操り人形
本日更新 3/4
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時は戻り、魔族国の王城にある執務室の一つ。
「召喚者の片割れ?」
魔族国国王メキドの側近スネイルは、部下が持ってきた報告書を読んで眉をしかめていた。
その報告書には、アドモスに引き取られた二人の召喚者のうちの一人が、魔族国の国境を越えたという内容が書かれていた。
召喚者と言えば、先々代の国王を討ち取り、先日メキドの指揮する軍勢に大打撃を与えた、文字通り魔族の仇敵だ。
先日魔族に大打撃を与えた召喚者は、先代召喚者の手によって討ち取られたという報告を受けているが、もう一人の召喚者は生きている。
その生き残りの召喚者をフリーパスのように通し、それを報告書という確認するまでに時間がかかる方法を取ったことに怒りを覚えたのだ。
「おい。この報告書を提出した者を呼べ」
「は、はい!」
現国王メキドと兵士時代から親交のあるスネイルの怒りは、スネイルの側近を震え上がらせ、その側近は慌てて報告書に記載されている人物をスネイルの執務室に呼んだ。
呼ばれた報告者も、部屋に入るなり怒気を放っているスネイルに息を呑んだ。
「お、お呼びと伺い、参上致しました」
軍人らしく敬礼しながらそういう報告者を見たスネイルは、努めて怒りを表に出さないように気を付けながら口を開いた。
「この報告書なんだがな。我が魔族の仇敵たる召喚者を、なんの咎めもなく国境を通過させたとあるが……まさか、本当にそんなことをしたのか?」
怒りを抑えようと努力し、声を抑えていることが余計に怖く聞こえるスネイルのその言葉を聞いた報告者はゴクリと喉を鳴らし、慎重に言葉を選びながら答えた。
「は、はい。今回魔族国に入国したオータという召喚者なのですが……アドモスに潜入している諜報部隊からの報告によると、アドモス王家は奴を見限り王城から放逐したそうです」
その言葉を聞いたスネイルは、一瞬自分の耳を疑い、鸚鵡返しに聞いた。
「放逐した?」
召喚者と言えば、強大な力を有し魔族も人族もこの世界の人間には敵わない存在としてスネイルは認識している。
そんな存在を放逐したという報告を、スネイルは信じられなかった。
しかし、報告者の続けての説明で段々と納得した顔を見せ始め、最終的には別の意味で怒りを感じていた。
「すると、そのオータとかいう召喚者は、なんの努力もせず、自分は強いと錯覚しているだけの馬鹿者ということか」
「報告を聞く限りではそのようです。ですので、我々も放置していても問題ないと思い特に入国を止めることもせず、素通りさせたのです。怠惰な性格で今はなにもできないとはいえ召喚者です。どんな切っ掛けで力が目覚めるか分かりませんので」
要は、下手に刺激したくなかったということである。
その弁明を聞いたスネイルは、そこで少し考え込んだ。
「……なんの力も持たず、人族の国で疎まれていた召喚者か……上手くことを運べば味方に引き入れられるかもしれんな」
スネイルの言葉に、側近たちがザワついた。
「ひ、人族を仲間に引き入れるのですか?」
「勘違いするな。奴は召喚者。人族でも魔族でもない、異世界人だ。人族を仲間に引き入れるわけではない」
スネイルはそう言って強引に側近を黙らせると、また考えを巡らせ始めた。
最近、メキドに王の素質はないと考え始めているスネイルは、このままでは側近としてメキドの側にいる自分も、近い将来地位を追われてしまうのではないかと危惧していた。
メキドは、軍部からの人気は高いが、庶民や貴族の間ではあまり評判がいいとは言えなかったからだ。
このままでは、その内メキドは王座から引きずり降ろされてしまうのではないか?
メイリーンという王族の血統が残っているのだから、メキドを王座から下ろしメイリーンかその子供を王座に座らせようという輩は確実に出てくる。
そうなる前に手を打たなければ……。
そこまで考えたスネイルは、側近に指示を出した。
「そのオータとかいう召喚者が王都に来たら迎えに行け。まともな魔法も使えないという話だが、召喚者であり魔力はこの世界の誰よりも多く所持している。鍛えれば多少なりとも戦力にはなるだろ」
スネイルは、オータの召喚者としての魔力の多さに期待することにしたのだが……。
太田が王都に入ってすぐ探索者協会で騒動を起こし、逮捕されるという事態が起こり、スネイルは怒りのあまり本気で執務机の天板を殴った。
「どこまで迷惑な存在なのだ! 召喚者という奴は!!」
机を殴り、拳から血を滲ませながらそう言うスネイルは、大声を出したら少し落ち着いたのか、深く行きを吐きながら椅子に座った。
「すぐに衛兵の詰め所にオータを迎えに行け。連れてきたらすぐに魔法の練習をさせろ」
「はっ!」
昔の役職から、自分も軍部に顔が利くスネイルは、強面で、召喚者といえども簡単には勝てない兵士に太田を迎えに行かせた。
そんな経緯で牢から出された太田だったが、そんなことは露知らず。
迎えの兵士に付いて行った先で、美少女魔法使いによる指導が始まると期待に胸を躍らせていた。
太田が、釈放を命じた人物としてスネイルを紹介された際、あからさまにガッカリしたと肩を落とした。
その様子に、怒りでコメカミがピクピクと震えながらもどうにか太田に魔法を教えてやること、その代わり、引き受けてほしい依頼があることを説明した。
最初はガッカリと肩を落としていた太田だったが、段々スネイルの話に興味を持ち始め、最終的にはスネイルの出した条件を受け入れた。
その条件とは『魔法を覚えた暁には、現在権力争いに破れ、とある場所に捉われているメイリーン王女を助け出して欲しい、というものだった。
それを聞いた太田は大きな声で「王女様キター!!」と叫び、周囲をドン引きさせた。
どうやら太田は、王女様を助け出したことで自分に惚れ、王女様とのラブロマンスが始まると妄想しているらしかった。
だらしない顔がそれを如実に物語っていた。
しかし、太田は知らない。
スネイルが、その場所には先代召喚者が潜んでいること。
交渉次第ではこちらが全滅する危険があることを、敢えて言わなかったことを。
そのことを知らず、太田は地位を追われた王女様との甘い生活を夢見て魔法の訓練に打ち込むようになっていった。
火種は、魔族国内にも存在していた。
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