協定違反
本日投稿 3/3
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「それにしても、治癒魔法使いを無理矢理浚うなんて、王族も酷いことをするもんだ」
自分自身アドモスの王族に放逐され、少なからず恨みがある太田は、ここぞとばかりに王族を批判した。
しかし、それは医院に勤める助手の女性の言葉で否定された。
「いえ、王宮からはきちんと報酬金額を提示されまして、先生は合意の上で王城に行きましたので、無理矢理浚われたわけではないんです」
医院に集まった人たちは、町医者をやっている治癒魔法使いが金にがめついことを知っているので納得した顔になっているし、別に医者が全て治癒魔法を使えるわけではない。
魔法は使えないが普通に医者をやっている人間も多くいるので市民たちはそんなに悲観はしていなかったのだが、太田はそういう事情を知らないので助手の女性の言葉を自分なりに解釈し、一人で憤った。
「なんだって!? それは酷い話じゃないか! よし! ならここは僕に任せたまえ! ここを捨てて行ったその医者の代わりに、僕が皆さんを格安で治療してあげますよ!」
そう宣言した太田は、ズンズンと医院の中に入って行った。
「え? ちょっ、ちょっと待ってください! 困ります!」
制止する助手の女性の声を無視して、診察室と思われる部屋に入って行く太田。
そして、そこに設置されていた椅子に座ると助手の女性に声をかけた。
「さあ、早速患者を呼んでくれ!」
「いや、だから、困りますって……」
「格安で治してくれるってのは本当かい?」
助手の女性が困り顔で太田を制止しようとしたとき、格安で治療するという言葉に吊られて一人の老婆が入ってきた。
「ええ、もちろん! むしろ治癒魔法を金儲けの道具に使うなんて、僕からしたら考えられませんね! さあ、どこが悪いんですか?」
「それがねえ……」
こうして、太田は勝手に人の医院で治療を始めてしまった。
最初はなんとか太田を止めようとしていた助手の女性だったが、格安という噂を聞いて患者が集まってきてしまい、もう止めさせることができなくなってしまった。
こうして集まってきた患者に対し、太田は召喚の恩恵で得られた有り余る魔力のゴリ押しで治癒魔法を使い、普段ここで治療をしている医師よりも高い効果を発揮する治癒魔法を使ってみせた。
「魔法はイメージ……大丈夫、医療漫画も沢山読んでいたし、僕ならできるはずだ」
太田の読んでいた異世界の物語は魔法はイメージで決まるというものだったのだが、この世界の魔法は少し違う。
魔法はプログラムと同じで、魔力をきちんと制御し、正確に式を構築しないと十全とした効果を発揮しない。
ただ、太田には召喚者特典とも言える膨大な魔力があったので、そういった知識がなくても人族の魔法使いよりは効果の高い魔法を使うことができた。
あくまで、人族の魔法使いよりは、である。
だが、市民にとっては普段見ている治癒魔法よりも効果が高く、尚且つ安価で治療をしてくれる太田を市民たちは評価した。
結果、太田が勝手に入り込んだ医院には連日多くの患者が集まってきた。
『下町の聖者』とも呼ばれ始め、医院の待合室は連日満席になるほどの盛況ぶりだった。
その光景を見た助手の女性は、バックヤードに入ったあと深い溜め息を吐いた。
「はぁ……どうしよ……もうすぐ先生が戻ってくるのに……」
助手の女性が溜め息を吐いたのには訳があった。
別にここの医師は、医院を捨てて出て行ったわけではない。
報酬のいい王城に、しばらくの間出張に行っている感覚で医院を放置していたのだった。
助手の女性もそれを分かっていて、知らずに集まってきた患者に説明をしているときに、太田が話を聞いて勝手に憤り始め、医院を乗っ取ってしまったのだ。
「それに、こんなに忙しいのに、あんな安い値段で治療してるから全然儲けもでてないし……」
金に目がないのは、医師だけでなく、そこで働く助手も同じである。
しかし、現状は太田に医院を乗っ取られ、儲けも出ていない状況なのだが、市民からの評判がすこぶる良いため今更患者を追い返すこともできない。
どうしようかと頭を悩ませていたところ、助手の女性にとって救いとも思える人物たちが医院にやってきた。
「格安で治癒魔法による治療をしている医院というのはここか!?」
そう言いながら入ってきたのは、白衣をきた集団。
この地域にある、治癒魔法を使わない医院の医師たちだった。
ズカズカと入ってくる医師たちの顔は一様に憤っており、それを見た待合室の患者たちのうち、何人かはサッと視線を逸らした。
どうやら、見知った医師がいたらしい。
医師はそれを横目で見ながら、助手の女性に詰め寄った。
「なんでも、格安で治癒魔法による治療をしているそうじゃないか。協定を破るとはどういうつもりなんだ?」
医師は、怒ってはいるがそれを押し殺して極力冷静に訊ねた。
すると、その言葉を聞いた助手の女性がポロポロと涙を溢し始めた。
「え!? ちょっ! なんで!?」
文句は言いに来たが別に泣かせるつもりではなかった医師は慌てふためき、さっきまでの怒りの雰囲気はどこに行ったのか、優しく話しかける。
「ど、どうした? そんな泣くほど強く言ったか?」
そう聞かれた助手の女性は、フルフルと首を横に振ると、この状況について説明を始めた。
ここの本来の医師は、国王の治療のため王城に行っていること。
その間に、今治療をしている太田が勝手に入り込んできたこと。
代わりをしてくれなどと頼んでいないし、不法占拠なので出ていってほしいが、患者が大量に集まっているので強く言えないこと。
料金も勝手に決めてしまったこと。
そうこうしている内に、世間で『下町の聖者』なんて呼ばれ始め、益々出ていってほしいと言えなくなってしまったこと。
そこまで説明すると、助手の女性は俯いたままハラハラと泣き続けた。
それを見た医師は、最初に医院に入ってきたときとは別の憤りを感じていた。
そのとき、診察室の扉が開き中から太田が顔を出した。
「ちょっと、早く次の患者さんを呼んでよ」
医師や助手の女性のことなど気にも留めていない様子の太田に、医師の一人が近寄って行った。
太田は、ようやく次の患者が来たと思って診察室に戻りかけたが、医師の着ている白衣を見て動きを止め、医師に向き直り聞いてみた。
「えっと。貴方が次の患者さんでいいのかな?」
「違う、我々はこの街の医院の者だ。ここの医院が我々との協定を破り、格安で治癒魔法による治療をしていると聞いたのでな、抗議に来たのだ」
医師のその言葉を聞いた太田は、呆れた顔になった。
「なにを言いだすかと思えば……僕は治癒魔法による利益なんて求めていない。どんな値段で治療しようが自由なはずだ」
そう言って突っぱねたのだが、医師は呆れて小さい溜め息を吐いてから言った。
「はぁ……どこの世間知らずのお坊ちゃんか知らないけど、自由じゃないんだよ」
「はあっ!? なんだよそれ!?」
「だから世間知らずのお坊ちゃんかと聞いたんだ。いいか、この街に限らず人族の国では治癒魔法を使っての治療と使わない治療には明確に値段に差をつけるっていう協定があるんだよ」
「な、なんで? 意味分かんないよ……」
突然自分の知らない協定の話を持ち出され太田は困惑したが、効果の高い治癒魔法による治療を格安で受けているのは、今待合室にいる市民たちだ。
彼らが養護してくれる、と信じて待合室に視線を移すと、患者たちは揃って目を逸らし、中には医院を出て行ってしまった患者もいた。
「え、ど、どうして……」
「どうして? 分からないか? 効果の高い治癒魔法を安価で施したらどうなるか、想像できないか?」
「そんなの、皆が喜んでくれるに決まってる!」
太田はこう言っているが、実はそんなに高潔な思想での話ではない。
異世界無双ものが好きだった太田だったが、攻撃魔法は教えてくれる人がいないので独自に練習をしている状況で、お世辞にも効果が高いとは言えなかった。
むしろ太田の微妙な魔法より、身体強化をして剣で斬った方が効率がいい。
そういう事情で今のところ異世界無双ができていない太田は、人族の治癒魔法による治療が微妙なことに目を付けた。
治癒魔法もまだまだだが、それでも町医者よりは効果が高い。
ここでなら異世界無双ができるし、あわよくば助手の女性や難病を治した患者さんの中の可愛い女の子たちとハーレムが築けるかも、という下心満載だった。
事実、助手の女性は太田の自分を舐め回すように見る視線が気になっており、それも早く出て行ってほしい理由の一つになっていた。
そんな、色んな思いを乗せた太田の返事だったが、それを聞いた医師たちから失笑が起きた。
「な、なんだよ?」
「そりゃあ皆喜ぶよな。そのせいで今も待合室は満席だ。そこのアンタ、今どれくらい待ってる?」
突然話を振られた男性が、ギクリとしたあとおずおずと話した。
「二時間くらい、かな?」
「聞いたか? この人はもう二時間待ってる。お前がもっとスピーディに対処できるならいいかもしれんが、二時間待ちの患者がいる時点でそれもできてない。そのうちパンクするよ」
「そ、そんなの! やってみないと分からないだろ!」
「分かるんだよ。過去、それで患者が捌ききれなくなった治癒魔法を使う医師と、治癒魔法を使わない医師の間で協定ができた。治癒魔法による治療は高値で、使わない治療は安価で行うってな」
それを聞いた太田は、愕然とした顔をした。
「な、なんだよ、それ……」
「本当に知らないのか。まあ、そういう事情だ。だから、格安で治癒魔法による治療をすることを止めろ。あと、この医院はお前のものではないそうじゃないか。これは、不法占拠だよ」
「え?」
そう言われて、太田は唖然とした顔になるが、医師は構わずに続ける。
「なので、さっさとここから出て行け」
太田は、この医師の言葉が自分を理不尽に弾圧する声に聞こえた。
なので、弾圧に対する非難の声を期待したのだが、患者たちは目を逸らしたり苦笑いしている者しかいなかった。
「患者に助けを求めても無駄だぞ。というか、こいつ等も知ってることだからな。協定破りをしているのは自分たちの方だと分かっているのさ」
「そ、そんな……」
太田は、自分の予想と違う展開に戸惑い、今度は助手の女性に視線を向けた。
すると助手の女性は嫌な物を見る目で太田を見たあと、他の医師の後ろに隠れてしまった。
「キモ……」
あまりにもあからさまな視線を向けられ続けた助手の女性は、この期に及んで自分に助けを求めてくる太田に、心底嫌悪感を覚えた。
「キ、キモイって……」
自分は世間から認められることをしていたと思っていた太田は、助手の女性のあまりに辛辣な言葉に呆然としてしまった。
「さあ、一応の情けで不法占拠については見逃してやる。早く出ていきなさい!」
大人の男性から強い口調でそう言われた太田は、それ以上反論することもできなくなり、医師たちの手により医院の外に連れ出された。
そしてその間、誰も太田を引き留めようとする者はいなかった。
「……マジで誰も引き留めなかったよ……」
そう呟いた太田は、トボトボと医院から離れて行き、離れたところで頭を掻きむしった。
「ああ、ちくしょう!! もう少しで異世界無双ハーレムができるところだったのに!!」
落ち込んでいるのかと思いきや、自分の思惑が果たされなかったことに憤る太田。
既に女性の身体を知っているからか、その目は欲望に濁っていた。
「ちくしょう……やっぱ魔族国で魔法を覚えた方がいいか」
太田は、アドモスの王城で奈良が非常に厳しい鍛錬をしていたことを知っている。
なので、魔族国に行くとスパルタな鍛錬が行われるのでは? とビビって魔族国に近寄らなかったのだ。
だが、頼みの綱の治癒魔法も、あんな協定があったなんて知りもしなかった太田は、これ以上人族の国で活動することに限界を感じ、ようやく魔族国に行く決心を固めるのであった。
「はぁ……訓練は超ダルイけど、これで異世界俺ツエーができるのなら我慢するか」
太田はそう呟くと、魔族国に向けて歩き出した。
魔族国が、人族絶拒な状態であることなど知る由もないままに……。
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