召喚者の苦悩
◆◆◆
「っ!? っはあっ!!」
アドモスと魔族国との間に起こった戦争。
その戦場から少し離れた場所に設置されたテントで眠っていた奈良が、突然飛び起きた。
「はあっ! はあっ!」
飛び起きた奈良は、荒い息を吐きながら周りを見たあとギュッと拳を握りしめ……。
「くそ!」
と、先程の夢の内容を払拭させるように声を出した。
声を出したあと、奈良は昼間に行われた戦闘のことを思い返した。
ある日突然告げられた魔族国襲撃の報せ。
奈良としては、当面の相手は先代召喚者であるケンタであると想定していたため、まさか急に攻め込んできた魔族を相手にするとは完全に想定外だった。
しかも、魔族国の狙いは自分らしい。
その話を聞いたとき、奈良は悩んだ。
魔族の狙いは自分。
だが、今はまだ戦闘に自信がないので戦闘はアドモス兵に任せたい。
けど、自分を守るために他人に命を懸けさせるのも気が引ける。
なら、自分が出陣した方がいいのではないか?
けど、でも、しかし……。
散々悩んだ奈良だったが、最終的には国王からの提案に逆らえず、戦場に出ることになった。
国王からの提案というのは、ケンタと戦う前に実戦を経験しておいた方がいいのではないか? 魔族相手なら遠慮はいらないだろう? という内容。
確かに、それも一理あると納得した奈良は、実践経験を積むために戦場に出た。
出たのだが……。
「魔族っていうから、もっと化け物みたいなのを想像してたのに……あんなの、完全に人間じゃねえか……」
そう言いながら、奈良は自分の手をジッと見つめた。
今日の戦闘が、奈良にとっての実戦デビュー。
そのための訓練をしていたし、覚悟もあった……はずだった。
初めて相対したのは、見た目はほとんど自分と変わりない姿の魔族だった。
そのことに一瞬戸惑うが、その魔族は奈良を殺すつもりで魔法を放ってきた。
魔族の目的は奈良を排除することなので、その行為自体はおかしくない。
ただ、奈良にとって本気の殺意を向けられること自体が初めての経験。
しかも殺意だけでなく、実際に攻撃をされた。
自分を殺しに来ている、という事態に心底恐怖を覚えた奈良だったが、許しを請うたところで、相手の目的が自分の殺害なのだから見逃してくれるはずもない。
奈良は、半ばヤケクソになって目の前の魔族を剣で倒した。
字面だけ見れば、初戦闘を勝利で終えられたと感じる。
だが、ここは戦場。
戦闘に勝つ、ということは、相手を殺したということに他ならない。
奈良は、自分の振るった剣で絶命した魔族の虚ろな顔を見て、血にまみれた剣を見て、血に染まった自分の手を見て……吐いた。
ここはゲームの世界じゃない。
本物の戦場なんだと理解した奈良は、 それはもう盛大に吐いた。
周りにいたアドモス兵が慌てて奈良を介抱するくらい、酷い有様だった。
先ほど奈良が飛び起きたのも、その光景が夢の中でフラッシュバックしたからだ。
「何が魔族相手なら気軽に実戦経験が積めるだ……この世界の人間、頭おかしいんじゃないか?」
この世界には、人族と魔族がいるという話は聞いていた。
だが、その魔族については詳しく教えられなかった。
奈良としても、魔族というからには漠然と化け物っぽい種族なんだろうなと勝手に思っていたので詳しく聞くことをしなかった。
ところが、実際にこの目で見て分かった。
魔族は、ただ少し人族と見た目に違いがあるだけの人間だと。
そんな相手と殺し合いをしないといけなくなった。
自分が拒否しても、相手は待ってくれないから。
その結果、盛大に吐いたあとも魔族の攻勢は止むことはなく、奈良は再び戦場に出ることを余儀なくされた。
今日だけで、何人の魔族を斬ったのだろう。
自分の手で、魔族の……人間の命を絶った感触が、ずっと離れなくなった。
「くそ……くそっ!!」
再び大きな声を出した奈良は、毛布を頭から被ってどうにか寝てしまおうとした。
しかし、マットレスもなく地面に毛布を直に敷き、その上で寝るという環境ですぐに眠れるはずもなく、また寝入りそうになると初戦闘のことがフラッシュバックする奈良は、殆ど睡眠をとれないまま朝を迎えた。
そんな状態の奈良だったが、魔族はそんな事情を汲んではくれない。
何度も降り注ぐ魔法を避けながら魔族に近付き、自分が殺されないために魔族を殺す。
寝不足による体調不良。
そして、戦場で敵を倒すという殺人行為。
そんなことを続けていくうちに、奈良の心はどんどん擦り減っていく。
本人の自覚のないままに。
そんな戦闘が何日か続き、魔族国の被害が無視できないほどの状況になったとき、ようやく魔族軍が撤退していった。
最初、撤退していく魔族軍を呆然と見ていた奈良だったが、ようやく魔族軍を追い払うことができたのだと理解したとき、思わずその場にへたり込んだ。
こうして、奈良の初陣はアドモス側の勝利で幕を閉じた。
奈良は、初めての戦闘とは思えないほどの戦果をあげ、アドモス兵たちから大きな称賛を受けた。
言葉だけを見れば、奈良の初陣は大成功だと言える。
しかし、当の本人はそれどころではなかった。
「血が……血の匂いが取れない……」
魔族軍が撤退し、ようやく落ち着いて風呂に入ることができた奈良だったが、何度も何度も、どれだけ洗っても、こびりついた血の匂いが取れた気がせず、増々心が擦り減って行った。
魔族が撤退した数日後、奈良たちはアドモスの王都に凱旋した。
民衆には魔族の本当の侵攻理由は伝えられなかったので、魔族を退けた奈良たちは正に英雄のような扱いを受けた。
だが、英雄と持て囃されている奈良の心は晴れない。
民衆からの称賛を受けながらも陰鬱とした気持ちのまま王城に帰還した奈良は、エヴァンジェリンの熱烈な出迎えを受けた。
「ああ! ミツヒコ様! ご無事でなによりですわ!!」
そう言って抱き着いてくるエヴァンジェリンのことを、奈良は払いのけなかった。
今は、皆が見ている前で恥ずかしいとかそんな感情は起きず、ただただエヴァンジェリンの温かい体温と柔らかさに癒された。
「うん……ただいま、エヴァ」
奈良がそう呟くと、エヴァンジェリンはバッと奈良の身体から少し自分の身体を離し、奈良の顔を見た。
その顔には驚きが広がっている。
「い、今、エヴァと……」
「あ……すみません。馴れ馴れしかったですよね……」
奈良がそう言うと、エヴァンジェリンはブンブンと首を横に振った。
「いいえ! いいえ! 私、嬉しいのですわ! ようやく……ようやくミツヒコ様が私に心を開いて下さった!」
エヴァンジェリンはそう言うと、再び奈良に抱き着いた。
奈良は、そうじゃない、ただ、今は人肌が恋しかっただけなんだと、心の中で謝罪をしつつも、そうやって自分を癒してくれるエヴァンジェリンに心が惹かれていくのも感じていた。
そんな中、ある人物が声をかけてきた。
「あ、お帰り奈良君。大変だったねえ」
それは、実戦に出るにはなにもかもが足りない太田だった。
今日も、風呂上りなのか、ほんのり上気している。
そんな太田を見て、奈良の心にドス黒い感情が広がっていく。
「……ああ、大変だったよ。ところで、お前はいつ実戦に出られるんだ?」
奈良が皮肉を込めてそう言うと、太田はヘラヘラしながら答えた。
「いやあ、まだ僕の魔法は実戦では使えないかなあ」
自分が死にそうな思いをし、一生味わいたくなかった感触を味わったというのに、太田のこの呑気な反応はなんだ?
なんで俺だけがこんな苦労をしないといけない?
そんな気持ちがドンドン奈良の中で大きくなった。
「……そうかよ」
「うん。あ、でも見ててよ。その内凄い魔法を使えるようになるからさ」
太田はそう言うと、スタスタと自分の部屋に戻って行ってしまった。
その後ろ姿を見ながら、奈良は忌々しそうに口を開いた。
「……そんな日が来るとは思えねえけどな」
そんな奈良に同調するように、エヴァンジェリンもプリプリと怒っていた。
「本当ですわ! どうして同じ召喚者でこうも違うのでしょうか!? 少しはミツヒコ様を見習って欲しいですわ!」
奈良は、自分と同じ召喚者である太田に、ここまで怒りを露わにするエヴァンジェリンのことが急に可愛く見えた。
「エヴァ……」
「? はい」
急に名前を呼ばれたエヴァは、首を傾げながら奈良の目を見てハッとした。
なぜなら、奈良のエヴァを見る目に、熱が籠っていたから。
「俺も、太田のことを言えないな……」
「……え?」
奈良の言葉に困惑するエヴァの身体を、奈良はきつく抱きしめた。
「あっ……」
「今……こんなにもエヴァが欲しい」
「!? え、えっと……そ、それは……」
奈良からの強烈なラブコール。
突然のその言葉に、エヴァンジェリンは固まってしまった。
いずれはそういう関係になりたいと思っていた相手。
しかし、自分は王女であり、婚前交渉はもってのほかと教えられてきた。
だが、今、自分は伝説の召喚者である奈良に熱烈に求められている。
どうする? どうしよう? そんな思いが交錯した結果、エヴァンジェリンはコクリと奈良に向かって頷いた。
そのまま二人は寄り添って奈良の部屋に入っていき、翌朝まで出てこなかった。
そして、このことは、すぐに国王の耳に入った。
報告を受けたアドモス国王は、これは良い機会だとすぐに奈良を呼び出した。
呼び出された奈良は、自分が国王の娘である王女を傷物にした自覚があるので呼び出しに戦々恐々としていたが、国王から語られたのは予想外の話だった。
「おお、ナラ殿。この度は素晴らしい活躍だったと聞いている。本当によくやってくれたな」
「は、はぁ……」
「とにもかくにも、これで実戦経験も積んだ。そこでどうだろう、そろそろ本命に向かってもいいのではないだろうか?」
「本命……」
そう言われて奈良はハッとした。
昨日までは魔族との戦いに心を持っていかれていたが、自分がここにい理由は先代召喚者の討伐だ。
それを提案された奈良は、実戦経験も積んだし、ここでケンタを討伐した実績があればエヴァンジェリンとの仲も認めて貰えるかもしれない。
そう思った。
「分かりました。近いうちに先代のもとに向かいます」
その返事を聞いた国王は、嬉しそうに「うむ」と頷いた。
「そうか。準備が整ったら出発するがいい。準備と道案内はこちらで用意しておくのでな」
「はい」
こうして、奈良のケンタ討伐が決まった。
一礼して部屋を出て行く奈良を、国王は忌々しいものを見る目で見ていた。
「……おのれ、異世界の野蛮な猿が。我が娘を傷物にしおって……この報い、その命で償ってもらうぞ……」
国王はそう言うと、ニヤッと口元を歪めた。
「相討ちでもなんでも、マヤを仕留めてこい」
その呟きは、誰にも聞かれることはなかった。
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