誰も欲しがらないなら。貰ってもいいよな?
「ここなら自由に米作れんだろ」
奈良君に向かってそう言うと、奈良君は不思議そうな顔をしてキョロキョロしていた。
「ここ農村ッスか? その割には誰も人がいないし、農作物も一切ないッスけど……」
建物や土地は農村としての形をしているのに、ここには農民や農作物が一切ない。
そのことを不思議がっている奈良君に答えを教えてやる。
「そりゃそうだ。ここ、リンドアの農村だもの」
「……」
俺が奈良君に答えを教えてやると、奈良君は申し訳なさそうな顔になった。
「それって、火事場泥棒なんじゃ……」
「なんでだよ。ここの農民たちは自分の荷物持って逃げたあとだろ。アイツらが権利を捨てて出て行った土地を、俺らが使ってなにが悪い」
ここはもう、誰にも所有権のない自由な土地だ。
なんせもう、それを管理する国ごとなくなっちまったからな。
その事実を思い出させてやると、奈良君は「あ」と言って納得した顔になった。
「それもそうっスね。それじゃあヨナスさん、始めましょうか?」
奈良君も納得したところで、農業指導のために連れてきたヨナスに声をかけるが、ヨナスはしゃがんで土を触り、険しい顔をしている。
「……いい場所があるってケンタ殿が言うから来てみれば……ケンタ殿」
「なんだ?」
「ここはダメだぁ。土に力が無いだよ。こんな土じゃあなんも育たねえべ」
おっと、流石は農業を生業としているヨナスだ。この土地の問題にすぐ気付いたらしい。
けど……。
「ああ、このままだとダメなのは知ってる」
そもそも、それがリンドアの滅んだ理由だしな。
「いや、知っててなんで……」
「一応、土が復活するかもしれない方法があってな。一回試してみてえんだよ」
俺がそう言うと、ヨナスは目を見開いた。
「こ、こんな土をだか? どうやって……」
「そもそも、リンドアの土地が不毛化したのは、召喚魔法陣にリンドア国内の魔力が吸い取られたからだ」
リンドアだけでなく、周辺国の一部にもその影響が出ていることから、短期間で二回目の召喚は、本当に致命傷だったらしい。
それを考えると、一回目でも結構ヤバかったんではないだろうか?
もしかしたら、農村から収穫量が落ちたとかの報告があったのかもしれない。
けど、王家を始めとした上層部がその情報を大したことではないと放置していたら?
まあ、その可能性が高そうだけど、今となっては知る由もないことだ。
とにかく、こうなった原因は土地から魔力が無くなったから。
無くなったのなら……。
「その魔力を補充してやれば……」
俺はしゃがんで、元畑だったところに魔力を流し始めた。
ただ単純に魔力を垂れ流すんじゃなくて、土に混じるように、丁寧に丁寧に魔力を土に馴染ませていく。
そうしてしばらく魔力を流したあと、ヨナスにもう一度確かめてもらう。
半信半疑な顔をしていたヨナスだが、俺が魔力を補充し馴染ませた土を触った瞬間、目を見開いた。
「なっ!? 土が! 土が復活してるべ!!」
「え? マジッスか?」
奈良君はそう言うと、ヨナスと同じように土を触った。
そして、真面目な顔をして言う。
「……違いが分かんねッス」
だと思ったよ。
「他の畑の土と、魔力の含有量を比べてみろ。そしたら分かるから」
「あ、はい」
奈良君は俺の言葉に返事をすると、まだ魔力を流していない畑の土を手に取った。
そして、ヨナスと同じように目を見開いた。
「えっ!? これマジッスか!? 全然違うんスけど!?」
ようやく違いが分かったらしい。
っていうか、奈良君は魔法の訓練をしてるから魔力の含有量で違いが分かるんだろうけど、人族であるヨナスは魔力の制御が得意ではない。
それなのに土の違いが分かるとは……流石はヨナス、仕事のできる男だ。
「俺が言ってた解決策ってのがこれだ。土から魔力が抜けて使いものにならないのなら、魔力を足してやればいいんだよ」
「……でも、ならなんでリンドアはそれをしなかったんスかね?」
奈良君がそんなことを言っているけど、なにか忘れちゃいませんか?
「無理だろ。さっき俺がやったみたいに、丁寧に土と魔力を馴染ませないといけない。そもそも魔力の少ない人族には無理な作業だよ。魔族にだってできるヤツがいるのかってレベルだしな」
それほど繊細な魔力操作をしないと土と魔力は馴染まなかった。
奪うのは簡単なのにな。
馴染ませるとなると途端に難易度が爆上がりしやがる。
ほんの少しの魔力を制御することですら一杯一杯な人族は言うに及ばず、魔力操作が得意な魔族でさえ出来るかどうかは懐疑的である。
「とりあえず、この村の畑の土は復活させておくから、後はヨナス、水田の作り方を奈良君に教えといてくれ」
「ああ。分かっただ」
「よろしくお願いしますヨナスさん!!」
奈良君が元気に返事をしてヨナスから水田作りを教わっている。
その間に村中の畑に魔力を馴染ませて行く。
奈良君とヨナスの二人が実際に水田を作り始めた辺りで、全ての畑に魔力を込め終わった。
「いやあ、ナラ君も魔法が使えるのは便利すぎるべ。田んぼに水を張る作業がすぐに終わっちまっただよ」
「へへ。なんせ摩耶さんに扱かれてるッスからね」
「あぁ……」
奈良君が誇らし気に俺の指導を受けていることをヨナスに伝えると、ヨナスはとても可哀想なものを見る目で奈良君を見た。
「な、なんスか?」
「いんや……ナラ君も苦労してんだなと思っただけだぁ」
ヨナスがそう言うと、奈良君がジト目で俺を見てきた。
「摩耶さん」
「なんだ?」
「ヨナスさんになにしたんスか? 俺、ヨナスさんにメッチャ可哀想な人を見る目で見られましたけど」
「ヨナスにはなんにもしてねえよ」
これは本当。
だって、ヨナス、仕事の出来る男だもの。
「ヨナスさん”には”?」
あ、気付きやがったコイツ。
「そうそう。ケンタ殿がウチの村に初めて来たとき、ウチの村長の息子が対応したんだけども……いんやあ、あの時は見ててスカッ……憐れになるくらい詰められててなあ。可哀想だったべ」
「え、ヨナスさん、今スカッとって言いかけませんでした?」
うん、ほぼ言ってたな。
「……村長の息子は仕事もできねえくせに、村長の息子ってだけで偉そうでなあ」
あ、スルーして話続けんのね。
「仕事ができなくても村長の息子だから誰もなんも言えなかっただよ。でも、ケンタ殿にはそんなの関係ねえから、散々ケンタ殿に意地悪な質問されて、なんにも答えられなくて、最後は馬鹿にされただよ。そしたらソイツがキレてなあ……」
「……摩耶さん相手にッスか?」
「そう……ケンタ殿相手にだぁ」
「……大体想像つくッスけど、一応続き聞いとくッス」
「そうかぁ。んだば話すけんども、ケンタ殿に殴り掛かった村長の息子は、アッサリケンタ殿に返り討ちに会ってなあ……あやうく殺されるところだったのを、村長が命乞いしてなんとか収まったんだぁ」
「うわぁ……想像通りの展開だぁ」
奈良君、ヨナスの口調が移ってるぞ。
「でも、よくそんなんで摩耶さんが許しましたね。この人、逆らう人は即殺でしょ?」
「なんだよ即殺って。初めて聞いたわ」
「いや、本当にその寸前だったんだぁ。そこに村長が割って入ったんだべ」
あれ? 俺のツッコミがスルーされた?
……まあ、ヨナスだからいいか。
「ほえぇ。マジで命懸けじゃないッスか。その心意気に打たれたとか?」
「いんや。こんな無能を放置するような奴が長なんかやってんじゃねえ。お前が長を降りることがコイツを助ける条件だって言ってなぁ。その場で村長はクビになって、代わりにオラが村長になっただよ」
「え!? ヨナスさん村長さんだったんですか!?」
ヨナスはあの村で一番のシゴデキだからな。
俺がその場で指名したんだ。
「ああ。あれ以降、村の雰囲気も良くなったし、あの村の住人は皆ケンタ殿に感謝しとるんだ」
「へえ。そんなことがあったんスね」
「ああ。だから、あれだけ厳しいケンタ殿の指導を受けるとか、本当に大変なんだろうなと、同情しちまったべ」
別に厳しい訳じゃねえな。
当たり前のことを聞いて当たり前に返事が返ってこなかったからキレただけ。
奈良君にも、普通の指導しかしてねえしな。
「あはは。でも、摩耶さんには理不尽な指導とかされたことないっスよ」
奈良君がそう言うと、ヨナスは感心したように俺を見た。
「やっぱり、あの指名手配はなんかの間違いなんだな」
「え? ヨナスさん、摩耶さんが指名手配犯だって知ってるんスか?」
おっと奈良君、それはちょっと失礼な質問なんじゃないか?
「なはは。あんな山奥の村にいて、そんな情報仕入れてるのかってか?」
「ち、違いますよ! なんか、ヨナスさん普通に摩耶さんのこと受け入れてるから、指名手配犯だって知らないのかと思ってました」
「あぁ、そういう意味かや。まあ、知ったのはケンタ殿が村に来たあとだったけどもな。そのときから、なんかの間違いだと思ってただよ。だから、そのあと何度か村に来ても普通に接してただけだぁ」
俺がヨナスの村を訪れたのは、リンドアを半壊させて逃げ出したあとのこと。
昔の召喚者が日本食を作るために、タンダの山奥の村で実験をしていたという記述を見たことがあったからだ。
とにかく逃げることを最優先にしていた俺は、真っ先に誰にも知られていないであろうあの村に逃げ込んだのだ。
ちなみに、メイリーンに会ったのはこの後である。
俺はあの村で、最初に変なイベントに当たったけど、その後はヨナスたちに凄く良くしてもらった。
だから、米は微妙だけど、味噌とか醤油とか、あと漬物なんかを定期的に買いに行っている。
恩返しのつもりで。
まあ、そんなことは言うつもりはないけどな。
ヨナスも、その辺のことは察知してくれていて、奈良君にはそれ以上余計な事を話していない。
さすがヨナス、仕事の出来る男だ。
そんな話をしながらも水田は完成し、俺が植物成長促進の魔法をかけてその日の作業は終わった。
そして、そこからの品種改良の日々の中で、絶対に奈良君に転移魔法を覚えさせようと決意したのだった。
裏切りとか、もうどうでもいいわ。
ただ、ひたすら面倒臭え!