奈良君の決意
「そういえば、さっきの話に出てこなかったですけど、あの状況からどうやって摩耶さんとメイリーンさんって合流したんですか?」
奈良君とアドモス城への侵入経路の確認なんかをしたあと、一服しているときに奈良君がそう聞いてきた。
「そういや、話してなかったな。メイリーン、話していいか?」
その話をするにはメイリーンのことも話さないといけないので、メイリーンの許可をもらおうと声をかけると彼女はいつの間にか席にいなかった。
「メイリーン?」
「はーい?」
俺が呼び掛けると、キッチンから声が聞こえてきた。
なんだ? と思ってキッチンに入るとメイリーンはいつの間にか起きていたレオンに母乳を与えていた。
「どうしたの?」
メイリーンはレオンに母乳を与えながらそう聞いてきた。
「ああ。奈良君が、あの後の話を聞きたがってな。メイリーンのことも話さないといけないし、話してもいいかなって」
「ええ。別に構わないわよ」
そう言うメイリーンはお乳を飲むレオンのことを真っすぐ見ていて、本当に何とも思っていない顔をしていた。
魔族国の玉座を追われた話になるんだけど、なんの未練もないんだな。
「分かった。じゃあ、もうちょっと話して……」
「摩耶さん? どうした「ふん」ぎゃあああ!? 目が、目があっ!!」
奈良君がキッチンに入ってこようとしたので、咄嗟に目潰しをしてしまった。
目をやられたことで某大佐のようにのたうち回る奈良君。
しばらく床を転がっていた奈良君だったが、結構なダメージを負っていたらしく、中々起き上がらない。
しょうがないから治癒魔法で目を治してやった。
「っはあ……やっと見えるようになってきた……」
奈良君はそう言ってノロノロと立ち上がった。
その姿を見たアイバーンは顔を引き攣らせていた。
「治癒魔法が必要なレベルってお前……」
「治っただろ」
「いや……治りましたけど……涙止まんねえッスよ」
奈良君の目は開いているけど、その目から涙をポロポロ零している。
まあ、目だしな。
そうなるか。
「でも、治ったろ」
「見えるか見えないかで言えば見えますけど……そもそも、なんで目つぶししたんスか?」
「メイリーンがレオンに授乳してた」
「……マジですみませんでした」
ついさっきまで俺のことを恨みがましい目で見ていた奈良君は、俺の言葉を聞くと真っすぐに頭を下げた。
「この家にはもう一人赤ん坊がいるんだから気を付けろよ」
「そうだぞ。ユリアのそんなシーンなんか見られたら、俺だって黙ってねえ「いったあい! アイラ! 乳首噛まないで!!」 ……聞かなかったことに」
「あ、ハイっス」
相変わらずユリアはタイミングがいいというかなんというか。
最近アイラは乳歯が生えて来て歯がムズムズするのか、よく授乳中にユリアの乳首を噛む。
その度にあの悲鳴がこの家に轟くのだ。
「それで、俺とメイリーンがどうやって合流したのかって話だっけ?」
「……この流れでよくその話できますね?」
「子供がいる家はこんなもんだろ」
「そうっスか……じゃあ、聞かせてください」
奈良君が聞く体制になったので、俺はアイリーンとの再会の話を聞かせた。
一度は魔族国の女王に即位したメイリーンだったが、弟の叛乱に合い玉座を失ったこと。
そのとき、モナが秘密裏にメイリーンを逃がしたこと。
そして、その直後に、全世界指名手配されてあちこち逃げ回っていた俺と再会したことを話した。
「うわ……マジでドラマティックじゃないッスか」
「だろ? それで、お互いのこと運命だと思っちゃってな。その日の内に深い仲になったわ」
「あー、分かるッス。俺も、戦場から帰って来たときにエヴァに優しくされて、それで落ちちゃったんで」
「あー、まあ、命懸けの戦闘のあとだと、そういうのあるよな」
俺の話に、奈良君とアイバーンも乗ってきた。
「まあ、そういう経緯もあってメイリーンと行動を共にするようになってな。あちこち放浪して、ようやくここに落ち着いたって訳だ」
「へえ。アイバーンさんは?」
「コイツ? コイツは元探索者だよ。賞金首の俺がここに住み着いたから排除してくれって町の人に依頼されてここに来た」
俺がそう言うと、奈良君はメッチャ驚いた顔になった。
「マジっすか……よく殺されませんでしたね……」
「いやあ、紙一重だったわ。俺がケンタの話をちゃんと聞かなかったら多分殺されてた。実際、俺の前にここに来た賞金稼ぎは、全員行方不明だからな」
「……マジで、よく無事だったッスね……」
「奈良君だってそうだぞ。お前、紙一重で生きてんだからな」
俺がそう言うと、奈良君は俺からちょっと距離を取った。
「もしお前が、問答無用で俺に攻撃してきてたら、迷いなく殺してた。でもお前、俺の顔見て戦意失くしたろ?」
「それは……あのときは摩耶さんから敵意が感じられなかったから……同郷の人だし、もしかしたら言われてるほど悪い人じゃないのかもって思って」
「おお、その直感大事よ。それが分かんないから、この世界の奴らはダメなんだよ」
本当に、馬鹿ばっかりだからな。
自分が一番偉くて、間違いなくて、その考えを変えられないんだ。
だから、人の気持ちが推し量れない。
「そういえばさ、一個聞いていいか奈良君」
「はい? なんスか?」
「今回召喚されたのって、もう一人いただろ? ソイツはどうした?」
俺がそう聞くと、奈良君は途端に顔を顰めた。
「アイツはダメッスね。自分は剣に向いてないから魔法の練習するって言ってるんスけど……摩耶さんも分かりますよね? 人族に魔法を教えられる人なんていないって」
「メッチャ分かるよ。え? じゃあなに。ソイツ、何してんの?」
「……毎日部屋に女呼んでますよ。なんか小さい魔法は使えるようになったらしいんで、女侍らせてハーレム主人公ごっこでもしてんじゃないですか?」
うわ、それは大分クズだな。
もしかしてアレか?
オタクで陰キャな僕が異世界にきてモテモテになっちゃいました。とか言いたいやつか? これ。
「マジかぁ。じゃあ、ソイツのことは別に警戒しなくてもいいか?」
「いいんじゃないッスか? アイツ放置してたところでなんも出来ないっスよ。っていうか、そろそろ見限られるんじゃないッスか?」
「まあ、毎日部屋に女呼んでるんじゃなあ……っていうか、そもそもよくそんなこと許可したな? 女って城のメイドさんか? いくら何でも厚遇すぎるだろ」
「お城の人じゃないっスよ。娼館の人っス」
「プロかよ」
その金を国が出してるってことか。
そういう商売を差別するわけじゃないけど、片や命掛けで戦ってるのに、片や女遊びに耽ってるとか。
マジで終わってんな。
馬鹿なのはこの世界の人間だけじゃなかったわ。
「それで結果が出ないんじゃあ、そろそろ切られるか」
「やっぱそうっスかね?」
「そりゃそうだろ。ソイツが今まで見逃されてたのって、多分奈良君がいたからだぜ?」
「俺?」
「そう。君が予想以上に成長したんだろ。だから、もしかしたらソイツにも可能性があるんじゃないかってな。でも、君がアドモスを裏切ってここに来たら?」
「……穀潰しは切られますね」
「そういうこった。どうする? 逃げんの止める?」
俺がそう言うと、奈良君は少し考えたあと、首を横に振った。
「いえ。摩耶さんの話を聞いたあとだと、この世界の王族を信じられません。実際、そういう感じをところどころ感じてたし……なので、俺も摩耶さんに習います。この世界のことなんか、知ったこっちゃねえって」
そう言い切った奈良君を見て、俺は笑いが抑えられなくなった。
「ふっ、はは。あはははは! いいねえ奈良君。お前、最高!」
「ど、ども」
「まあ、もしかしたら、ソイツ……えっと、もう一人はなんて名前なの?」
「あ、太田ッス。太田優人」
「太田君か。太田君を処分するか放逐するかは分からんけど、手放したらまた召喚するかもしれんけどな」
俺がそう言うと、奈良君はメチャメチャ驚いた顔になった。
「そ、それじゃあ、また召喚の義性になる人が……」
「な? 許せねえよな?」
そんな暴挙はこれ以上重ねてはいけない。
なので。
「もしアドモスが動き出したら、邪魔してやろうぜ。本当はあの魔法陣、壊してから逃げたかったんだけど、その暇がなくてよ」
俺がそう言うと、奈良君はニヤッと笑った。
「いいっスね。それくらい、俺らがやったって罰は当たんねえっしょ」
いやあ、奈良君のこういうノリの良いとこ、いいねえ。
こうして召喚者二人で作戦を練っていると、アイバーンがデカい溜め息を吐いた。
「マジで……悪巧みしてるときのお前って、活き活きしてるよな」
「聞こえが悪いぞアイバーン。これは俺たち召喚者にとっての聖戦なのだ!」
「マジ熱いッスね!」
なんかよく分かんないノリになってきた俺たちに向かって、アイバーンはもう一度デカい溜め息を吐いた。
「ただの嫌がらせだろ……」
そうとも言う。