合わないものは合わない
本日更新3/3
「品種改良かあ。大変だぁよ?」
米の味にどうしても納得がいかない奈良君は、農夫で品種改良のことも知ってそうなヨナスに話が聞きたいと言ってきた。
マジで面倒臭いので却下したんだが、どうしてもと頭を下げられたので仕方なく転移魔法でヨナスのいる農村に連れてきた。
そんなに面倒なら奈良君に転移魔法を教えれば? という話なんだが、今後もし奈良君が裏切ったときのことを考えると、安易に教えられない。
まあ、状況が変わったら教えてやらないこともないけど、今じゃない。
なので、面倒だが奈良君に付き合って俺も農村に来ている。
奈良君がヨナスから話を聞いている間、俺は離れた場所でヨナスに出された漬物を食べながら茶を飲んでいる。
……よくよく考えたら、これも日本風なのか。
昔の召喚者は、本当にどうにか日本食を再現したかったんだなあ。
それが全く広まらず、こんな隠れ里だけで受け継がれている。
元の世界では日本食が世界的なブームになっていたけど、合わないところでは合わないものなんだな。
そうして茶を飲んでまったりしながら、品種改良について話し合っている二人を見ているのだが、真剣な表情の奈良君を見ていてふと思う。
……奈良君は、この異世界で米農家になるつもりなんだろうか?
そんな疑問を抱いていると、奈良君がこちらを向いた。
「摩耶さーん!」
奈良君の行く末を案じていると、奈良君に名前を呼ばれた。
「なんだ?」
「……」
その場で返事をするが、奈良君から続きの言葉が出てこない。
なんだ? と思っていると、奈良君がハッとした顔をして俺に近付いてきた。
「摩耶さんだったの忘れてた。呼んだって来てくれるわけないじゃん」
「? 当たり前だろ」
なに言ってんだ?
「いや、分かってるッス。今のは俺が悪いッス。それでッスね摩耶さん。摩耶さんって、植物育成の魔法って使えます?」
「使えるよ」
治癒魔法の応用で植物の成長を促進させることができる魔法がある。
生物は複雑すぎてできないけどな。
それを使うと、通常の何倍ものスピードで植物が成長するのだが、このタイミングで呼ばれたってことは……。
「品種改良のために手伝って欲しいッス!」
「いやだ」
「予想通りすぎる!!」
いや、こっちも予想通りのお願いだったわ。
「お願いしますよお。美味しいお米ができたら、摩耶さんだって嬉しいでしょ?」
「本当にできんのかよ?」
俺がヨナスを見ると、ヨナスは腕を組んで「うーん」と唸った。
「オラたちはこの米で十分だと思ってっから、品種改良なんて必要ないと思うけんども……」
「ダメだよヨナスさん!! 本当の米の味はこんなもんじゃないんだ!! 本当の米は、もっとモチッとしてて、甘さと粘り気があって……」
「あ、奈良君」
「はい?」
「ちなみにそれ、日本人が美味しいと思う米だから。外国だと、日本の米はネバネバしてて好きじゃないって人も一定数いるらしいぞ」
「マジッスか!?」
「パラパラになる米が良いって人もいるし、モチッとしてる方が良いって人もいる。人それぞれだよ。自分の価値観を押し付けんな」
俺がそう言うと、奈良君は「うー」と唸った。
「これだって、俺らみたいに美味いって思う人もいれば、匂いが苦手って人もいるんだよ」
「……ちょっと待って下さい。摩耶さん、それ、なに食ってんスか?」
「これ? たくあん」
「ずるい!! 俺もたくあん食べたい!!」
そう、俺がさっきからお茶請けとして食べていたのは、大根の漬物、たくあん。
大根は普通にこの世界にもあるし、ここでは米を作っているので糠もある。
たくあんができる条件は揃ってるので、普通にたくあんがある。
他の糠漬けもな。
「お、ナラ君もたくあんいける口か? ほんなら食べてみ。この世界じゃあ糠漬けはあんまり人気がなくてなあ。漬物が余っとるんだぁ」
「食べる食べる! やった!」
ヨナスがたくあんを取りに家に戻っている間、奈良君が俺に話しかけてきた。
「それにしても、糠漬けって人気ないんスね」
「さっき言ったろ。この糠漬けの匂いが駄目なんだと」
糠漬け独特の匂いがダメな人が、この世界の人間には多い。
ヨナスたちは、幼い頃から食べ慣れているから大丈夫なんだろう。
俺らと一緒だ。
「待たせただな。ホレ、たくあんだ」
「やった! いただきます!」
奈良君はそう言って嬉しそうにたくあんをポリポリと食べ始めた。
「ああ、美味え……これで米が美味かったら最高なのに」
「まあ、その気持ちは分からんでもない」
あ、しまった。
これは失言だった。
奈良君の目がピカッと光った、気がした。
「やっぱり! 摩耶さんも美味しい米が食いたいッスよね!? だったら協力してくださいよっ!!」
ねえ、ねえっ! と本当にしつこく頼んできたので、あまりにも鬱陶しくなった俺は思わず叫んでしまった。
「ああ、もう! 分かったから離れろ!!」
「マジッスか!? やったあっ!!」
俺から離れて小躍りする奈良君。
そんな奈良君の姿を見て、俺は溜め息を吐いた。
「あっはっは。傍若無人のケンタ殿でも、無邪気な後輩にゃあ敵わんかいな?」
「無邪気な、ねえ?」
本当に、いつの間にこんなにキャラ変しちまったんだ? コイツ。
やったやったとはしゃぐ奈良君を見ながら、これから奈良君に付き合わされる日々を思って憂鬱になっていたときだった。
「ところで摩耶さん」
「あ? なんだよ」
「どこで米作りましょう?」
「……」
おまえ……。
「それくらい自分で考えろっ!!」
本当に、このガキは!
出会った頃の陰鬱で口数の少ない姿の方が万倍良かったわ!
カクヨムにて先行投稿しています