第二話 王命の婚約者って逃げ場がない
クレアリーズ・ファヴァール。これが今世の私の名前です。
ファヴァール伯爵家の長女にして唯一の跡取り娘。
建国時から存在しているファヴァール伯爵家の領地は普通の伯爵領よりも広く、裕福な領地でした。十年前まではです。
ちょうど春のこの時期のことでした。未曾有の災害が領地を襲ったのです。
両親は建国記念のパーティーに参加をするため、私を連れて王都に滞在していました。
私は奇病に侵されており、一人にはできないということもありましたが、私の奇病をどうにかできないのかと王都に来て色々な方々に私を会わせるためでもありました。
そんなとき、嵐が領地を襲い、三日三晩雨が降り続いたのです。それにより、川の氾濫、魔石採掘場の崩落、領地の殆どが水に浸かったという連絡が入ってきました。
両親は私を王都に残して領地に戻ろうとし、帰路の途中で落石事故に遭い、帰らぬ人になってしまったのです。
当時の私は八歳。そんな子供では領地を任せられないと、叔父夫婦がやってきたのです。
そう、この叔父夫婦が全ての元凶。
領地の復興をせずに、王都で金を散財し、まるで自分が伯爵になったかのように振る舞い、使用人に当たり散らし、他の貴族に対しても横柄な態度をとっていたのです。
しかし、私は王都から遠く離れた領地に戻り、今までファヴァール伯爵家に仕えてくれた者たちと共に、領地を復興させていたのです。
そんな時、王都から人がやってきたのです。その名も税徴収役人。そう税の取り立てにやってきたのです。
災害による税の免除申請をしているはずだと長年ファヴァール伯爵家で執事をやってくれている者が反論したのですが、そのような書類など提出されていないと役人は言うのです。
調べると王都にいる叔父夫婦が領地からの書類等を全て国に提出していなかったのです。
叔父夫婦による散財。災害からの復興。そして税の取り立て。極めつけが、叔父夫婦が公爵家に対して無礼を働いたというではないですか。
それがエルヴァイラ公爵家だったのです。
エルヴァイラ公爵家の怒りを買ったファヴァール伯爵家。その噂は貴族社会に一気に広まっていき、ファヴァール伯爵領内でも嵐のように広がっていきました。
ファヴァール伯爵領から去る領民も出てくる始末。そして使用人たちも去っていきました。
残ったのは長年ファヴァール伯爵家に仕えてくれいた者たちのみ。
笑うしかない状況でした。
それが私が十歳のときです。そしてこの状況に手を差し伸べてくださったのもエルヴァイラ公爵様でした。
次男であるアルバート様の婚約者となるのであれば、支援をするとの申し出でした。
私は勿論、その申し出を丁重にお断りをしました。一年、二年という単位では復興できないほど災害の被害は大きく、そんな領地の跡継ぎとして御子息の名を出すものではありませんと。
その話はそれで終わったかと思ったのですが、三年後にアルバート様本人が私の前に現れたのです。
「この度、レインヴィルト王太子殿下に仕えることになりましてね」
唐突にそのようなことを言いだしたエルヴァイラ公爵子息様。以前お会いしたエルヴァイラ公爵様よりも傾国の美女と噂されるエルヴァイラ公爵夫人に似ておられるのでしょう。
一瞬、どこぞかの令嬢かと思ってしまいましたわ。言い換えれば男装の麗人と言っても、誰もが納得する容姿と言えます。
そのエルヴァイラ公爵子息様がわざわざファヴァール伯爵領まで来て、そんなことを話しだしたのです。
はっきり言って、私には全く関係のない話です。その頃の私は成人すれば、女伯爵となり、死ねばファヴァール伯爵領を国に返納しようと考えていたからです。
「それはおめでとうございます」
ですから、適当にその話を受け流します。私より二つ年上の次男の御子息は今年で十五歳になるはずです。王太子殿下も同じ歳とお聞きしますので、側近にはよいでしょう。
「それで、私に婚約者を充てがうという話になりましてね」
確か、王太子殿下の婚約者はハイメディー公爵令嬢でしたね。そうなると側近のエルヴァイラ公爵子息様もハイメディー公爵家の息がかかった家の方が良いでしょうね。
「それが少々困った問題が起こりまして、ふと思い出したのですよ」
困った問題ですか。その問題に私は手を貸せそうにはありませんわ。きっと、見た目が良いエルヴァイラ公爵子息様だからこそ起こった問題だと思いますから。
「公爵である父上からの話を蹴った方がいらっしゃったと」
私ですわね。……これはもしかして、強制的に私を巻き込もうとされていますか? 御冗談を。
私は領地に引っ込んで、領地改革に邁進していきますわ。
「ということで、私の婚約者になっていただけませんか? ファヴァール伯爵令嬢」
「まぁ、エルヴァイラ公爵子息様ほどの方が、領地の再建もままならない私を婚約者になど、それこそ問題になってしまうことでしょう。私のような者より、エルヴァイラ公爵子息様にもっとふさわしいご令嬢がいらっしゃいますわ。その方の元に赴かれた方が、よろしいかと存じます」
面倒なことに私を巻き込まないで欲しいと、遠回しに言う。そしてさっさと帰れと。
「さて? どこが問題になるのでしょうか? エルヴァイラ公爵家の支援を蹴って、十三歳という若さで領地を治めているなど、普通はできないでしょう」
これはエルヴァイラ公爵家を敵視した者と遠回しに言われている?
それになんとか回っているのは、結局のところエルヴァイラ公爵が手を差し出してくれているからにすぎません。採掘した魔鉱石を通常よりも高い値段で買ってもらっているのです。
ですが、もっと根本的な問題があります。
「それに私は奇病に侵されています。エルヴァイラ公爵子息様のご要望にはお応えできないでしょう」
「存じておりますよ。魔力が身体を巡らずに滞ってしまう病ですね」
ああ、ご存知でしたか。まぁ発症してから両親は何か手がないのかと色々動いてくれていたので、王都では噂ぐらいにはなっていたでしょう。
跡取り娘が奇病に侵されていると。
足の引っ張り合いが、日常的に行われているのが貴族社会というものです。しかし、今やファヴァール伯爵家の名は地に落ちてしまい、私は縁談など無縁という状態です。
本当であればこのような話はなりふりかまわず、飛びつくほどのものです。しかしエルヴァイラ公爵家というのがいただけません。
エルヴァイラ公爵夫人は王家から降嫁された王妹。ということは目の前のエルヴァイラ公爵子息様にも王位継承が発生しているのです。
そんな面倒ごとには関わりたくないというのが、この縁談を蹴った理由です。いいえ、私の警戒心はエルヴァイラ公爵様に向けられています。何故かは分かりませんが、エルヴァイラ公爵家と繋がりを持つことを拒む私がいるのです。
だったら、私はその意志に従いましょう。そう言う勘に今まで助けられてきたのですから。
「御存知でしたら、私に縁談を持ってくる意味の無さも理解されているかと?」
王太子殿下に仕える立場であるなら、それぐらい理解されているのでしょう。
するとエルヴァイラ公爵子息様は一枚の封筒を私に差し出してきました。
「できればお渡しせずに済めばと思っていたのですが、こちらを受け取ってください」
それは白い封筒に金縁で豪華に飾り付けられ、王家の紋章が刻まれた封筒でした。
これは受け取らないという拒否権は私にはありません。
それを手に取り裏を見ると、蝋印に国王陛下の刻印が刻まれています。
だから、この縁談は嫌だったのです。エルヴァイラ公爵夫人は国王陛下に可愛がられていると噂されています。そうなれば、このように私にはどうしようもないことが、降ってかかってくるではないですか。
後ろに控えていた老執事からペーパーナイフを受け取り、封を切ります。そして、中に入っている紙を取りだしました。
そこには王命として、ファヴァール伯爵家を途絶えさせないための婚約を命じるとありました。
なんてことでしょう! 私がファヴァール伯爵位を死後に返納しようとしていることが国王陛下にバレているということです。
くっ! 何処かにネズミが紛れ込んでいるということですか。
「お嬢様! 落ち着いて深呼吸をしてください。お嬢様!」
老執事の声を最後に、私の意識は途絶えました。
魔力不全。それが私の病に付けられた名です。
魔力が扱えないわけではありません。魔力が無いわけでもありません。魔力を身体中に巡らせる器官が未発達だというものです。
普段の生活には何も影響は与えません。未発達なだけで、魔力が身体を廻らないということではないのです。ですから火種になる火を出すにも支障はありません。
しかし大規模な魔法は扱えません。興奮すると魔力が身体を巡らずに身体に力が入らなくなります。
そして自分の身体なのに動かない人形の様に倒れるのです。
私はこの病を受け入れると幼い頃から決めていたので、問題はありません。だって急激な運動や興奮状態に陥らなければ、普通に生活をしていけるのですから。
そう、興奮状態に陥らなければです。