リンドアの末路
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リンドア王国の仮王城にある王の執務室。
そこでリンドア王は、次々に入ってくる報告に頭を抱えていた。
「……なぜだ? なぜこんなことになったのだ……」
リンドア王の下に届く報告は、ここ数ヶ月ずっと同じものだ。
召喚遺跡周辺から始まった土地の不毛化は、あっという間にリンドア王国全土に広がり、周辺国の一部まで影響を与えた。
土地が不毛化したことによりリンドア国内の農村で作物が一斉に枯れ、麦などの主食だけでなく、芋などの作物まで全て収穫できなくなった。
徴税官が村中を徴収して回っても、どこにも食料が見当たらない。
中には、農民たちの食料を奪い取ろうとして返り討ちに遭った徴税官の話もあった。
しかも、少なくない件数で。
国の役人である徴税館が殺されるなど、本来なら村そのものが滅ぼされてもおかしくない事態なのだが、あまりに多く発生したので国も対処しきれなくなっていた。
その結果生じたのが、各農村からの叛乱だった。
リンドア王のもとには、今日もどこそこの農村が反旗を翻しただの、どこそこの貴族家が討ち入られただの、そんな報告ばかりが入ってくる。
王都の雰囲気も最悪だ。
ただでさえ復興途中の王都に食料が入って来なくなった。
麦は尋常ではない程値上がりし、パンを巡って争奪戦が起きるようになった。
そうなると王都の治安は悪化の一途を辿り、リンドア王国という国を捨てて他国へと移民する者が後を絶たない。
今まではリンドアを国際社会から弾いていた他国も、この事態にはさすがに人道支援として手を差し伸べるが、自国での食料生産に目途が立っていないリンドアの状況が好転することはなかった。
それどころか、人道支援として無償で支援をしてくれていたと思っていた他国のうち、いくつかの国は無償ではなく貸付として支援をしてきた。
そうした国々は、不毛化の影響を一部受けている国だったりする。
足下を見られていると憤慨するリンドアだったが、背に腹は代えられず、やむなく有料の支援も受け入れた。
その結果、リンドアは、もう国として存続するのも難しいくらいの負債を抱えるようになった。
「なぜだ……なぜこんなことになった……私はなにもしていないではないか……それどころか、この国を立て直そうと必死に頑張ってきたのに……」
アドモスに支援を取り付け、どうにか国として立ち直りかけたところに今回の大飢饉である。
最早リンドアは、風前の灯であった。
「くそ……くそおっ!! なにもかも前王家のせいじゃないか!! マヤ殿を蔑ろにし、排除しようとして返り討ちにあったのも! 連続して異世界召喚をしてはいけないと伝えなかったのも! 全部! 全部!!」
リンドア王は、机の上の書類を払いのけながら、前王家への恨み言をぶちまけた。
執務室の中にはリンドア王の側近たちもいたのだが、そうやって暴れる王を止めるものはいない。
彼らも、王と同じ心境だったからだ。
リンドア王も、アドモス王のように表面だけでもケンタを敬っていれば良かったんだと、そう思っている。
表面上だけでも、と考えている辺り、彼らも前リンドア王と同じような思考の持ち主ではあるのだが。
今の自分の窮状は、全て前王家のせいだと喚き散らしたリンドア王は、暴れ終わったあと、荒い息を吐いて乱暴に椅子に座った。
そして、息を整えたリンドア王は、虚空を見つめて「ふぅ」と長い息を吐いたあと、おもむろに呟いた。
「……もう潮時だな」
そのリンドア王の呟きに、側近たちは驚きで目を見開いた。
「まさか陛下……国を、捨てるおつもりですか?」
震える声でそう呟く側近に、リンドア王はフッと小さく笑ってから言った。
「もう無理だよ。まもなくこの国は内側から瓦解する。そして、作物が育たないこの国から人はいなくなる。晴れて、人の立ち入らぬ広大な廃墟の出来上がりだ」
両手を大きく広げて、おどけるようにそう言うリンドア王。
実際、おどけていたのかもしれない。
その顔には、まさに自嘲の笑みが浮かんでいた。
狂気すら感じるその笑みに、一時は怒りが湧いた側近もすぐに頭を下げ、それ以上なにも言わなくなった。
「さて、そうと決まれば早速行動をしなければな。モタモタしていたら民衆たちが王城の食糧庫を解放しろと攻め入ってくるかもしれん」
「はっ! すぐに手配いたします!」
「頼んだぞ。さて、ところで亡命先はどこの国がいいと思う?」
ある日、リンドア王国の民衆にとんでもない宣言が為された。
王がこの国を捨て、他国に亡命したというのだ。
それを聞いた民衆たちは怒りに震え、すぐさま王城に攻め入った。
そして、そこで民衆が見たものは……。
食料や金目のものが全て持ち出され、もぬけの殻となった王城の姿だった。
あまりの事態に呆然とする民衆たち。
しばらくリンドア王家のあまりにも無責任な行動に唖然としていた民衆たちだったが、その内の一人が「俺も他国に行くぞ」と言って走り出すと、一斉にそのあとを追ってリンドア国外に逃げて行った。
一度動き出したその流れは王都だけに留まらず、各地方の貴族や農村の農民に至るまで、生まれ育った土地を捨てて国外へと逃げ出した。
こうして、ケンタがリンドア王国に召喚されてから四年後、リンドア王国は地図上から姿を消した。
そのあまりの不毛さに、周辺国もリンドアのあった土地を支配することを諦め、リンドア王国跡地はリンドア王の予言通り、誰も足を踏み入れぬ廃墟と化したのであった。
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