摩耶健太
「俺がリンドアに召喚されたのは、今の奈良君と同じ、十七歳のときだ」
俺は、奈良君にこれまでのことを話して聞かせる。
「久しく行っていなかった異世界召喚を行った理由は、魔族国にとんでもなく力の強い王が現れて、人族の世界を征服しようと侵攻し始めたからだった」
「えっと、その魔族の王様って……」
奈良君はそう言うと、チラッとメイリーンを見た。
「ええ。私の父ね」
「やっぱり……」
「それまで、魔族は専守防衛がメインでな。まあ、人族とは数が違うからそうせざるを得なかったんだけど、それを覆す奴が現れたってことで、急遽召喚が行われたらしい。ただ、俺は当時、そんな事情は知らされてなかった」
「え? じゃあ、なんて言われたんスか?」
「確か『邪悪な魔族が人族を征服しようとしているから、力を貸してくれ』だったかな? 最初はさ、無理矢理異世界に拉致されたことに怒りもあったけど、この世界の人間が困ってるなら俺が助けてやるって気持ちもあった。なんせ、異世界召喚なんてゲームの勇者じゃんって思ってたからな」
「あ、それは俺も思ったッス」
「だよな。ただ、この世界の魔族は俺の想像する魔族じゃなかった」
「……ッスね」
俺の言葉に共感したのか、奈良君が神妙な顔つきになった。
「最初はさ、人族と大分違う見た目の奴らの相手をさせられてな。意気揚々と習った剣術を振るったよ。そしたらさ……」
「そしたら?」
「……喋ったんだ。魔族が「助けて」って」
「……キツ」
「それを聞いたときは、もう剣を振り下ろしててな。止められなかった。で……俺は、その魔族の断末魔を間近で聞いた」
「……よく正気でいられましたね」
「正気でいられたと思うか?」
奈良君の言葉に質問で返すと、奈良君はグッと押し黙った。
「……すいません。正気でいられるわけないッスよね」
「奈良君も経験したと思うけど、とにかく罪悪感に苦しんだよ。眠ったらその魔族を斬った感触と、断末魔が夢に出てくるんだ。正直、何日も眠れなかったよ」
「でも……魔族は待ってくれない……」
「そう。もう何人も魔族を殺しちまってたからな。魔族からは完全に敵認定された。来る日も来る日も魔族と戦って、倒して、眠れなくて……そんな心を擦り減らす日々が続いて……とうとう、人間を殺すことになんにも感じなくなっちまった」
「!?」
俺の言葉に、奈良君が息を呑んだのが分かった。
「そんな……そこまで追い詰められたんですか?」
「ああ。それで、それから魔族国に魔法を習いに行った。もっと効率的に敵を倒したくてな」
「ああ、そういえば、そんな話聞いたッス」
ふむ。
どうやら、俺の行動は全世界に筒抜けだったようだ。
そんなときから監視されてたのか。
「人族の国じゃあどれだけ魔法を習いたくても、まともに魔法を扱える奴がいない。だったら、魔族国の中でも王族に反抗している奴らに魔法を教えて貰おうってことになってな」
「そ、そんな奴らがいるんスか……」
「いるさ。どこの世界にだって一枚岩の国なんてない。どこかが台頭すればどこかが没落する。そして、没落した奴らは台頭した奴らのことを羨むし妬む。それがどんどん大きくなって、やがて国に巣食う大きな闇になる」
「……なんか、怖いっスね」
「そんなもんだ。俺らが知らないだけで、元の世界だってそんなもんなんじゃねえの? ただ、この世界の反抗は、マジで武力による反抗だ。だから、その裏社会の人間も、スゲエ魔法が上手かった」
「そっか。摩耶さんが魔族国に魔法を習いに行ったって話を聞きましたけど、そういう人に教えて貰ったんですね」
「ああ。そんで、魔法を覚えてからは、もっと心が冷めていった。魔法なんて、言って見りゃ遠距離爆撃だ。本当に、魔法を放って人を殺すことに、なんの躊躇いもなくなっていった」
「……」
奈良君が、俺のことを悲しそうな顔で見ている。
でもな、そうならないと生きていけなかったんだ。
「それで、魔法の基礎と応用を教えて貰って、魔族国の図書館にコッソリ忍び込んで色んな文献を漁って、色々と魔法を身に着けた俺は、その反逆魔族たちと魔族国の王城に忍び込んだ。そんで、そんときに会ったのが……」
「父の放った刺客に追われていた私ですわ」
それまで、俺の話を黙って聞いていたメイリーンが、会話に加わって来た。
「え……メイリーンさん、お父さんに命狙われたんですか?」
「ええ。私は、父の掲げる魔族による世界の支配に反対だった。だって、さっきケンタも言ったでしょう? 数では圧倒的に魔族の方が少ない。魔族国の何倍、何十倍、何百倍という人口がいる人族を支配するなんて、出来るわけがないと思いませんか?」
「それは、まあ」
「なので、私はずっと父の行動を諫めてきました。しかし……それが父の逆鱗に触れたのでしょうね。父は私に刺客を放ってきました」
「マジか……」
「マジですわ。それで、刺客たちに追い詰められ、もはやここまで……と思ったところに現れたのがケンタですの」
メイリーンはそう言うと、潤んだ眼で俺を見てきた。
ちなみに、レオンは大人の難しい話が始まったからか、メイリーンの胸の中でグッスリだ。
しかし、メイリーンはあのときのことを運命的だと感じているけど、本当のところは違うんだよなあ。
「あのときは本当に成り行きで助けただけなんだ。追われる美女と、それを追う見るからに怪しい軍団。どっちに加勢するかなんて、決まってるだろ?」
「ですね。俺も女の子の方助けます」
奈良君が俺の意見に賛同してくれるけど、メイリーンはフルフルと首を横に振った。
「いえ、運命ですわ。あと一歩で私の命が終わると思ったとき、偶然ケンタが側を通りがかった。この偶然を運命と呼ばずしてなんと呼びますの?」
「あー……オホン。まあ、そんな訳で、そのときに初めてメイリーンと会ってな。メイリーンは魔族国の王女だったけど、魔族国王の人族の国への侵攻は暴挙だって。止めないと絶対にマズイことになるって、俺に魔族の王の討伐を依頼してきたんだ」
「……自分のお父さんッスよね?」
未だに元の世界の常識を引き摺っている奈良君を、メイリーンは今度こそ鼻で笑った。
「私の命を狙ってくる輩を父と呼べますか? 一向に私の話を聞いてくれない上に、鬱陶しいからという理由で刺客を差し伸べてくるような者を。刺客に殺されそうになったあの瞬間、父は敵になったのですわ」
「そ……ッスか」
淡々とそう言うメイリーンに、奈良君は恐怖を覚えたようで、その顔が引き攣っている。
「まあ、そんな訳で、魔族の姫という魔族国王城においては最強の道案内を手に入れてな。一直線に国王のもとまで行って、そのまま王を討ち取った」
「……ここまでは完璧な英雄譚なんだよなあ」
まあ、奈良君の困惑も分かるよ。
人族の支配を目論んでいた魔族国国王を討伐という、物語で言えばラストシーンでもおかしくない状況が生まれていたのに、なんで今は世界の敵になったのか?
不思議だよな。
「魔族国の王を討ち取った俺は、魔族国王の証である錫杖をメイリーンに渡してリンドアに帰国した。帰ってすぐは大歓迎してくれたよ。ようやく人族の悲願が達成されるってな。それを聞いたとき、俺は真っ先にメイリーンのことを思い出した」
「ケンタ……」
「もしこのまま、魔族国が混乱している状況で人族が魔族国に攻め入ったら、恐らく女王に即位するメイリーンが危ない。だから、俺は必死にリンドアの国王を止めたよ。この機会に魔族国と和睦すべきだって。もう戦争なんかするべきじゃないって。そしたら……」
俺がここで言葉を切ると、奈良君がゴクリと喉を鳴らした。
「ある日、俺はいつの間にか睡眠薬を盛られてたらしくてな。目が覚めたらリンドア王城前の広場で縛り上げられてた」
「!!」
「……」
奈良君は目を見開き、メイリーンは悔し気に唇を噛んだ。
「訳が分からなかったよ。俺は人族の脅威になる魔族国の王を倒したはずだ。この国を、人族を救ったはずだ。そして、リンドアの奴らは言った。魔族国国王を倒せばもう一度魔法陣を、今度は召喚ではなく送還で起動することができる位の魔力を補充することができると。でも、それは全部嘘っぱちだった」
「え……じゃあ、やっぱりもう、帰れないんスか?」
「奈良君には申し訳ないけど、そういうこと」
俺の言葉に、奈良君はガックリと肩を落とした。
「俺は、まさに処刑される寸前だった。ギリギリのところで目を覚ました俺は、刑の執行人が読み上げる俺の罪状を聞いてた。国家反逆罪だと。それに、メイリーンと一緒にいるところも誰かに見られてたらしくてな。スパイ罪も課せられた」
「なっ!? そんなの全部言いがかりじゃないっスか!!」
俺が受けた仕打ちに、思わず奈良君が立ち上がった。
「そうだよ。それで、その罪状を聞いた民衆が、一斉に俺のことを罵り始めてな。メチャメチャ石投げられたよ」
「っ!?」
更なる追い打ちに、奈良君も絶句した。
「それを見てな。ああ、この世界の人間は、全部クズなんだと思ってな」
「……」
「もう、この世界なんてどうなってもいいやと考えるようになって、こんな場所で殺されるなんて冗談じゃないって思ってな。その場で俺の周囲数百メートルを吹き飛ばして逃げ出した。そしたら、なんか指名手配されてた」
俺がそう言うと、奈良君は苦笑していた。
「まあ……摩耶さんのやったこと考えたら指名手配で間違いないと思うッスけど……理由を聞いたら理不尽にしか聞こえないッスね」
「だろ?」
「それに、摩耶さんはこの世界のこと、どうでもいいと思ってるんスよね?」
「思ってるよ」
「そんな人が、この世界の国を支配下に置くとは考えられないッスよ。そうか……俺、嘘教えられてたんだ……」
そう言う奈良君はなんだか悲しそうなんだが……。
あ、そういうことか。
「まあ、嘘吐いてるのは国王だけだと思うぞ? 奔放に育てられた末の姫様がそんなこと知ってるわけないからな」
「……そっか。エヴァは違うのか……」
そんな奈良君を見て、俺は少し心配になった。
「おい。コイツチョロいぞ」
「はあっ!? なに言ってんスか!? もしかして、今までの話、全部嘘ッスか!?」
「違えよ。お姫様がなんも知らねえって話。俺が知ってるわけないのに、アッサリ信じてんじゃねえっての」
「あ……そっか。そっスよね」
「まあ、一遍確かめてきたら? アドモスまで送ってやるぜ?」
俺がそう言うと、奈良君は少し考えたあと、俺を見て言った。
「お願いしていいっスか?」
「いいぜ。ただ、お前はここに刺し違えてでも俺を殺してこいと暗に言われている身だ。お前が無傷で戻って、お目付け役、なのか? アイツらが戻って来なかったら、お前の身が危ねえ。だから、コッソリ行って、コッソリ会って、もしなんだったらコッソリここに戻ってこい」
その提案に、奈良君はすぐに頷いた。
コイツ、気付いてんのかな?
ここに戻ってこいって言って頷くってことは、もうここをホームだと思ってるって。
ともかく、どうやら奈良君を引き込むことには成功したらしい。
これは、メッチャ大きな収穫だ。
それから、奈良君とどうやって王城に忍び込むみ、お姫様のいる部屋まで行くのか打ち合わせを始めた。
その打ち合わせをしながら俺はあることが気になっていた。
そういや、奈良君の話にもう一人の召喚者の話が全く出てこなかったけど、ソイツの話は?
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