アイバーン、初めての会談
本日更新 4/4
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「ワイマールの使者が?」
「はい。どうやらケンタ=マヤと話を付けてきたそうで、調査には応じられないが話し合いには応じると言って来ております」
ワイマール王国の国境近くに軍勢を布陣した魔族国の一際大きな天幕の中で、魔族国国王であるメキドがその報告を受けていた。
「陛下、どうします?」
そう聞いてきたのは、メキドと共にメイリーンに叛乱を起こした側近中の側近たちの一人。
メキドが軍の前線で戦っていたときからの盟友であり、魔族国内において上位の実力者でもある人物だった。
そんな側近の言葉を聞いたメキドは、天幕の中に設置されている椅子に座り、足を組んでしばらく考え込んだあと、返事を決めた。
「分かった。こちらもそれに応じると伝えろ」
「かしこまりました」
報告をしに来た兵士が天幕を出て行くと、メキドは「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「おや、どうされました? 珍しく緊張されていた様子ですが」
長く一緒にいる側近からしても、メキドが緊張しているところを見るなど、前々国王と対面するとき以外見たことがないので、珍しいものを見る目でメキドを見た。
「ああ? そりゃそうだろ。相手はあのケンタ=マヤだぞ? 下手な返事をして戦争にでもなったらどうする」
憮然とした表情でそう言うメキドだったが、側近は内心で(だったら、この行動が既に悪手では?)と考えていた。
確かに、モナがケンタの下にいるかもしれない、というのは、メイリーンが生存している可能性を示唆しているし、そうなるとメイリーンの子供という魔族国にとっての爆弾が潜んでいるかもしれない可能性があるので調査したいと思うのは仕方がない。
ただ、そのために取った行動が、国王自ら軍を率いてケンタの潜伏するワイマール王国に出向くというのが側近には理解ができない。
こんなの軍事的圧力と変わらないし、なんならこの行為だけで戦争になってもおかしくない。
ワイマール王国はよく堪えたなと、逆に感心したほどだ。
(まずは使者を送って、協議して、それから調査させてもらえるかどうか判断すべきなのに、この人は……)
この側近は、青白い肌と尖った耳、そして蛇の様な鋭い目が特徴で、周囲からは蛇の様だと言われている男である。
名をスネイルと言い、狡猾な性格をしていて、メキドの側近を務めているのも、彼に付いていれば自身の出世に繋がると軍所属時代に確信し、それからずっと腰巾着をしていたからである。
彼の思惑は辺り、軍でもすぐに出世し確固たる地位を築いた。
ただ、そんな彼にも不満があった。
それは、メキドが前線に出たがるという性格だったため、出世しても常に戦場に身を置くことになってしまったことだった。
出世はしたいが自分の身が可愛いスネイルは、どうにかしてメキドを前線から遠ざけたいと考え、メキドによる王位簒奪を唆した。
その結果、メキドは国王になり、側近であるスネイルも想像以上に高い地位に就くことができ、非情に満足のいく結果になったのだが……。
スネイルは、玉座に就いてからのメキドの行動を疑問視することが多くなった。
戦場ではこの上ない輝きを放っていたメキドだが、王宮での采配にそのキレが見えない。
戦争でも、自分自身で直接指揮が取れないからか、最近は負けが続いており、最近は国王メキドに対する不信感を露わにするものも現れ始めた。
このままだとマズいのでは? と思っていたところに、メイリーンとその子供の存在の可能性が出てきた。
もしそれが世間に知られたら、メイリーンを再度玉座へという声が出てくるかもしれない。
なので、スネイルはメキドに慎重に行動してほしかったのだが……。
(まさか、事前連絡なしで自らワイマール王国に出向くとは……何度諫めても聞きやしないし)
スネイルは、一人で神妙な空気になっているメキドを見ながら、かつての忠誠心が揺らいできていることを自覚していた。
そして、迎えたケンタ側との会談の日……。
「あ? 誰だ? テメエ」
会談の場に現れたアイバーンを見たメキドは、そんな言葉をアイバーンに投げかけた。
その言葉を聞いたアイバーンは大きく目を見開き、スネイルはメキドにバレないように舌打ちした。
「誰だ、とは随分な挨拶ですね。私の名はアイバーン。ケンタの名代です」
「名代だあ? なんでケンタ=マヤ本人が出てこない!? 俺を舐めてんのか!?」
メキドのその言葉に、スネイルは背筋が凍った。
今アイバーンは、ケンタの『名代』と言った。
つまり、自分の『代わり』にと送り出してきた人物で、魔族国側は本人と同じ扱いをしなくてはならない。
それなのに、いきなりのこの暴言である。
アイバーンは「ヤレヤレ」と肩を竦めたあと、話し出した。
「ケンタ相手だと、そうやって熱くなるでしょう。だから、代わりに私が出ることにしたのですよ。ちなみに、ケンタからは全権を委任されているので、私の言葉はケンタの言葉として聞くように」
「はあ? なんでテメエみたいな下っ端にそんなこと言われなくちゃいけねえんだよ?」
どうやら本気で名代の意味が分かってなさそうなメキドを見て、アイバーンは心配そうな視線をスネイルに送るが、そんな視線を向けられてもスネイルだって困る。
なので、アイバーンの視線に対し、スネイルは苦笑しながら肩を竦めるだけの表現に留めた。
「はぁ、もういいです。さっさと会談を済ませましょう。魔族国はなぜケンタのいる森を調査しようとしているのですか?」
言いたい事は山ほどあるが、とにかく話を先に進めようということでアイバーンは本題を切り出した。
その言葉を聞いたメキドは、ケンタ本人ではなく部下のアイバーンが出てきたことにまだ納得がいっておらず、憮然とした態度で返した。
「それは教えられねえな。国家機密ってやつだ」
「そうですか。それではこの話はここでお終いですね。お疲れ様でした」
アイバーンはそう言うと、スッと席を立って帰る素振りを見せた。
「待て待て待て! なんで帰るんだ!?」
「なんでとは? 目的を明らかにせず、一方的に要求だけを呑めとでも言うのですかあなたは? そんな要望、受け入れられるわけがないでしょう?」
「テ、テメエ……俺が誰だか分かってんだろうなあ?」
メキドはそう言いながら、魔力を集め始めた。
それを見たアイバーンも、同じような言葉を返した。
「あなたこそ、私が誰か分かっていますか? 私はケンタの『名代』です。私に危害を加えるということは、ケンタに対して害意があると判断します」
「っ! ぐっ……」
「ちなみに、私に危害を加えた場合、ケンタは魔族国に戦争しに行くと言っていますのであしからず」
「!?」
アイバーンの言葉を聞いたメキドは、慌てて魔力を放出し、両手を上げて敵意がないことを示した。
「ちょ、ちょっと熱くなっちまっただけだ。別に、ケンタ=マヤとことを構えるつもりはない」
「そうですか。それは良かった。では失礼します」
「だから待て!」
とにかく帰ろうとするアイバーンを、メキドは必死に止める。
そして、仕方がないという風に話しを始めた。
「そちらに俺の姉上がいないかどうか調べさせてほしい」
その言葉を聞いたアイバーンは、やはりそれかと納得した。
そして、納得したうえでこう答えた。
「お断りします」
その返事に、メキドの顔が怒りで赤くなった。
しかし、咄嗟にアイバーンを攻撃することはせず、一旦飲み込んだ。
「……それは、断ったら強硬手段に出ると言ってもか?」
それを聞いたアイバーンは「フッ」と小さく笑った。
「言ってもですよ。そもそも、そんなことをしたらどうなるか、あなただって分かっているでしょう?」
「……」
メキドは、戦闘が絡むとよく頭は回る。
ケンタのいる森を襲撃すると、ケンタの反撃に合う。
しかもそこはワイマール王国内なので、ワイマール王国とも戦争になる。
結果、魔族国に大きな損害が出ることになる。
そこまでシミュレーションしたメキドは「チッ!」と大きな舌打ちをした。
そして、腕を組んでしばらく考え込んだあと、アイバーンをギロッと睨んだ。
「おい」
「はい?」
「聞きたいことがある」
「なんでしょう?」
「ケンタ=マヤは、今後どうするつもりだ? この世界を征服するつもりがあるのか?」
その言葉に、アイバーンは『アイツ、まだ世間からそんな風に思われてるんだな』と妙に感心してしまった。
「本人にそんなつもりはありませんよ。ケンタはあそこで静かに暮らしたいだけです。わざわざ、渦中に飛び込んでいくこともしない」
アイバーンは、恐らくメキドはメイリーンとケンタの間に子供がいることまで予想していると判断した。
なので、アイバーンはケンタが魔族国の王位争いに参加するつもりはないと表明したのだ。
その言葉を聞いたメキドは、しばらくアイバーンの目を睨んでいたが、アイバーンが目を逸らさないことからようやく本心であると判断した。
「そうか……分かった。それを約束してくれるなら、今回はこれで引き返す」
メキドはそう言うと席を立った。
「ただし、もし約束を違えたそのときは……覚悟しておくことだ」
「はは。肝に銘じておきますよ」
「ちっ!」
メキドは精一杯脅したつもりだったが、アイバーンには全く響いておらず、悔し気に舌打ちをしてそのまま会談用の部屋を出て行った。
こうして、魔族国軍はワイマール王国の国境付近から引き揚げて行くことになったのだが、そんな中でスネイルはメキドに不信の目を向けていた。
「明らかに火種が生まれているのに、ケンタ=マヤにビビって追い込みをかけないとは……陛下は王位に就いてから随分と弱くなったようだ」
スネイルはこういう交渉事だと途端に弱腰になるメキドに不安を覚え、このままでは魔族国の将来も不透明だなと思い始めた。
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