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日本人特有の症状

本日更新2/3

 ある日のこと、奈良君がこんなことを言い出した。


「摩耶さん! 俺……米が食いたいッス!!」

「……」


 出たよ、日本人特有の日本食渇望症。


 これ、なにも異世界に飛ばされた日本人が発症する症状じゃなくて、海外に出た日本人は大体発症するらしい。


 なので、出張などで長期間日本を離れる人は、大体インスタントの味噌汁とか持っていくことをお勧めされるそうだ。


 そしてここは異世界。


 そんな日本食なんてものは……。


「一応、あるっちゃあるんだよな」

「米あるんスか!?」


 過去に召喚された日本人も、この日本食渇望症に罹ったらしく、人生を架けて米を探し出したらしく、この世界には米がある。


 ただ……。


「この世界の人間には受け入れられなくてな。あんま広まってないんだよ」

「なんでっスか!! 米美味いじゃないっスか!!」

「それは日本人の意見な。味噌汁とか、苦手な外国人多いって聞くぞ」

「え……そうなんスか?」


 その過去の召喚者も、米と味噌と醤油は絶対に流行ると思ったらしいのだが……結局この世界の人間には受け入れられず、今ではすっかり寂れている。


「っていうかさ。奈良君、日本にいたときもそんなに毎日米食ってたか?」


 日本人の米離れが深刻だとか言われてなかったっけ?


「そ、れは、確かにそんな毎日は食ってなかったですけど、でも、もう食べられないとなると無性に食べたくなるんスよ!」

「無いものねだりじゃねえかよ」


 まあ、確かに時々米が食いたくなるときもあるよ。


 けど、正直言えば俺はパンでも全然大丈夫だ。


「摩耶さん。なんとかなりませんか?」


 どうやってこの奈良君の申し出を断ろうかと考えていると、メイリーンたちが俺たちの会話に加わって来た。


「あら、ケンタたちの故郷の食べ物の話?」

「そうです! 俺たち日本人のソウルフード、米と味噌と醤油の話っス!」


 そうかあ?


 俺は米に対してそこまでの執着はないから、かなり冷めた感じなんだけど、意外なことにメイリーンが興味を示した。


「へえ、そうなのね。ねえケンタ、私も食べてみたいわ。どこかで手に入るのでしょう?」

「それは、まあ、手に入るところは知ってるけど」


 俺がそう言うと、奈良君の目が輝いた。


「知ってるってことは、そこまで転移で行けるってことっスよね!? 行きましょう! すぐ行きましょう!!」

「私からもお願いするわ。一度でいいの。ケンタの故郷の味を食べてみたいわ」


 う……メイリーンにお願いされると……。


「はぁ、分かったよ。ただし、今回だけだぞ?」


 断れないよなあ。


 しょうがないので、奈良君を連れて、今も米を作っている農家のところに向かうことにした。


「わがまま言ってゴメンねケンタ。でも、一度でいいからケンタの故郷の味を食べてみたいの」

「いいよ。メイリーンの頼みなら」

「……なんか、俺のときと態度違い過ぎません?」


 俺とメイリーンのやり取りに、奈良君が絡んできた。


 は? なに言ってんの?


「当たり前だろそんなの。お前とメイリーンが同列だと、いつから勘違いしてた? 行くの止めるぞ?」

「マジすみませんでした。もう生意気な口利かないので、どうかその農家さんまで連れてって下さい」

「米を質に取られたからって卑屈になりすぎだろ。どんだけ米食いてえんだよ」

「日本人なんで!」


 はぁ、もういいや。さっさと行って買って帰って来よう。


 こうして、俺と奈良君は転移で米を作っている農家のところに行った。


 その農家は、リンドア、アドモス、ワイマールのどの国でもなく、タンダという国にある。


 リンドアからはかなり離れているので、この国は土地の不毛化の影響は受けてないだろう。


 転移魔法でその農村の入口付近に転移すると、そこから農村まで歩いて行った。


「ん? おお、ケンタ殿でねか。ひっさしぶりだなあ」


 農村に近づくと、農作業をしていた農夫が俺をみて挨拶してきた。


 召喚特典である自動翻訳でもメチャメチャ訛って聞こえるくらい、凄い訛りで。


「よう、久しぶりだなヨナス。米買いに来たんだけど、まだあるか?」

「ああ、まだあるだよ。やっぱり米は中々売れんでなあ。ただ、麦から拵えるパンと違って手軽だから、ワシらは基本的に米ばっか食いよるわ」

「へえ、そうなんスね」


 俺とこの農村の農夫ヨナスのやり取りに奈良君が参戦してきた。


「ん? この子は?」

「ああ、俺の後輩」

「んだか。んで? 米さ買いに来たんだな?」

「そう。ちょっと今俺の家人数が増えちゃって、できれば少し多めに買いたいんだけど、大丈夫か?」

「ん、問題ねえ。ほなら準備してくるけえ、ちょっと待ってておくんな」


 ヨナスはそう言うと、農作業の手を止め家に向かって行った。


 俺がヨナスを見送っていると、奈良君が興奮した様子で俺に話しかけてきた。


「摩耶さん、摩耶さん! スゲエっす! 米が……米が実った田んぼがこんなにあるッス!!」


 この農村は、タンダという国における隠れ里みたいな感じで、国に税を納めていない。


 ここの農民が米と麦を栽培しているのは、この世界では麦の方が換金しやすいから。


 米は自分たち用だな。


 そういえば、ここでは味噌と醤油も作っている。


 ついでにそれも買っていくか。


 この後の段取りについて確認していると、ヨナスがデカい俵を持って現れた。


「ほい。とりあえずこんだけあれば足りるか?」

「米一俵って……多過ぎだわ」

「そんなことないッスよ! ヨナスさん、ありがとうございました!」


 俺がヨナスの持ってきた米俵にドン引きしていると、奈良君が咄嗟にフォローに入ってきた。


 まあ、貰えるもんは貰っとくか。


「あ、そうだ。さっき頼めば良かったんだけど、味噌と醤油も売ってくれ」

「そう言うと思って、一緒に持ってきただよ」

「流石ヨナス。仕事ができる」


 こうして俺は、米一俵、味噌数壺、醤油は元は酒瓶だったものに詰めた二本を購入した。


「んだば、またな」

「ああ、また」

「ありがとうございました!!」


 ヨナスが農作業に戻って行ったので、俺たちも家に帰ることにした。


「ただいま」

「お帰りなさい。どうでした?」

「ああ、ちゃんと売って貰えたよ」

「良かった。ありがとうケンタ」

「メイリーンのためなら、これくらいなんでもないさ」


 俺とメイリーンがそんな話をしていると、後ろから奈良君の声が聞こえてきた。


「……元々、米が食いたいって言ったのは俺なんスけどね」

「メイリーンが食べたいって言ったから買いに行ったんだよ。奈良君の頼みなら行ってない」


 俺がそう言うと、奈良君はガックリと肩を落とした。


「そういやこの人、摩耶さんでしたわ」

「俺の名前を蔑称みたいに使ってんじゃねえよ。っていうか、お前は米食わねえんだな?」

「すんませんでした! っていうか、最初に米食いたいって言った俺をハブするとか、摩耶さんマジで鬼畜過ぎるッスよ!」


 奈良君がメチャメチャしつこく縋ってくるもんだから、結局は奈良君にも米を食わせてやることにした。


「ああ、モナ。これは調理方法を知らないとちゃんと炊けないから俺が作るわ」

「左様ですか。かしこまりました。では、お側で見ていても?」

「構わない」

「ありがとうございます」


 こうして、ヨナスのところから買って来た米を、ヨナスがサービスで付けてくれた計量升で掬い、鍋に投入。


 水で米を洗ったら、適当な量の水を入れて鍋を火にかける。


 魔法で火加減を調整しながら炊くこと十数分。


 モナが匂いを嗅ぐ仕草をした。


「なんだか不思議な香りがしますわね」


 米が炊ける匂いに興味津々の様子のモナ。


 するとそこに、新たな闖入者が。


「なんか嗅いだことない匂いがするんだけど? なに? 大丈夫なの?」


 ユリアが隣の家から押しかけてきたらしい。


 まあ、ユリアも米が炊けるときの匂いを知らないからな。


 驚くのも無理はない。


 どうやらユリアもモナと同じ感想を抱いているようなので、不評ではなさそうだ。


 そして、米が炊きあがる前に味噌汁も作ってみることにした。


 鍋に水を張って、沸かして、出汁がないので乾燥したキノコを入れる。


 具にもなるし、ちょうどいいだろ。


 あと、醤油を使った料理でも出したいな。


 ということで、余ったキャベツと肉で肉野菜炒めを作り、その味付けに醤油を使ってもらった。


 味噌汁は俺が作ったけど、料理はモナに作ってもらった。


 料理なんてやったことねえもん。


 米の炊き方はヨナスに教えて貰ったので作れる。一応味噌汁もね。


 そうこうしているうちに米が炊きあがったので、料理と共に皆に振る舞うことにした。


「これが俺と奈良君の故郷の料理だ。まずは食べてみてくれ」


 俺の言葉で一斉にご飯と味噌汁と肉野菜炒めを食べる奈良君たち。


 奈良君はしばらく涙目で料理を眺めていたけど、ハッとした顔をしてご飯に手を付けた。


「……」

「俺がこの世界で米を食いたがらないわけ、分かったろ?」


 俺がそう言うと、奈良君はコクコクと首を縦に振った。


「この世界の米、あんま美味くないんだよ」

「……ビックリッスね。見た目は米なのに、なんか違うもん食べてる気がするッス」

「味噌汁は?」

「……あ、こっちは普通に美味いッス」

「そうか」


 俺と奈良君は微妙な顔をしていたけど、メイリーンたちには大変好評だった。


 逆に俺たちは味噌汁に及第点を出したけど、メイリーンたちはあんまり美味しそうな顔をしていなかった。


 育ってきた環境でこんなに違いがあるもんなんだなと、俺が感心をしている中奈良君はなんか真剣な顔をしている。


「どうした? 奈良君」


 俺が声をかけるとハッとした顔をして俺を見てきた。


「品種改良! 品種改良しましょう!」

「却下」

「なんでっすか!?」


 奈良君がこの世の終わりみたいな顔をしているけど、これは別に意地悪で言ってるんじゃない。


「お前、品種改良の仕方知ってんの? 俺は知らねえ」

「……」


 お前も知らんのかい!


カクヨムにて先行投稿しています

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― 新着の感想 ―
 米の品種改良はそれなりに時間かかるぞ。  交配やら遺伝子操作した所で終わりじゃないし、何回も育成して選抜を繰り返して問題点洗い出して‥‥‥ってやると平気で十年くらいかかる。  まあケンタなら不思議時…
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