酷薄な笑み
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「だはぁっ! 緊張したあっ!!」
魔族国との会談を終えて帰ってきたアイバーンの最初の台詞がそれだった。
「おお、お疲れ」
それに対して労いの言葉をかけると、アイバーンはジト目を向けてきた。
「なに?」
「いや……っていうか、魔族国の国王と一般人の俺が会談とか、正直ありえなくないか? 向こうも「誰だ?」って言ってたけど、俺だってそう思うわ」
アイバーンがそんなことを言うので、俺はアイバーンの肩に手を置き、首を横に振った。
「なに言ってるアイバーン。最初は誰もが無名なんだ。ここから、アイバーンの名が世界に広がって行くのだよ」
大仰に俺がそう言うと、アイバーンはガックリと肩を落とした。
「コイツ……今後も俺を矢面に立たせる気満々だ……」
「嫌なら無理しなくていいぞ。今度は俺が直接出向くから」
「やっぱ俺でいい。いや、俺に行かせてくれ! 頼む!」
アイバーンにばかり負担をかけるのも申し訳ないと思っていたので、今度は俺が出向くと伝えたところ、アイバーンから必死に止められた。
「いやいや、いいって。アイバーンにばっかり負担をかけるのはやっぱ気が引けるからさ。今度からは俺が直接話すって」
俺がそう言うと、アイバーンは俺の両肩に手を『ガッ!』と置いた。
「い・い・か・ら! 今後も俺が対応するから! 魔族国の狙いはメイリーンさんとレオンなんだ! そんな相手にお前、冷静でいられんのかよ!?」
アイバーンはそう言ったあと、ハッとした顔をした。
「ふぅん。やっぱり、魔族国の狙いはメイリーンとレオンなのか」
「……はぁ」
アイバーンは『しまった』という顔をして目を瞑ったあと、小さく息を吐いた。
「まあ、隠していてもしょうがないし正直に言うぞ。魔族国は、メイリーンさんがここで生きてる可能性が高いと睨んでる。そんで、お前との間に子供が出来ていることも、なんとなく予想しているっぽい」
「へえ、そう言ったのか?」
魔族国はそこまでぶっちゃけたのかと訊ねたら、アイバーンは首を横に振った。
「いや。代わりに別のこと聞かれた」
「別のこと?」
「ああ。ケンタには世界を征服する意思があるのか? ってな」
その言葉を聞いた瞬間に、魔族国側の意図が分かった。
要は、メイリーンの子供という魔族国の王族の血を引く子供は、新しい王家を立ち上げる旗頭にできる。
俺がレオンを担ぎ上げて世界征服するつもりなんじゃないか? と危惧しているのだろう。
なんて……。
「くっだらねえ話だな」
そもそも、なぜ世の為政者たちは世界を征服したがるのか?
全人類を跪かせたいのだろうか?
「まあ、ケンタはそんな面倒なことやらないって言っといたけどな。本気で受け取ったかどうかは分からん」
「それでいいよ。それにしても、メイリーンとレオンを気にするってことは、ソイツ、レオンに王座を脅かされるとでも思ってるんじゃね?」
「それはあるかも。なんか、凄い武将って感じはしたけど、王としては馬鹿っぽい感じがしたからな」
アイバーンがそう言うと、側で聞いていたメイリーンが「ぷっ」と噴き出した。
「ふふ。うふふふ。アイバーンの感想、よく分かるわあ。そうなの。武将として王に使われるのは得意なんだけど、自分で周りを動かすのは苦手なのよ、あの子」
ほんの短い時間でアイバーンが受けた印象と、長いこと姉弟として関わってきたメイリーンの感想が同じとは、どんだけ分かりやすい奴だったんだろう。
逆に気になってきた。
俺がその魔族国国王について興味をそそられていると、メイリーンの隣に座っていたユリアが、心配そうにメイリーンの顔を覗きこんでいた。
「どうしたの? ユリア」
「えっとね、メイリーン聞いてもいい?」
「もちろん」
「もしね? もしもだよ。そのお馬鹿な弟君が王様なのが我慢できないって皆がなったとき、メイリーンはお願いされたら女王様になっちゃう?」
あー、確かに、武将としてはアリだけど国王としてはナシって結構聞く話だもんな。
でもまあ、それはユリアの杞憂だな。
「それはないわ」
「……本当に? 魔族国の人が困ってて、どうしてもってお願いされても?」
「それでもよ」
メイリーンは、抱っこしていたレオンの頭を撫でながら話し始めた。
「アイツらはね、私を追い出したの。無能だ、役立たずだって言いながらね。そして、誰も私を守ってくれなかった。庇ってくれなかった。唯一、ここにいるモナだけが私を逃がしてくれた。だから、モナだけはここにいることを許しているの。他の連中? 知ったことではないわね」
メイリーンはそう言うと、そっとレオンの顔を手で覆い隠し、レオンから自分が見えないようにした。
そして……。
「死ねばいいのよ」
そう言って薄く笑うメイリーンは、美しく、そして、とても怖かった。
メイリーンがレオンの顔を隠していた手をそっとどけると、その時にはもういつもの微笑みを浮かべるメイリーンの姿があった。
「だからね、私が魔族国に戻ることはありえないから、心配しなくていいわよユリア」
「そっかあ。なら安心だね!」
メイリーンの酷薄な笑顔を見たアイバーンはドン引きしているのに、ユリアはメイリーンが魔族国に戻らないという確約を得られたということで、とても嬉しそうだ。
メイリーンの二面性は気にならないみたいで良かった。
「ところで、メイリーンとレオンの存在がバレたわけだけど、魔族国は本当にこれで手を引くと思うか?」
俺はそういう政治的は話には疎いので、なぜかそういうのに詳しいアイバーンと、元女王であるメイリーンに聞いてみた。
「さあ、どうだろうな。俺の受けた印象とすれば、表舞台に出てこなかったら問題ないって感じもしたけどな」
アイバーンは問題なしという意見だったが、メイリーンは違った。
「気を付けた方がいいわ」
メイリーンがそう言うと、室内に緊張が走った。
「弟の治世に不満がない人なんていないと思うから、その内別の国王をって声が上がると思うわ。そんなときに、この子は恰好の神輿の対象になる」
メイリーンにジッと見られたレオンは「?」と不思議そうな顔で首を傾げた。
そんな様子に笑顔を浮かべながら、メイリーンはさらに話を続ける。
「メキド……弟はレオンが表に出なければそれでいいと思うかもしれないけれど、周りがどう思うかまでは分からない。警戒は続けておいた方がいいわ」
「分かった」
そういえば、今の魔族国王家に不満を持っている勢力とかいたもんな。
あの勢力は全滅したって聞いたけど、そういう組織が一つとは限らない。
メイリーンの言う通り、警戒はしとくか。
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