の名を呼び、その行動を止める伯爵。


「まぁ、よいよい」


 普通であれば子供と言えど叱咤される行動なのだが、公爵はその行動を許した。その寛大な対応に伯爵夫妻は胸を撫で下ろす。


 子供と言えども貴族の娘であれば、声をかけられるまで爵位が上の子供に声をかけてはならない。

 教えていたはずなのに、突拍子もない娘の行動に一瞬首が飛ぶ思いだったのか、伯爵は首元を擦った。


「私、クレア。よろしくね。ここに来たときからお庭が気になっていたの。噴水があるところ」


 親の心配を他所にクレアと名乗った少女は窓の外に見える庭を指していった。それに対して銀髪の少年は頷く。


 そして差し出された手をとって、二人の子供は外に出ていったのだった。




「私ね。領地のためになる魔法を作りたいの」


 噴水の水を見ながらクレアは唐突に話しだした。


「アルちゃんは何か夢ってある?」


 その噴水の水をクルクルと空中に伸ばして、円を描くクレア。その行動には何も呪文を唱えなかった。


「詠唱破棄」


 アルと呼ばれた子供はその魔法に驚いている。


「詠唱って面倒くさいなぁと思って止めたの。それで、夢ってなに?」

「私に未来を語れるものはありません」


 子供としてはとても堅苦しい言葉遣いで、ポツとアルは話した。それも未来ある子供だというのに、死期が迫っている老人のような言い草だった。


「ふーん。それって、魔力の流れが悪いことが原因かな?」


 クレアの言葉に驚きを示すアル。


「どうして……」

「うーん? 私ね時々、勘っていうのが凄く当たるときがあるの。ここに来たのは私に何かさせたいのかなっていう勘」


 そしてクレアはアルの前に立って、にこりと笑みを浮かべる。


「そしてわかっちゃった。たぶんアルちゃんの病気を私に移させようとしているんだよね? 当たり? 当たったよね?」


 クレアはキャラキャラと笑う。そのことがとても楽しいもののようにだ。


「いいよ。いいよ。私がアルちゃんの病気をもらってあげる」

「いや……違う。そんなことは……」

「違うくないよ。でも、その魔法ってクッソみたいな魔法だから、今がいいと思うの」

「クッソ?」

「馬鹿みたいな魔法ってこと。だって術者が対象者のことを忘れるんだって、……それも嫌いになるって……馬鹿らしいでしょ?」


 相手の病を己に移せば、相手のことを術者は忘れて、再会したときには意味もなく嫌っているのだ。なんという理不尽。


「でも、これはこの魔法を作った人の優しさかな? 自分のことなんて気にせずに生きろってことなんだろうけど、された側って、はぁ? 何を言っているんだって感じになるよね。だから、会ったばかりの今がいい」


 クレアは、今ならただここで会ったばかりの二人だ。思い出と言われる記憶もなければ、執着するものもない。


「それだと、クレアが!」

「え? 別にいいよ。どれだけ少ない魔力で最大限の力を引き出せるかの実験ができるからね。とっても楽しみ!」

「でも……」

「アルちゃん。今度会ったら私はアルちゃんのことが嫌いになっている。だから、私に近づいては駄目だよ。それから私がアルちゃんの病気を引き取ったことを私に言うと、その時点からまた私の記憶が消されるから、意味がないからね」


 そしてクレアはアルの前でパチンと手を叩いた。するとアルは意識を失ったように膝から崩れる。それをどこからとも無く現れた燕尾服を着た者が受け止めた。


「これで満足?」


 今までニコニコと笑みを浮かべていたクレアから表情が消えた。


「ああ、普通の人って他人の魔力って見えないのだった。ごめんね。わからないよね」


 アルを抱えている者はどう見ても成人を過ぎた男性だ。だが、クレアに声をかけられ、怖気付いたように下がっていく。


「公爵様に伝えといて。こんなくだらないことに両親を巻き込まないでって、あの人達は普通の人なのだからね」


 そう言葉を残したクレアの姿は瞬間移動したように消えていた。


「大賢者ファヴァール様」


 クレアが居なくなったその場所で、燕尾服を身にまとった男性は頭を下げていたのだった。



王城side


「え? 大賢者様の生まれ変わりってことですか?」

「そんな話はしていませんよ」

「ファヴァール伯爵令嬢は金儲けと領地改革に使える魔法にしか興味はない」

「大賢者というには物欲がありすぎるよね」


 酷い言われようである。

 しかし、それもまたファヴァール伯爵令嬢を示すものであることは確かだろう。


「しかし、魔力不全でなければ、あの大災害を半年ほどで復興させていたことは事実でしょうね」

「魔力が少ない領民を使って領地を整備して、五年でほぼ元通りだったからな。今では土木工事で、無くてはならない魔法になっている」

「その反面、殺傷力が高い魔術を開発したのも事実だよね。怖い怖い」

「はぁ……クレアが使う魔法は、魔力が少なくても十分威力がありますからね。その技術を狙って侵入する者が後を絶たないものですから、人間不信が酷くなる一方で……」


 魔力があまり使えない状態に喜んでいた少女は、それは魔力が少ない平民でも扱える魔法が開発できると喜んでいたのだ。

 本当であれば大賢者も夢ではなかったはずだ。だが、少女クレアは領地のために魔法の開発を進めていたのだ。

 それはなんとも子供らしくない考えであった。


 だが、人とは違うことがクレアから子供らしさを奪っていったのであれば、それも必然的だったのだろう。




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