巡り巡る
「さっきさ、森に入るときに警備兵に感謝されたわ。なにあれ?」
肥料を載せた荷車を曳いてきたアイバーンが、俺たちの前で荷車を停めるなりそんなことを言いだした。
「感謝? お前、なんかやったの?」
「いや、心当たりが全くない。だからお前に聞いたんだけど」
「いやいや、俺だって心当たりなんかねえし、そもそもこの世界の人間に感謝されるようなこと、頼まれたってやりたくねえ」
「まあ、お前はそうだよな。となると、一体なんの話だ?」
うーむ、と俺とアイバーンば首を傾げたときだった。
「あ、お疲れ様ですアイバーンさん。肥料、貰っていきますね」
俺たちの目の前にパッと現れた奈良君が、アイバーンの曳いてきた荷車を見てそう言った。
そう、実は奈良君に転移魔法を教えたのだ。
今は練習がてら、この隠れ里と旧リンドアの農村を一人で行き来している。
「転移魔法の方はどうよ? 大分慣れたか?」
「はい! 何度も魔法式を構築したんで、大分慣れてきたッス!」
「そうか。まあ、どこにでも転移できるからってあちこち行くんじゃねえぞ? 一応お前は死んだことになってんだから、特にアドモスなんて行くなよ?」
「……それはフリ……」
「じゃねえからな。行ったら二度とここには足を踏み入れさせない」
「……エヴァは?」
「レオンやアイラが随分懐いてるからなあ。ここに居残りかな」
「絶っっ対に行きません!!」
なんだよ。まるで俺がエヴァを人質に取ったみたいな反応しやがって。
俺との約束破って勝手に出て行くのは奈良君の自業自得だろ?
まだ破ってないけど。
この年頃の奴は、やっちゃいけないって言われてることほどやりたがる年頃だからな。
それをやったら取り返しのつかないことが起こるぞって脅してやればすぐに言うことを聞く。
と、それはそれとして奈良君にも聞いておくか。
「なあ奈良君。お前、俺たちに黙ってワイマールとかでなんかしてねえか?」
「は!? いやいや! 俺、マジであの村以外どこも行ってないッスよ!? え? 俺、なんか疑われてます!?」
ああ、さっきあちこち行くなよって話と、約束破ったら追放って話をしたからメチャメチャ焦ってる。
「ああ、違う違う。なんかアイバーンがここの森の警備兵に礼を言われたらしくてな。俺にもアイバーンにも心当たりがないし、じゃあ奈良君は? って思って聞いただけ」
俺がそう言うと、奈良君があからさまにホッとした顔になった。
「な、なんだ……あー、焦ったぁ。なんか冤罪かけられてんのかと思いましたよ。反抗しても摩耶さんには勝てねえし、マジ詰んだって思いました」
「そりゃ悪ぃな。で、奈良君にはワイマールからなんか礼を言われるような心当たりとかあるか?」
俺がそう言うと、奈良君も首を傾げた。
「いやぁ……俺、マジでここと農村の行き来しかしてないッスからね。できた米を流通もさせてませんし、今の俺、摩耶さん以上にこの世界と隔絶して生きてます。なんで、心当たりとかミリも思い付きません」
「そうか。じゃあ、なんだろうな?」
「なんだ?」
「なんでしょう?」
男三人で顔を寄せ合って首を傾げていると、家からメイリーンが出てきた。
「みんなー、お茶にしましょー」
俺たち三人に向かって手を振りながらそう言うメイリーンに手を振り返し、一旦休憩することにした。
「奈良君も、肥料持ってくのは後にして一旦休憩しろよ」
「はいッス!」
こうして隠れ里にいる全員でテーブルを囲んでお茶をする。
こういう場では大体子供がワチャワチャするのでそちらに話題が行きがちなのだが、今日はアイバーンの話題を皆に振った。
レオンとアイラはそれぞれの母親にガッチリホールドされていて、抜け出そうともがいている。
ただ、メイリーンもユリアも、母親になって一年ちょっと。
子供の扱いにも大分慣れて来ていて、意識はこちらに向きながらも子供を離すことはなかった。
「へえ、アイバーンがそんなこと言われたんだ。それで、本当に心当たりないの? なんか警備兵たちに差し入れ渡したとか」
「そんなことしたらケンタに睨まれるだろ。やんねえよ」
「それもそっか。じゃあ、なに?」
ユリアよ、それで納得するのか。
まあ、その通りだけど。
こうしてみると、俺が心の狭いやつみたいに思うかもしれないけど、実際俺の心は狭い。
それに、一度屈服させた相手に情けをかけると、相手が思い上がる可能性がある。
特にこの世界の人間は危険だ。
すぐ調子に乗りやがる。
なので、俺はこの世界の人間。得に政治に関わる人間には絶対に情けをかけない。
軍が国保有の武力である以上、兵士も政治に関わる存在だ。
差し入れなんて絶対しない。
なのに礼を言われた。
なんで?
「もしかしたら、ケンタの行ったなにかが、巡り巡ってワイマールのためになったのかもしれないわね」
「それしかねえか……」
それか、ワイマール側がなんか勘違いしてるかだ。
まあ、その場合、わざわざ指摘してやるつもりはないけどな。
勘違いでも俺に感謝してるならさせておこう。
その方が色々と都合もいいしな。
ということで、この話は放置としようとしたところで、奈良君が叫んだ。
「思い出した! それってバタフライエイトってやつでしょ!!」
「バタフライエフェクトな」
なんだよ、バタフライエイトって。
蝶が八匹いんのか?
「あ、そっちッス……」
奈良君が顔を真っ赤にして小さくなっていくのを、皆で笑いながら見てこの話は終わりになった。
しかしその数日後、またしてもアイバーンが変なことを聞いてきた。
「なんかさ、お前が旧リンドアを手に入れようとしてるって噂が出てるらしいけど、どういうこと?」
「は?」
いや、こっちがどういうこと? だよ。
カクヨムにて先行投稿しています