第四話 ぶっ壊れ具合はいつも通りだよ
王城side
「これは、どういうことかな?」
金髪碧眼の青年が嫌そうな顔をして聞き返している。それも額に青筋が浮かんでいるように見える。
「見ての通りですが?」
銀髪の青年が笑顔でその問いに答えている。その視線の先には、机の上にある一枚の紙があった。そこに書かれているのは『退職願』だった。
その紙を前に、金髪の青年は机をコツコツと叩いている。
「はぁ、アルバート。休暇願に書き直さないか?」
「どうしてでしょうか? レイン殿下」
「またか。またファヴァール伯爵令嬢か……アルバート。あれだけ嫌われていてよく婚約者を続けていられるな。俺なら婚約破棄をしているぞ」
「威嚇している猫みたいで可愛いではないですか」
その言葉にレインと呼ばれた王太子は頭が痛いと言わんばかりに両手で抱えている。
「殿下。アルバートのぶっ壊れ具合はいつも通りだよ」
「はぁ。私の側近になった理由もファヴァール伯爵令嬢の婚約者になるためだったしな。取り敢えず、休暇届に書き直せ」
「嫌ですよ」
アルバートはきっぱりと王太子の言葉に拒否を示す。それも凄く嫌そうにだ。
その姿に王太子は苛ついたように、机をバンと手の平で叩き立ち上がった。
「今度はなんだ! 来る途中で盗賊でも全滅させたのか! それともゴブリンのコロニーでも殲滅させたのか! それとも丁度いいからと言って上空に飛んでいるドラゴンを撃ち落として、素材を売っていたのか! どれだ!」
王太子の口からは、いったい誰のことを言っているのだろうという言葉が出てきた。まるで歴戦の騎士のような強さを持った者の話のようだ。
「違いますよ。今回はワイバーンの群れが家畜を襲っていたのを全滅させたようです」
「一緒だろうが!」
「春は、ワイバーンの繁殖時期だから、各地域から被害報告は上がっているよ。殿下」
「そんなことわかっている。クライン! 私が言いたいのは、陛下主催のパーティーに参加する意思を見せながら、わざと毎回体調を崩して出席しないファヴァール伯爵令嬢を過度に心配しているアルバートに怒っているのだ。絶対にアルバートとパーティーに参加したくないからワザと体調を崩しているだろう。なのに、退職願を毎回出す意味がわからない!」
王太子の発言とは如何なものだろうという内容が含まれている。これは国王陛下主催のパーティーに仮病をつかって欠席していると決めつけていた。予想ではなく決めつけていたのだ。
「そうですね。今までは仮病だと思いますが」
それを婚約者であるアルバートも認めていた。仮病を使って堂々と国王陛下主催のパーティーに欠席していたと。
ただ、それを許されていたのは、爵位を持たない伯爵令嬢という立場だったからとも言えた。
「今回は本当に体調が悪そうで、心配ですので領地まで送って行こうかと」
「アルバート。そんなもの他の誰かに任せろ! お前が朝からいないから書類の山が全く減らないのだ。それから休暇届に書き直せ」
王太子は離れたところにある積んである紙の山を指す。それは一人増えたからと言って、減るとは思えない量の書類の山だった。
「御冗談を。それ死人が出ますから。あと休暇届は三日間しか出せないではないですか」
「俺の仕事が回らないから一日だけだ。そもそもあのファヴァール伯爵令嬢が体調が悪いからと言って簡単に死ぬか? 絶対に死なないだろう! 『殿下の護衛って強いのかと思いましたら、案外弱いのですね』と仮面でも貼り付けたような顔で言われたのだぞ。それも三十人いる護衛を地面に伏してだ」
「クレアは研究熱心ですからね」
「嬉しそうな顔をして言うな!」
全てがファヴァール伯爵令嬢という者の話だったようだ。そうなると、ファヴァール伯爵令嬢は王太子の護衛を簡単に倒してしまうほどの猛者になってしまう。
「あ……あの……ファヴァール伯爵令嬢様とは、あのか細い方ですよね」
そこに遠慮がちに声をかけてくる者がいた。小柄な少年と言っていい者だ。
「話を聞く限り、騎士団長様と同じドラゴンスレイヤーになってしまうのですが?」
「ドラゴンスレイヤーだろうな」
「ドラゴンスレイヤーですね」
先程まで話が全く噛み合わなかった王太子とアルバートの意見が一致する。
「普通の伯爵令嬢なのですよね?」
「普通?」
「何を言っているのです聖女と言っていいです」
「ああ、アルバートの意見は聞き流していいよ。ファヴァール伯爵令嬢に嫌われているのに婚約者で居続ける変態だから」
「クライン。酷いですね。それは仕方がないことなのですから」
アルバートは婚約者から嫌われていることに対して理解し受け入れている。それはクラインという者に変態と言われてしまうだろう。
「仕方がないのですか?」
「身代わりの呪だ。大賢者ファヴァールが創り上げた魔法の一つだ」
その答えをアルバートではなく、王太子が答えた。身代わりの呪。言葉の響きからはあまりいいようには聞こえない。
「何の身代わりになったのですか?」
「私の病ですよ。本来クレアが持っている病は私の病だったのです」
「え?」
「父上が治らない病だと知って、賢者の家系のファヴァール伯爵家にすがったのです。ただその日は顔合わせだけだったのに……」