火種はもう生まれている
本日投稿 2/4
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アドモス王国は、ここ最近なにかと話題の多い国である。
ワイマールと戦争をして負け、異世界人を召喚したことで魔族国から襲撃を受けたがそれを奈良の活躍のお陰で乗り切り、その奈良を先代召喚者である健太によって返り討ちにされ、再度異世界召喚を行おうとして王が大怪我を負った。
次は一体なにをするのか? と人族の国だけでなく魔族国もアドモスの動向には目を光らさせている。
なので、アドモス王国王都には魔族国からの密偵が結構な数潜んでいる。
密偵には、パッと見では人族と見分けの付きにくい外見の魔族が選ばれていて、外見から魔族と見破ることは中々難しい。
そして、魔族は人族の国にはいない、という先入観から街中で探知魔法を使うことはほぼないし、人族の中には探知魔法が使えるものも殆どいないので、魔族国の密偵はその正体を知られないまま諜報活動を行っていた。
そんなある日、その密偵のもとにある情報が入ってきた。
その情報とは、人族の治癒魔法使いよりも効果の高い治癒魔法による治療を格安で行っている医師がいるという話だった。
「治癒魔法が使える医師は皆王城に行っているのではなかったのか?」
諜報員の拠点となっている民家で一人がそう言った。
ここ数日の諜報活動で、大怪我を負った国王が治癒魔法が使える医師を搔き集めているという情報は入手している。
相変わらず、この国の国王は強欲だなと諜報員たちが警戒心を上げたのは記憶に新しい。
そんな中でもたらされた情報だったので、諜報員たちが困惑するのも無理はなかった。
「いやそれが、どうも流れの治癒魔法使いらしい。なんでも、高額報酬に吊られて王城に行った医師のことを許せないとか言ってたぞ」
その言葉を聞いて、諜報員はますます困惑した。
「はあ? どこの世間知らずだ? 人族の治癒魔法使いが金にがめついなんて常識だろ」
人族の治癒魔法が使える医師は治療費が高い。
これは元々医師会による決め事であり、治癒魔法が使える医師が勝手に決めているわけではない。
ただ、魔法が使える数少ない人族の中で治癒魔法使いを目指す人間は、大体この高額な報酬を目当てに医師になる。
なので、治癒魔法が使える医師は金にがめついのである。
それを知らないとは、どこの世間知らずのお坊ちゃんだ? と、魔族たちも人族の医師たちと同じ感想を持った。
「しかし金に興味を示さない治癒魔法士か……もしかしたら我々魔族の脅威になるかもしれない。見張っておくか」
こうして太田の監視を強化することが決まった。
その結果、分かったことがあった。
太田は、人族の治癒魔法使いよりも効果の高い治癒魔法が使えるが、それでも魔族の魔法に比べるとかなり稚拙なもの。
治癒魔法使いとしての実力は脅威には値しないという結論になった。
そういうわけで、太田への監視はあまり得られるものがなかったのだが、その過程で諜報員たちを困惑させる出来事が起こった。
「……おい。お前ら見たか?」
諜報員の一人が周りの諜報員に向かって話しかけると、話しかけられた諜報員たちは皆一様に困惑した顔をしていた。
「ああ俺も見た……」
「やっぱり、見間違いじゃなかったか……」
諜報員たちは、自分たちが見たものが信じられず皆で情報の擦り合わせをしたのだが、その結果自分たちが見たものが間違いではなかったことを確信した。
「……モナの奴、こんなところでなにしてるんだ?」
そう、彼らが見たのは諜報員たちと同じく太田の様子を見に来たモナの姿だった。
モナは背中の羽を隠し、人族の女性探索者に偽装していたので他の人族たちには魔族とバレていなかった。
だが、元同僚である諜報部隊員たちは一目でモナだと気付いた。
一方のモナは、諜報部隊員たちに全く気付いていなかった。
王城の防諜があまりにザルだったから、この国では警戒する必要がないと気が抜けてしまっていたのかもしれない。
そんなモナは、アドモス王都を出てからフライングボードに乗って帰って行くところまでしっかり見られていた。
「モナの奴、確か実家の親が病気になったとかで辞めたんじゃなかったか?」
「俺もそう聞いてる」
「それがなんで人族の国に? それに、なんだあの魔道具。あんなの見たことねえよ」
人を乗せて空を飛べる魔道具なんて、魔法が得意で魔道具開発にも力を入れている魔族国ですら見たことがない。
あんな魔道具を使っている時点で、なんとなくこの国に寄ってみたという可能性も薄い。
「なんか事情があるんだろうけど……まさかあんな魔道具を使うとは思ってもみなかったから追えなかったわ」
「もう一回来ねえかな? そうしたら、今度はモナの後を追うことができるのに」
「そうだな。とりあえず、しばらくはモナが再び現れないか注視することにしよう」
そういう方針が諜報部隊員の中で決まっていたことなど露ほども知らないモナが、健太の命を受けて再びアドモス王都に現れた。
あれ以降、常に探知魔法で王都を探っていた諜報部隊員たちは、モナの登場にすぐに気付いた。
「おい、すぐに追う準備をするぞ」
モナが太田の治療院の様子を見に行っている間に、諜報部隊員たちは王都の外でモナ追跡の準備をしていた。
そして、太田の様子を見終わったモナが王都から出てきて、しばらく離れたところでフライングボードに乗って飛び立った。
「よし、行くぞ!」
諜報員たちは、あらゆる魔法を駆使してモナの後を追った。
途中、何回も見失いかけたが、とにかく上空を高速で移動するモナを追い続けた。
だがしかし、目的地に向かって一直線に進めるフライングボードと違って、地上には障害物が沢山ある。
次第に離れて行き、とうとうモナの姿を見失ってしまった。
だがしかし、アドモスから一直線に飛行していたことで、モナの目的地がある程度分かった。
モナはワイマール王国に入り、そこからも一直線に進んでいた。
そして、その先にはある場所があった。
「この先って……」
「ああ。このまま真っすぐ行けば、アイツのいる森に当たるはずだ」
魔族の言うアイツ。
彼らの仇敵、健太のことである。
「まさか……我々を裏切ってケンタ=マヤに付いたのか?」
「いや、まさか……」
そんなはずないと言いかけた諜報員の言葉を、別の諜報員が遮った。
「いや、前々陛下のことを良く思っていなかった御方がいるだろ」
「……ああ、メイリーン殿下か」
メイリーンが父王から疎まれ、刺客を放たれていたことは軍人なら皆が知っている。
なので、メイリーンは父王を良く思っていない。
そして、モナは……。
「確か、モナは元々メイリーン殿下のお付きだったはずだ」
その言葉に、諜報員たちはハッとした顔をした。
前々魔族国国王を討伐したものの、人族の国で冤罪をかけられ逃亡した健太。
父である国王がいなくなったあと、玉座に就くも追放されたメイリーン。
もしかしたら、この二人はどこかで合流したのではないか?
そして、メイリーンを発見したモナがそこに馳せ参じたとしたら……。
「……これは、アドモスの調査とかしている場合じゃないかもしれないな」
「そうだな……これは、下手をすると……」
諜報員の一人は、不意に言葉を切って自分たちの母国である魔族国の方向を見た。
「新たな騒動の火種が起きているかもしれないぞ」
人族の国から追放された健太と、魔族の国から追放されたメイリーン。
その二人が合流しているかもしれない。
同じ場所にいる、同じ境遇の、同じ年頃の男女。
すでに二人がそれぞれの国から追放されてから少なくない日数が流れている。
諜報員たちには、最早嫌な予感ではなく、ある意味確信があった。
魔族国にとって、騒動の火種は生まれていると。
こうして、魔族国諜報部隊の総力をあげて、健太のいる森の調査が行われることが決定した。
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