どこを目指してる?
本日更新 4/4
「どうぞ。ご賞味ください」
テーブルに座っている俺の正面で、ねじり鉢巻きをした奈良君が真剣な表情で俺にそう言った。
そして、俺の目の前には炊き立てのご飯が茶碗に盛られて置かれていた。
「どれ……」
俺は茶碗を手に取り、箸でご飯を一口分つまんだ。
一粒一粒が艶々していて、見た目からして以前食った米と輝きが違う。
俺は、そのご飯をおもむろに口へと運んだ。
「ど、どうっスか?」
緊張の面持ちで俺にそう聞いてくる奈良君だったが、俺はすぐに返事をしない。
別に意地悪をしているわけではない。
ただ、今はこの米の味を堪能したかったのだ。
「ふう……凄いなこれは」
一口食べた俺の口から出た素直な感想だ。
「マ、マジッスか!?」
「ああ。元々米にそんな愛着があるわけじゃなかったけど、こうして美味い米を食うと、やっぱ俺も日本人なんだと思うわ。ちょっと感動した」
俺がそう言うと、奈良君は目を潤ませたあと「やったあっ!!」と叫びながらガッツポーズをした。
「良かった……エヴァは美味しいって言ってくれてたんスけど、やっぱ同じ日本人の摩耶さんの評価が一番気になったんで……」
「いや、マジで美味かったよ。この世界の食事に不満は無かったけど、こうして美味い米を食べると、これ無しじゃ我慢できなくなるな」
「へ、へへ。沢山ありますし、魔法のお陰でいくらでも作れますんで、沢山食べてください!」
どうやら奈良君は、完全に米農家としてジョブチェンジしてしまったようだ。
物語によっては勇者と呼ばれるようなポジションのはずだったんだけどな。
どうしてこうなった?
「へえ。本当に前と全然違うな」
俺が食ったあと、アイバーンも自分用に盛られたご飯を食べたのだが、前回との違いに目を見張っている。
「ええ。今回のはほんのり甘みもありますし、全然違いますわね」
メイリーンにも好評のようだ。
「でも、ちょっと粘っこいかな。もうちょっとパラッとしてる方が私は好みかも」
やっぱり、人によって好みの違いは出てくるか。
奈良君が品種改良で作った米は粘り気がつよくモチっとしているのだけど、ユリアにはちょっと合わなかったようだ。
「一応、改良の段階でそういう米もできたんスけど、ユリアさんはそっちの方がいいッスか?」
「どっちかっていうとね。でも、基本的にはパンを食べるからそこまでお米は必要ないかな」
「マジッスか……」
どうやら、異世界で日本食が無条件に受け入れられるという神話は崩れたようだ。
「まあ、この世界の食い物自体がパンに合うように作られてるからな。それを無理矢理ご飯食えって言っても無理だろ」
「うー……じゃあ、今度はご飯に合うおかずを作るッスよ!」
今度はご飯に合うおかずまで作るらしい。
本当に、奈良君はどこを目指しているのだろうか?
「米の品種改良のお陰で魔法も上達しましたし、今度は味噌とか醤油とかも自分で作るッス!」
そう、奈良君は米の品種改良への情熱が高すぎて自分で植物育成の魔法を覚えたのだ。
育成の魔法は醸造なんかにも使えるし、本当にオリジナルの味噌とか醤油とか作る気満々だ。
この世界で実際に味噌と醤油を作っているヨナスという先生もいるしな。
転移魔法も覚えたし、なんだかんだ良い魔法の練習になっている。
「そういう育成の仕方をするつもりじゃなかったんだけどなあ……」
「あ、自分、時々肉が欲しくて狩りにも行ってるんで、攻撃魔法も大分上手くなりましたよ」
「……本当に、なんでそんな育ち方しちゃったかな」
もっとこう、対人戦で痛めつけ……シゴキながら育成しようと思っていたのに、いつの間にか自分で狩りとかし始めて勝手に攻撃魔法も上達していった。
本当に、奈良君は一体どこを目指しているのだろうか?
「転移魔法も使えるし、攻撃魔法も使えるし、植物育成の魔法も使える。なんか、いつの間にか万能魔法使いになってきてんな」
「へへ。最初はそんなに魔法に興味無かったんスけど、色々使えるようになると楽しくなっちゃって。太田が魔法に拘った理由が、今ならちょっと分かる気がするッス」
太田君か。
「そういえば、治療院を追い出されたあと、太田君はどこ行ったんだ?」
あれ以降モナは偵察に行っていないから太田君の動向を知らなかった。
モナに目線を向けてみるが、モナもフルフルと首を横に振った。
まあ、偵察に行ってないのに分かるわけないか。
ここ最近は妊娠したエヴァの面倒とかも見てたしな。
奈良君に視線を戻すと、奈良君はなんか微妙な顔をしていた。
「魔法使いになることを熱望していた太田より魔法が上達したことは皮肉としか言いようがないッスね」
「まあ、俺ら召喚者は現地の人間より魔力が多くなるからな。ちゃんと教えてもらえればすぐに上達するんだよ」
奈良君みたいにな。
「じゃあ……」
奈良君が、ふと窓の外を見ながらこう言った。
「太田の奴も、ちゃんと魔法を教えてもらったら、すぐに上達するってことですか?」
「まあ、魔法使いになることを熱望してるならすぐに上達するだろ」
なんせ、その土台はすでに出来ている状態でこの世界に召喚されるからな。
やる気とちゃんとした教師がいれば、すぐに魔法は上達する。
「で、なんでそんなこと聞くんだ?」
「いやね、王城追い出されて、探索者協会でも相手にされなくて、治療院も追い出されたわけでしょ?」
「ああ」
「アイツ……自棄になって魔族国に魔法習いに行ったりしないかなって思って」
奈良君の言葉を聞いた俺は、途端に嫌な予感が胸に飛来した。
「散々上手くいかなかったとすると……その可能性も否定できないな」
先日、魔族国が俺たちに接触してきたし、もし太田君が魔族国に行ってたりすると、ちょっと面倒なことになるかもしれないな……。
「うーん、調べたいけど、モナを向かわせるわけにはいかないしな」
「そうですね。もう魔族国に私がここにいることはバレてしまいましたし、私が魔族国に行くと確実にスパイだと疑われます」
「だよなあ。じゃあ、とりあえずなるようになるしかないか」
まあ、太田君が魔族国で魔法を覚えたところで俺にとってはなんの脅威にもならない。
ただ、面倒なことになりそうな予感だけはしていた。
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