そういや、そういう前職だった
「やっぱり、アドモスはリンドアに次の異世界召喚を依頼するらしいぞ」
町から戻ったアイバーンが、荷物を下ろしながらそう言った。
それを聞いた奈良君が、荷物を受け取りながらジッとアイバーンを見ている。
「アイバーンさん、マジで行商人みたいッスね」
「なんだ? お前までそんなこと言うのか?」
そう言いながら、アイバーンは奈良君の頭をヘッドロックした。
「わっ! やめてくださいよアイバーンさん!」
「うるせえ。生意気な奴はこうだ!」
そんなことを言いながら二人でじゃれ合っている。
「遊んでないでさっさと片付けろよ。住人が二人増えたから荷物も増えてんだろうが」
俺がそう言うと、二人はパッと離れてこちらに向かってきた。
「悪い悪い」
「すみません」
そう言いながら荷物の整理を始める二人。
俺は、そんな二人を見ながら不思議に思った。
「ホント、お前ら仲良くなったな。なんでそんな気が合ってんだ?」
奈良君がこっちに移住してきてまだ数日しか経っていない。
なのに、アイバーンと奈良君の仲は、長いこと一緒にいる先輩と後輩みたいな関係になっていた。
「なんでって……」
「そら、俺たちには共通点があるからな」
「共通点?」
アイバーンの言葉に俺が首を傾げると、アイバーンはニヤッと笑った。
「お前と敵対したのに生かされてる」
「今ここで殺してやろうか?」
変なことで仲間意識を持つんじゃねえよ。
「いや、大事なことっスよ。摩耶さんに殺されなかったってことは、俺らって似た思考してるってことじゃないっスか」
「……そういうもんか?」
「そういうもんスよ」
俺にはよく分からんわ。
そんな与太話をしつつ、アイバーンの仕入れてきた荷物を、俺、アイバーンで分ける。
奈良君たちの家はまだ完成してないので、俺んちに居候中だ。
なので、奈良君たちの荷物も俺の家に振り分けた。
「もうすぐ家完成するッスね」
「だな」
「魔法ってスゲーッスね。あっという間に家ができましたよ」
「魔法といえば、奈良君の訓練の方はどうよ? 魔力、上手く扱えるようになったか?」
俺が魔法で奈良君たちの家を造っているのだが、初めてそれを目撃したとき、奈良君の目が輝いていた。
ここに来たときは濁った眼をしていたことを考えると、大分心の方もケアできているみたいだな。
そんな魔法を見てワクワクしている奈良君に、俺は魔法を教え始めた。
別に親切心からじゃない。
魔法を使えれば、それだけ戦力が増える。
魔法に興味を持った今なら、教えればすぐに魔法を覚えると思っての行動だ。
とはいえ、魔法が苦手な人族の国にいた奈良君は、魔法を構築するのに必要な魔力の制御すら出来ない状態だった。
なので、まずはそれを教えたのだが、基礎中の基礎練習とはいえ、魔法のない世界から来た奈良君にとって、それだけでもテンションの上がる出来事だったようで、教えて以降毎日練習しているらしい。
「魔法って面白いッスね! 大分魔力制御できるようになりましたよ!」
いやいや奈良君。
それ、まだ魔法じゃないから。
魔法を使うための訓練であって、魔法の訓練じゃないから。
まあ、魔法のことを何も知らない奈良君にそんなことを言っても仕方がないし、モチベーションを下げる意味もないから敢えて訂正せずにいる。
そのお陰か、奈良君は毎日楽しそうだ。
「そうか。そりゃ良かったな」
俺がそう言うと、奈良君は苦笑した。
「それにしても、魔法は無理だと思ってやんなかった俺の方がちゃんとした魔法を教えて貰えるなんて、皮肉ッスね」
「あー、例のもう一人?」
「ッス。いつか自分も魔法を使えるようになって無双するって言ってましたけど、結局なんも身に付いてなかったッスから。まさか、基礎の基礎でこんな練習が必要だったとは……」
奈良君はそう言うと、手のひらの上に魔力を集め始めた。
「当たり前だろ。そもそも魔力がないと魔法なんて構築できない。バッテリーがないのに携帯ゲーム機が動くわけないのと一緒だよ」
俺がそう言うと、奈良君は納得したように首を縦に振った。
「確かに! 魔力はバッテリーかあ。じゃあ、本体とソフトは?」
「本体が自分の身体で、ソフトが魔法の構築式だな」
「プログラムみたいなもんスね」
「そうだな。だから、構築式次第でなんでもできる。但し、それも魔力と構築式を繋げる本体があってこそだ」
「分かりました! じゃあ、これからもバッテリー容量増やしとくッス!」
「そうしろ」
この説明、奈良君には非常に好評なのだが、アイバーンたちこの世界の人間にとっては全く理解できない。
「本当に、お前らの話はいつ聞いても理解できねえ」
「そらそうだろ。元の世界の知識で話してんだからよ」
理解してたらお前、転生者だろ。
「そんなことよりアイバーン。また異世界召喚するってことは、残ってたもう一人の召喚者は?」
俺がそう言うと、アイバーンは肩を竦めた。
「さあ?」
「使えねえなあ」
「お? なんだ? やるか?」
「やってもいいけど、お前死ぬぞ?」
「だな。止めとくわ」
「二人も仲良いじゃないッスか」
俺とアイバーンのやり取りを見た奈良君が、そんな血迷ったことを言い出した。
「は? どこが? 殺す殺さないの話してんだろうが」
俺がそう言うと、何故かアイバーンが苦笑した。
「お前のそれ、もう口癖になってんな。しかも、突然実行されるやつだ」
「うわ、こわ」
「あー、もう。いいからさっさと荷物片づけろ」
こうして荷物を片付けた俺たちは、一服するためにリビングに集まった。
そこには、俺と奈良君でアドモスから連れてきたエヴァもいた。
エヴァはお姫サマで、家事なんてしたことないから、そういう意味では戦力外だ。
だが、エヴァは率先してレオンやアイラと遊んでくれたりしている。
そのお陰で、メイリーンやユリアは自分の時間が持てるようになったと、エヴァに物凄く感謝をしていた。
……ただ、エヴァが子供と遊びたいだけだと思うけどな。
まあ、図らずもこの家で保育士として活躍しているエヴァも交えて一服しているのには訳がある。
それは、エヴァの母国であるアドモスが再度異世界召喚を行おうとしていることを教えるためだ。
アイバーンが町で仕入れてきた情報をエヴァに聞かせると、エヴァは一瞬呆けたあと、表情に怒りを滲ませた。
「人を人とも思っていない所業……やはり、お父様は非道な人だったのですわ!! 私、袂を分かって正解でした!!」
この元王女サマは、末姫ということもあって奔放に育てられたからなのか、人を疑うことをあまりしないのと、英雄譚が好きなのか非道な行いを嫌う。
奈良君と太田君が駄目だったら次の召喚者、という行動を取ったアドモス王のことが許せないようで、自分の父親なのに酷く罵っている。
「それで、どうする? このまま手をこまねいて次の召喚者が現れるのを待つか? それとも……」
俺がそこで言葉を切ると、奈良君はニヤッと笑った。
「もちろん。邪魔しに行きますよ」
前に提案したときと同じように、奈良君は召喚を邪魔することに物凄く乗り気だ。
それは、アドモスに対する意趣返しという意味もあるだろうけど、これ以上召喚による被害者を出さないためだろう。
俺は、正直どっちもでもいい。
むしろ、この短期間での再召喚でどんな影響が出るのか見てみたい気もある。
短期間で二回目の召喚では、二人召喚というイレギュラーが起こってるしな。
けど、そんなことを王女サマは許さなかった。
「もちろん、召喚を邪魔しましょう! いえ、むしろ召喚魔法陣を破壊してしまいましょう!! そうすれば、もうこれ以上マヤ様やミツヒコ様のような被害者を生み出さずに済むのですから!」
太田君はナチュラルにスルーされていた。哀れ。
まあ、俺としてはどっちでもいいけど、熱量高めのエヴァが召喚阻止に積極的だからか、その場の意見も今回の召喚を阻止することで決まった。
「じゃあ、あとはアドモスがいつリンドアに行くかだな。アイバーン、情報収集行ってこい」
「ふざけんな。そんなこと出来るわけねえだろ」
なんでだよ。
正確な情報を知っとかねえと、無駄にリンドアで待ちぼうけを喰らうじゃねえかよ。
「え? アイバーンさん、そういうの得意ッスよね?」
ほら、奈良君もその認識だ。
「違えわ! 俺は町で広がってる情報をかき集めてるだけ。国の動向とか、調べられる訳ねえだろ!」
なんだよ、使えねえなあ。
じゃあどうしようか? と皆で首を傾げたときだった。
「では、私が行って参りましょう」
そう言ったのはモナだった。
ああ、そういえば、コイツなら適任か。
アイバーンもモナの提案に納得し首を縦に振っていたのだが、奈良君は首を傾げていた。
「なんでモナさんが?」
「モナは、元魔族国の諜報部隊員だ」
「え!?」
俺がモナの前歴を紹介すると、奈良君は分かりやすく驚き、モナはそんな奈良君に畏まって頭を下げた。
「元諜報部隊ですので、情報収集は得意分野でございます。此度の一大事、どうぞ私に御用命くださいませ」
頭を下げながらそう言うモナに、俺は命令を下した。
「よし。じゃあ、アドモスに行って、いつリンドアに向かって出発するのか調べて来てくれ」
「かしこまりました」
モナはそう言ったあと顔を上げて、俺に向かって手を差し伸べてきた。
「なに?」
「なにか、便利な道具、ください」
「……」
随分と図太くなったな、おい。
確かに、この家には他にはない魔道具が多く揃っている。
なら、諜報活動に便利な道具もあると踏んだのだろう。
あるけど。
「ちゃっかりしてんなあ。はい」
そう言って手渡したモノを見て、モナは怪訝そうな顔になった。
「これは?」
「これはな……」
俺はそう言って立ち上がり、部屋の端っこに行った。
そして、モナに渡したのと同じものを取り出し、スイッチを入れる。
「『こうやって遠くの相手と話せる道具だ』」
「!!」
俺がモナに手渡したのは、トランシーバー。
携帯とか必要ないし、特定の相手とだけ話すならこれでいいかと、作ったものだ。
一応、念話という魔法もあるのだけど、これも俺以外の使い手がいない魔法。
モナも使えない。
で、このトランシーバーはその念話の魔法を道具に込めたものだ。
ちなみに、距離は関係なく使える。
「……これは凄いですね。これなら、報告が簡単になります」
モナは、正に諜報向きなこの道具に、珍しく興奮しているようだった。
「ああ、それと、これも持ってけ」
そう言ってモナに、もう一つ道具を手渡した。
「なんですか? この板は?」
「これはな……こうやって地面に置いて、ここにつま先を引っ掛けて……で、起動すると……」
「!? う、浮いた!?」
これは、タイヤのないスケボーだ。
これがあれば、移動が楽になる。
「ありがとうございます。これで、諜報活動がとても楽になります」
「飛んでるところ見られんなよ?」
「了解しました。では、早速練習して参ります」
モナはそう言うと、トランシーバーとタイヤの無いスケボー……フライングボードとでもしとくか。
それを持ってそそくさとこの場を離れた。
これで、どうにかリアルタイムに情報が集められそうだ。
そう思って視線を皆に戻すと、奈良君が物凄い物欲しそうな顔で俺を見ていた。
「摩耶さん! 摩耶さん!」
「なんだよ?」
「俺もあれ欲しいッス!」
「あれ? どっち?」
「空飛ぶ奴!」
「あー、フライングボードな」
「まんまっすね!」
「うるせえ。大体、なんの用もねえのにあんなもん持ってどうすんだよ?」
「遊びたいッス!」
あー、男子高校生の奈良君の心に刺さっちゃったかあ。
「だめ」
「そんなあ! 俺にも下さいよ!」
「うるせえ。自分でなんとかしろ」
「マヤえもーん!!」
「なんだよミツ太くん」
なんか、奈良君の顔に、かけてないはずのメガネが幻視された気がした。
結局、あまりにもしつこいミツ太……奈良君に根負けした俺は、娯楽道具としてフライングボードを与えるのであった。
大はしゃぎで庭に出て練習する奈良君を、アイバーンが難しい顔で見ていた。
「……マヤエモンとミツタクンってなんだ?」
気にしなくていいよ。
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