朱に交われば赤くなる
本日更新 3/4
「それで? アンタらはなんて返事したんだ?」
「そ、それはもちろん、ここは我が国の領土であり、他国に調査をされる謂れはないと撥ねつけました」
まあ、そういう対応になるわな。
「それなのに、こうしてここに来たってことは、それで納得しなかったってことか」
「他国の領土を調査させろなどという問い合わせ自体が前代未聞なのですが、どうやら今の魔族国にはその辺りの常識が通用しないようで……」
「脅されたか?」
俺がそう言うと、疲れた顔をして頷いた。
「はい。この前のような小競り合いではない。全面戦争も辞さないと。そう言ってきました」
ふうん。
「受けて立てばいいじゃん。前の小競り合いは押し返してるんだし、勝てるって」
軽い気持ちでそう言うと、王女サマは一瞬こちらをキッと睨み、すぐに視線を逸らした。
「……前回は本当の様子見です。魔族国軍の本気だとは思っていません。それに、魔族国軍はアドモスの召喚者に手酷くやられた経緯もあります。その汚名を払拭するためにも、今度こそ全力で来るでしょう。そうなった場合、我が国が被る被害は想像を絶するものになるかと思います。もしくは、我が国が魔族国の手に落ちるかもしれません。そうなると……」
おっと、コイツ、逆に俺に脅しをかけて来やがった。
「この森も魔族国の所有になるってか」
「そうなると、色々と面倒なことが増えるのではないかと……」
王女サマの言っている面倒ごととは、他国が俺に干渉しようとしてくるのをワイマールが防いでいるってことなんだろうけど、実際は本当の面倒ごとが存在する。
それも、魔族国に対して。
それを考えると、確かにワイマールが魔族国に支配されるというのは、あまりよろしくはないな。
「それを防ぎたかったら、どうにかしろって?」
「あ、いえ。とりあえず、魔族国の方とお話合いをされてみては如何かと思いまして。そもそも、この地はワイマール国の領土内にはありますが、私どもの管理の手からは離れておりますので、調査云々は返事のしようがないというか……」
「へえ、ここってそういう扱いなのか」
知らなかった。
「はい。小さい独立国家のような扱いとさせて頂いております」
「……」
なんかさ、マジで自分から傘の下に入ってこようとしてない?
俺、そんなこと頼んでないよ?
よく分からない話になってきたから、アイバーンを呼んできた。
「……なるほど、そういう扱いになっていたのですか」
「はい。なので、こちらには徴税も行っておりませんし、義務も課しておりません」
「おまけに俺たちの出入りは自由で、時折こうして俺たちにとって有益な情報をもたらしている。それは……」
アイバーンがそう言って王女サマの顔を見ると、王女サマはジッとアイバーンの目を見返した。
まるで、それ以上口に出すなと言わんばかりの視線だ。
それに気付いたアイバーンは、小さく肩を竦め「分かりました」と口にした。
「それで、魔族国がこの土地を調査させろと言って来ている件ですが、確かに一度どこかで話し合いの場を設けた方が良さそうですね」
アイバーンがそう言うと、王女サマの顔がパアッと綻んだ。
「本当ですか!?」
「ただし」
嬉しそうな顔をした王女サマに対し、アイバーンはすぐにピシャリと言った。
「話し合いの場に出るのは私です」
「え?」
「なんで?」
王女サマも虚を突かれた顔をしているけど、俺だって同じだ。
なに言いだしてんだコイツ。
「ケンタ、お前、魔族国の仇だって自覚あるか?」
「あるよ」
俺が即答すると、アイバーンは「はぁ」と溜め息を吐いて額に手を当てた。
「お前……もし交渉が決裂したら、その場で魔族たち殲滅するつもりだろ」
おお、すごい。
「よく分かったな」
「!?」
俺がそう言うと、王女サマが勢いよく俺を見た。
その顔は、真っ青だった。
「そんなことだろうと思ったよ。魔族国にとってケンタが最大の仇であることは間違いない。そんな仇を目の前にして、魔族国の奴らが冷静でいられるとは思えない。そんで、お前はそういう感情を向けられたら、受け流すんじゃなくてそのまま反射させるだろ」
「スゲエな。全部その通りだわ」
交渉決裂、イコール戦争だと思ってた。
「そうなると思ったから、まず俺が出るって言ってんの」
「なるほどな。じゃあ、任せた」
「分かった」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
俺とアイバーンで話し合いの代表が決まったところで、王女サマから待ったがかかった。
なんだよ。
「そ、そんな簡単に決めてしまっていいのですか!? 確かに魔族国はマヤ様によろしくない感情を抱いております。下手をすれば、アイバーンさんが……」
「ああ、それは大丈夫でしょう」
「なぜです?」
王女サマの質問返しに、アイバーンはニヤッと笑って言った。
「最初に言いますから『もし私に危害を加えるようなら、問答無用でケンタが魔族国を滅ぼしに行きますよ』と」
「そうだな。言っとけ言っとけ」
「……」
アイバーンの言葉と俺の賛同を聞いた王女サマは、座っているのにフラッとふらついた。
「殿下!!」
慌ててお付きの人間が王女サマを支え、なんとか倒れずに済んだが、王女サマは真っ青な顔のままで、しばらく俺たちの顔を交互に見たと思ったら両手で顔を抑えてしまった。
「……もうやだ、この人たち……それが簡単にできそうなのがもっとやだ……」
「「……」」
やべ、王女サマ泣かせちまった。
「ま、まあ、そういうことなので、私のことはご安心を。そう言っておけば向こうも下手に手出しはしてきませんし、穏便に話し合いができるでしょう。申し訳ありませんが、魔族国には『調査には応じられないが話し合いには応じる』と伝えて頂けますか?」
「……はい、分かりました。では、私はこれで失礼いたします」
王女サマはそう言うと、フラフラと立ち上がり、こちらに一礼してから帰って行った。
そのあとを追う従者たちも、王女サマにこんな仕打ちをした俺たちを咎めるでもなく、視線を合わせずコソコソと帰って行った。
そんな王女様一行を見送った俺たちは、一行が森に入ったのを確認してから口を開いた。
「王女サマ、お前のこと怯えた目で見てたな」
俺がアイバーンにそう言うと、アイバーンはポリポリと頭を掻いた。
「……まさか、殿下からそんな目で見られる日が来るとはなあ」
アイバーンはあの王女サマは尊敬に値する人だって言ってたから、そんな人からああいう視線を貰うのは複雑な心境なんだろうな。
「まあ、別にいいだろ。今のお前、ワイマール王国とはあんま関係ない立場になってるんだし」
「……まあ、それもそうか」
相変わらず切り替えの早いやつだ。
「さて、それでだ。魔族国の要求は、メイリーンさんがいるかどうかの確認と、いたとしたら引き渡しの要求だろう。どうする?」
どうする?
「そんなもん。百パーお断りだ」
「だろうな。で、そうなったら全面戦争だって話になったら?」
そんなもの、決まっている。
俺は、アイバーンにニヤッと笑いかけながら言った。
「受けて立ってやるよ。ただし、全滅する覚悟で挑んで来いって言っとけ」
それを聞いたアイバーンの反応は、小さく肩を竦めただけだった。
こうして、王女サマ襲来の数日後、アイバーンと魔族国による会談が実施された。
このことで、アイバーンが俺の名代として公に認知されるようになっていった。
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