小さな疑問
◆◆◆
「さあ、ナラ殿! もう一度だ!!」
この国の騎士団長という筋肉モリモリの大男が、今しがた吹っ飛ばした俺に向かって模擬剣を構えながら叫ぶ。
「くっそ!」
騎士団長に煽られた俺は、吹っ飛ばされた際に落とした模擬剣を拾い立ち上がる。
手にした模擬剣は刃引きをされているだけの本物の剣。
今の俺にとってそんなに重い物ではないけれど、やはり人の命を奪うための道具であるので、どうしても動きが鈍る。
「さあ! 躊躇している場合じゃないぞ! ナラ殿には一刻も早く戦闘技術を身に付けて貰わないと!」
「分かってる……よっ!!」
俺は模擬剣を構え直し、騎士団長に向かってダッシュした。
元の世界にいた頃の俺からは、考えられない程のスピードで騎士団長に迫る。
このスピードを初めて体験したときは全能感に包まれたけど、剣の稽古が始まってからは、その全能感は味わえていない。
今の俺は、この異世界召喚という意味の分からないものの恩恵で身体能力が爆上がりしている。
ただ、上がっているのは身体能力だけ。
俺は今までで剣なんてオモチャの剣しか持ったことはない。
剣道もやったことない。
そんな身体能力だけの俺の剣なんて、この国の騎士のトップである騎士団長には掠りもしない。
流れるような体捌きで躱され、見事な剣技で受け流され、豪快な力で吹っ飛ばされる。
本来なら、俺みたいな素人が教えを請える相手では無いのに、俺が召喚者だからと騎士団長直々に指導を受けている。
その気遣いになんとか応えようと騎士団長に向かっていくけど……。
「うわあっー!?」
今日も弾き返され、吹っ飛ばされた。
「ふぅ、ナラ殿」
騎士団長は模擬剣を降ろして構えを解くと、俺に話しかけてきた。
「……なんですか?」
教えを請うている身なので、敬語で返事をする。
ただ、一向に騎士団長には歯が立たないので若干不貞腐れた感じの声が出てしまった。
俺、感じ悪いな……。
そう思っていると、騎士団長がフッと笑みを浮かべた。
「ナラ殿はつい先日初めて剣を握ったのだ、上手くいかなくて当然だよ」
「そうだけど……」
騎士団長はそう言うけど、俺はこの国に請われてこの世界に召喚された。
方法は酷いけどな。
ただ、メチャメチャ好待遇で扱われているので、こっちでの生活が気に入り始めている。
ダルい学校にも通わなくてよくなったし。
けど、こんな体たらくじゃいつか見限られてしまう……。
そう思っていると、騎士団長は俺に近付いてきた。
……改めて見ると、デケえなこの人。
騎士団長を見上げていると、騎士団長は手を伸ばし、俺の頭をポンポンと撫でた。
「!?」
突然頭を撫でられたことに驚いていると、騎士団長は苦笑しながら言った。
「そうやって責任感を持つのは良いことだが……力はともかく、剣の技術は一朝一夕でどうにかなるものじゃない。そんなことになったら、数十年剣を振ってきた私の立つ瀬がないだろ?」
「あ……」
確かに、騎士団長の言う通りだ。
剣を持ったばかりの俺が騎士団長に技術で勝とうなんて、それこそ数十年早いって話だった。
マンガやアニメじゃあ、召喚されてすぐその国一番の剣士に勝ったりするから、召喚者はそういうものだと思っていた。
けど……本当はそんなもんじゃないんだ。
「……すみませんでした。俺、焦りすぎてました……」
俺は、頭に騎士団長の手を乗せたまま頭を下げた。
そのタイミングで頭から手を放してくれた騎士団長は、今度はニッと笑った。
「だが、その身体能力は本当に凄いな。そればっかりは本当に羨ましいよ」
「はは、貰いもんの力ですけどね」
召喚されたらいつの間にか手に入れていたこの力を、自分の力だと自慢したくはない。
だが、騎士団長が今度は俺の頭をガジガジと乱暴に撫でくり回した。
「わっ!? ちょっ! なんスか!?」
「貰いものでも、ナラ殿に備わってるならナラ殿の力だよ」
「けど……」
「それを言うなら、俺は生まれつき身体が大きかった。俺の意思とは関係無しにな。それはズルか?」
「いや……」
それは騎士団長が生まれつき持ってた才能……あ、そういうことか。
「ナラ殿は……陛下の御意向とはいえ、元の世界の関係を全て断ち切られてこの世界に来られた。なら、それくらいの恩恵があってもいいと思うぞ?」
「……そう、ですかね?」
「ああ。まずはその事実を受け入れることだ。そうすれば卑屈にならずに済む」
「……分かりました。ありがとうございます団長」
改めて礼を言うと、騎士団長は俺の背中をポンと叩いた。
「それでいい。さあ、今日の訓練はここまでだ。早くお側に行って差し上げたらどうだ? さっきから心配そうな顔でこっちをご覧になっておられる」
騎士団長が顔を向けている方を見ると、そこには派手さは無いが一目見て高価そうなドレスを着た同い年くらいの少女がこちらを見ていた。
周囲は、侍女に囲まれている。
この国の王女、エヴァンジェリン様だ。
「……俺なんにもしてないのに、なんでこんなに懐かれたんですかね?」
俺がこの国に来てから約一ヶ月。
まだ訓練ばかりでなんの成果も出していないのに、なぜかこの王女様からの好感度が高い。
まあ、美少女だし、王女様だし、好意を向けられて悪い気はしないけど、今のところは困惑の方が勝ってる。
「あー……まあ、殿下もお年頃だからな。我が国に召喚者が現れたことで舞い上がっておられるのだ」
「それって良いんですか? 王女様なら幼い頃からの婚約者とかいるんじゃ?」
俺が知ってる異世界モノは、貴族以上の身分の人間には大抵婚約者がいて、異世界人とイチャイチャして修羅場になるんだ。
そんなのに巻き込まれたくねえなあと思っていると、騎士団長は自分の頭をガシガシと掻いたあと、俺に顔を寄せてきた。
「実は、ここだけの話、殿下は割と夢見がちなところがあってな……もしかしたら、伝説の召喚者が現れて自分を娶ってくれるかもとおっしゃって……殿下は王位継承権も低いので陛下もそれを認めてしまって、婚約者を制定せずにいたのだ」
た、確かに夢見がちな王女様だな……。
「じゃあ先代にもそういうアプローチを?」
「いや、あのときはリンドアが召喚者を囲い込んでな、接触すらできなかった。殿下はそれを大変嘆いておられていた」
「で、今回ようやく召喚者である俺が現れたと」
そういうことね。
これも結局召喚者って肩書に寄ってきてるってことじゃねえか
「……ん?」
いや、だとしたらおかしいな。
俺がある違和感に気付いたとき、その思考を遮るように声を掛けられた。
「ミツヒコ様! 訓練はもう終わられたのでしょう? でしたら、これから私と一緒にお茶しませんか?」
いつまでたってもこの場から動かない俺たちに痺れを切らしたのか、エヴァンジェリン王女様がこちらまで近付いてきていた。
「あ、ああ、すみません。ちょっと考えごとをしていたので……」
俺がそう言うと、王女様は目を潤ませて頬を赤らめた。
「訓練にそこまで真剣に取り組まれるなんて……やはり素敵ですわ」
「あ、あはは……」
訓練のことなんかこれっぽっちも考えてなくて、王女様がなんで俺に懐いてるのか考えてたなんて言えねえな。
「さあミツヒコ様、切り替えも大事ですわ。ここからは私に労わせて下さいませ」
「そう、ですね。ではお言葉に甘えます。あ、ただ、その前に汗を流してきてもいいですか? 訓練で汗を掻いてしまったので」
さすがに汗だくのこの状態ではリラックスもできない。
「……別にそのままでもよろしいのに……」
「え?」
「い、いえ! 湯浴みが終わりましたらお知らせ下さいませ! それでは!」
今、なんか恐ろしいことを口走ったような気がするけど……気のせい、だよな?
俺は王女様の呟きを聞こえないふりをして自分の部屋に戻る。
そのとき。
「あ、奈良君。今日も訓練?」
隣の部屋から太田が出てきた。
その顔は少し上気している。
「ああ。お前は……また連れ込んだのか?」
俺がそう言うと、太田は肩を竦めて見せた。
「だって用意してくれるって言うんだもん。そのお言葉に甘えてるだけだよ」
アドモスに引き渡されたとき、無差別に召喚した詫びとして、出来る限りのことをしてくれると約束してくれた。
その中には、いわゆるそういう女性を斡旋してくれるサービスまで入っていた。
「本当はメイドさんが良かったんだけどなあ。城のメイドはそういう業務はやってないっていうからさあ」
そう言う太田の後ろから、メイドの恰好をした女性が出てきた。
城で働いている真面目そうなメイドと違い、随分と色っぽい女性だ。
多分、そういう商売の人にメイド服を着せたんだろう。
「じゃあ、良かったらまた呼んでね」
その女性は太田の頬にキスをすると、俺に流し目を寄越してから帰って行った。
「はぁ……異世界、最高かよ」
「……お前、訓練しなくていいのかよ?」
太田は、剣の訓練には一切出てこない。
日がな一日部屋に籠っている。
「俺は魔法を頑張るから、奈良君は剣を頑張ってよ」
「……そうか。じゃあな」
「あ、うん」
アイツ、本当になに考えてんだ?
ここに来てから最初に受けた説明で、人族は魔法が苦手だから上手く教えられないって言ってたのに。
それでもまあ、全く使えない訳じゃないから簡単なレクチャーは受けさせてもらったけど、本当に簡単なものだけだ。
それで魔法を頑張ると言われてもな……。
モヤモヤしたものを抱えながらも、俺は部屋に備え付けられている風呂で汗を流し、王女様とのお茶会に臨んだ。
王女様の部屋に案内されると、テーブルには所狭しとお菓子が並べられていた。
「疲れたときには甘いものですわ。ささ、お座りになって」
王女様に勧められるままテーブルに着く。
「ふふ。いつも訓練、お疲れ様でございます」
「ありがとうございます」
ニコニコしている王女様とのお茶を楽しみ、すっかりリラックスしたころ、俺は王女様にさっき疑問に思ったことを聞いてみた。
「あの、エヴァンジェリン様。聞いてもいいですか?」
「まあ、そんな他人行儀な! 私のことはエヴァと呼んでくださいませと言ってますのに!」
「それは……」
「むうっ!」
「えっと……じゃあ、エヴァ様」
今まで何度も行われてきたやり取りだが、本当に何度も何度も言ってくるので、とうとう折れて愛称呼びをすると、エヴァ様はまだむくれていた。
「むぅ、呼び捨てで構いませんのに」
「それはさすがにご勘弁を。それで、聞きたいことなんですけど」
「はい、なんでしょう?」
「俺をこうやって気遣ってくれるのは、俺が召喚者だからですよね? でしたら、太田の奴も労ったりしてるんですか?」
俺がそう聞くと、さっきまでのニコニコ顔はどこに行ったのか、王女様にあるまじきしかめっ面になった。
「あの方は……こちらが無理に召喚しておいてこんなことは言いたくありませんが、オータ様はあまり評判がよろしくありませんわ」
「あ、やっぱり?」
あんだけ城に娼婦を呼んでたら、そら評判も悪くなるよな。
「女性を部屋に連れ込んでばかりなのもそうですけど、訓練だって本当にしているのかどうか」
「本人は、魔法の訓練はしてるって言ってたけどな」
俺がそう言うと、エヴァ様は「ふぅ」と小さく息を吐いた。
「誰に教わるのです? この城にいるのは魔族に比べればささやかな魔法しか使えないものばかりです。いくら魔力量の多い召喚者といえど、そんな指導で強くなれるとは思えませんわ」
「でも、先代の召喚者はリンドアの王都をぶっ壊したんですよね? 魔法でも使わないとああはならない。先代はどうやって魔法を覚えたんでしょう?」
俺がそう言うと、エヴァ様は悲しそうな顔になった。
「先代召喚者のマヤ様は、魔族国に討ち入るまではそれはそれは優秀な方だったと聞いております。人族の国にいる間は剣を真剣に習い、魔法に関しては基礎を習われました。そして、それだけでは飽き足らず魔族国に潜入して、裏社会の者から魔法を習ったと聞いております」
「そこまでして……」
先代召喚者のマヤって奴は、相当な努力をしたんだ。
それなのに、闇落ちしてしまった。
やっぱり、力を持つと人は変わってしまうんだろうか……。
「それよりも、なぜそんなことをお聞きになるのですか?」
「ああ、いや。俺が召喚者だから気に掛けて貰ってると思って。その割には太田と交流を持っている様子がないなと思ったので」
俺がそう言うと、エヴァ様はプクッと頬を膨らませた。
「そんな理由ではありませんわ! それは確かに、最初は伝説の召喚者様がとうとう我が国に来てくださったと舞い上がりましたが……それ以上に、日々訓練に勤しむミツヒコ様を見て、その支えになりたいと思ったからです!」
「あ、そ、それは……すみません」
なんてこった。
エヴァ様は、召喚者だからじゃなくて、俺が頑張っているから気に掛けてくれていたってことか。
そう考えると、俺の質問はエヴァ様の好意を蔑ろにする発言だったな。
一応謝ったけど、エヴァ様は許してくれるだろうか?
どうにか許してもらえるようにとエヴァ様を見ていると、エヴァ様はフイッと目を逸らした。
ヤバイ、マジで怒らせたかも……。
「そ、そんなに見つめられると照れてしまいますわ……」
あ、怒ったんじゃなくて、恥ずかしくて目を逸らしただけだった。
なんだコレ、可愛いかよ。
「じゃあ、これからも俺のことを支えて貰えますか?」
俺がそう聞くと、エヴァ様はパアッと笑顔になった。
「はい! 喜んで!」
エヴァ様は上機嫌でそう言うと、お茶を一口口に含み、ニコニコしながら言った。
「ふふ。それにしても、まさか伝説の召喚者様とこうして交流が持てるなんて、夢みたいですわ」
「あ、それなんですけど、先代が召喚されたのって三年前ですよね? これだけポンポン召喚されてるのに、伝説って大袈裟じゃないですか?」
さっきからなんか大袈裟に言ってるから気になって聞いてみたんだけど、そこで思わぬ返事が返ってきた。
「いえ? 先代召喚者マヤ様の前は、随分と昔だったと聞いておりますわ」
「え? そうなの?」
「はい。滅多に召喚など行われないです。ですので、召喚者様は伝説なのですわ」
「滅多に行われない召喚が、この短期間で二回行われた……」
「そう言われてみれば、確かにそうですわね。召喚される方には申し訳ありませんが、やはり高戦力になる方でしたら、もっと召喚されていてもおかしくありませんのに」
エヴァ様はそう言いながら首を傾げている。
必要が無かったと言えばそれまでなんだろうけど……。
俺は、なんだか心にモヤが掛かったような、嫌な気持ちを抱えることになった。
それはそうとして、太田の奴、これからどうするんだろうか?
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