大火も最初は小さな火種
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魔族国の王城にある一室。
そこに、ケンタの下から逃げ出した諜報部隊員たちが魔族国の国王メキドに報告をしていた。
「なるほどな、元諜報部隊の女が、ケンタ=マヤのところに潜んでるかもしれねえってのか」
モナがケンタのところにいるかもしれないという諜報部隊からの報告を受けたメキドは、腕を組んで考え込み始めた。
その間に、メキドの側近の一人が逃げ帰ってきた諜報部員たちをネチネチと責め立てていた。
「それにしても、一矢報いることもせず、おめおめと逃げ帰るとはな。恥ずかしくないのかお前たちは」
側近のその言葉を聞いた諜報部隊員たちは『だったらお前が行ってみろ!』と大声で叫びたかったが、仮にも相手は国の上層部の人間。
組織の末端である諜報部隊員が逆らえるはずもなく、ただ歯を食いしばって耐えるしかなかった。
そのとき。
「だったら、お前が行ってこい」
という声が聞こえた。
諜報部隊員たちは一瞬、諜報部隊員の誰かがそう発言したのだと思った。
なにせ、心の中で思ったことと全く一緒のことを言ったから。
一体誰が? と周囲を見渡すと、国王メキドがさきほどの発言をした側近に向かって冷たい視線を向けていた。
「……へ、陛下?」
「なんだ? こいつらのことを情けないと思っているんだろう? だったらお前が行って模範を見せてこい」
メキドにそう言われた側近は顔を蒼褪めさせる。
なにせこの側近は、多少の魔法は使えるが武力など全く縁のない文官。
史上最強と言われた魔族国国王を討伐してしまったケンタと相まみえるなど、自殺行為でしかない。
「は、ははは。陛下も冗談がお好きですなあ。そんなこと、できるはずがないではありませんか」
「だったら黙ってろ」
メキドはそう言うと、側近を睨み付けた。
「いいか、こいつらはお前の何倍も強え。それなのに一当てさえ出来ずに逃げ帰ってきた。その意味を考えてみろ」
メキドは、政治的手腕は無いと言われているが、戦闘が絡むと途端に鋭い洞察力を発揮する。
今も、現場での不意の遭遇に際し、無駄に戦うよりも情報を持ち帰ってきた諜報部隊の行動を支持し、国の上層部である側近を糾弾した。
そのことに諜報部隊員たちは感激し、目を潤ませる者もいた。
王としての資質について疑問視していた者も中にはいたが、現場の意見を聞いてくれるメキドの支持に急速に心が傾いていた。
メキドは、そんな諜報部隊員たちの心情などに興味は無さそうで、持ち帰って来た情報にのみ思考を割いていた。
「で、確証は得られなかったのか?」
「はい。そんな女はいない。いたとしても教える義理は無いと完全に白を切られました」
「……そんな尊大な言い方をする奴だったか? 俺が以前に戦ったときと大分印象が違うんだが?」
メキドは、ケンタの魔族国国王討伐の際に一度矛を交えている。
その際はケンタの圧倒的な力の前に屈してしまったが、諜報部隊員たちが言う様な尊大な物言いはしていなかった。
ケンタが人族の国から冤罪をかけられて逃げ出したという話は聞いているが、そのせいですっかりやさぐれているということまでは知らなかったのだ。
「はい。私も諜報部隊としてケンタ=マヤのことは調べていましたから、当時とは大分印象が違うなという意見に賛成です」
「そうか。本人で間違いないんだな?」
「はい。あの圧倒的な魔力……」
諜報部隊員はそこまで言って思い出したのか、ブルッと震えた。
「今思い出してもゾッとします」
「魔族に対して人族が魔力でそこまでの感想を抱かせるなら、本人で間違いないか」
メキドはそう言ったあと、また考え込み始めた。
「その女、元諜報部隊員なんだろ? もしかしたら、前の戦争のときに出会って密かに恋仲になっていたのかもしれねえな」
諜報部隊員たちはメキドの言葉のあとに顔を見合わせると、コクリと頷いて追加の情報を伝えた。
「それが、その……そのモナという女なのですが、前の戦争のときはメイリーン王女殿下の侍女をしていた女なのです」
その諜報部隊員の言葉に、メキドはカッと目を見開き、勢いよく立ち上がった。
「なんだとっ!? なぜそれを先に言わねえ!?」
「も、申し訳ございません!! 余計な火種になるのではと思い、つい……」
「ついじゃねえだろっ! メチャメチャ重要な情報じゃねえか!! 姉上の元侍女であるその女が、仇であるケンタ=マヤの居住地にいるかもしれねえってなると……」
メキドは、苦い顔をして言った。
「姉上が、ケンタ=マヤのもとにいるかもしれねえ……」
そう言ったあと、メキドは椅子に座り直し、頭を抱えた。
「姉上は、元々ケンタ=マヤに協力して父上を殺した裏切り者だ。既に出会ってる。それに、その後二人とも国を追われている。似た境遇の二人が、どこかで合流し、意気投合して一緒に行動していても不思議じゃねえ」
メキドはそう言いながら、執務机の上にある卓上カレンダーに目を通した。
「……姉上を追い出してから二年以上経ってんじゃねえか……こりゃあ……」
考えたくない最悪の状況がメキドの脳裏をよぎる。
「いるかもしれねえな……姉上と、ケンタ=マヤの子供が」
執務室にいた者たちは、大方その予想はついていたのか大袈裟に驚くことはしなかったが、皆一様にゴクリと喉を鳴らした。
「魔族国の王女と、最凶と名高い異世界人の子供ですか……もし本当にそんな存在がいたとしたら……」
さっきメキドに詰められたのとは別の側近が言葉を選びながらそう言うと、そのあとをメキドが引き継いだ。
「火種どころじゃねえ。とんでもない大火になる」
血統と実力を兼ね備えた存在がいるかもしれない。
それは、メキドにとって、とてもではないが看過できるものではなかった。
「このまま放置するわけにはいかねえ」
メキドは立ち上がり、窓の外を見ながら言った。
「行くか。ケンタ=マヤのもとに」
こうして、魔族国によるケンタへの介入が決定した。
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