アナタナシデハイキテイケナイ
「おいケンタ。どうやらリンドアがアドモスの要請でまた召喚を実行したらしいぞ」
ワイマールの王女サマがここを訪れてから数か月後、町から帰って来たアイバーンがその情報を持って帰って来た。
「すっかり行商人が板に付いてきたな」
「……もうその弄りは飽きたから」
「そうか? じゃあ、情報屋」
「……なんか、裏社会の匂いがするからそれも却下」
「なんだよ、ノリが悪いなあ」
そう言いながら、俺は膝の上に座らせているレオンの身体を擽った。
「きゃあっ! きゃははは!」
「なあ? アイバーンおじちゃんはノリが悪いなあ?」
「あぅ?」
「おい。子供に変なこと吹き込むんじゃねえ」
「事実だろ?」
「違うわ!」
「二人とも、まーたやってんの?」
俺とアイバーンが言い合いをしていると、ユリアがアイラを抱っこして近付いてきた。
その姿を見たアイバーンは、デレっと相貌を崩した。
「おお、アイラ! コッチおいで!」
そう言ってアイラに手を伸ばすが、その手はユリアによってペシッと叩き落された。
「帰って来たばっかでしょ! まずはお風呂入って着替えて来て!」
「あ、はい……」
ユリアにピシャリと言われたアイバーンは、トボトボと家に帰って行った。
長距離移動して汗掻いてるし、服も汚れてるだろうからな。
すでに隣のアイバーン宅は完成しており、アイバーン一家はそこで暮らしている。
ただ、日中は俺の家にいることが多いので、ほぼ寝に帰っているだけになっているが。
「やれやれ、パパには困ったものでちゅねえ」
「う?」
腕に抱いているアイラに話しかけるユリアだったが、そのあとすぐに俺の方に向き直った。
「ねえ、さっきアイバーンが言ってたこと、大丈夫かな?」
「また召喚したってやつ?」
「そう。ヴィクトリア様が仰ってた通り、ケンタを狙って来たとしたら……ここが戦場になるのかな?」
不安そうにそう言うユリアを、俺は鼻で笑った。
「なにがおかしいのよ?」
「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。俺はソイツより三年長くこの世界にいる。つまり、常に三年分のリードをしている状態だ。今も、魔法の開発も身体の鍛錬も欠かしてない。そんな俺が負けるとでも?」
俺がそう言うと、ユリアは少し不安が解消されたようだ。
「それもそっか。それに、狙いはケンタだけだもんね。いざとなったら、私とメイリーンは真っ先に逃げるから。そこんとこよろしく」
「そういうのは、あんまり堂々と言わない方がいいと思うぞ?」
そんな会話をしていた俺たちに、メイリーンが近寄って来た。
「ごめんなさいねユリア。もしそうなったら、私もケンタと一緒に戦うから、レオンを連れて逃げてね」
そう言うメイリーンに、ユリアはとても悲しそうな顔になった。
「ええ~? 一緒に逃げようよ! ケンタなら放っておいても大丈夫だって!」
「だから、そういうことを本人の目の前で言うな。でも、確かにユリアの言う通り、できればメイリーンにはユリアたちと一緒に逃げて欲しい」
俺がそう言うと、メイリーンの顔が険しくなった。
「う?」
そして、俺の膝の上にいたレオンを抱き上げ、ユリアに手渡す。
ユリアは今、両手で二人の子供を抱いている状態だ。
「お、おも……」
だが、メイリーンはそんなユリアの状況を無視して、俺の顔を両手で挟み顔を近付けてきた。
「ケンタ」
「お、おう」
「貴方は私のすべてなの」
「おう……」
「貴方がいないと、私は生きていけない。例えレオンがいたとしても、蔑ろにしてしまうかもしれない」
「そ、そこは頑張って欲しいんですが……」
不安なことを言うメイリーンに頑張るようお願いするが、メイリーンは首を横に振った。
「レオンは可愛いわ。でも、それも貴方がいてこそなの。貴方がいてレオンがいる。そうでないと、私は私を保てない。お願いだから、私を置いていくなんてことはしないで」
そう言うメイリーンは、もう泣きそうだ。
正直、母親としては失格な発言だと思う。
けど、俺はそこまで俺のことを慕ってくれるメイリーンのことが可愛くて仕方がなかった。
「……分かった。その時が来たら一緒に戦おう。けど、メイリーンもレオンも、必ず俺が守るから。レオンを置いて逝くなんてことは考えないでくれ」
俺がそう言うと、メイリーンはようやく首を縦に振ってくれた。
「ええ、分かったわ」
「……メイリーン」
ユリアがそう言ってレオンをメイリーンに預ける。
メイリーンはレオンを抱き留めると、ギュッと抱き締めた。
「レオン……ダメなママでゴメンね。でも、ママはパパがいないと生きていけないの。それは許してね」
「う?」
レオンに謝罪するメイリーンだが、レオンは不思議そうな顔をしている。
それにしても、やっぱメイリーンもどこか壊れちゃってるな。
俺も、メイリーンになにかあればこの世界ごと壊す自信があるし、お互いの存在に依存してるなあ。
「なんていうか……ケンタとメイリーンって、お互いの存在がストッパーになってるよね。どっちかになにかあったら、とんでもないことになりそう……」
ユリアが若干引き気味にそう言っているけど、それはもう諦めてくれ。
お互い、自覚してる。
そんな話をしていると、風呂上りのアイバーンが家に入ってきた。
「ふぅ、サッパリした。アイラ~、パパのとこおいでえ」
風呂上りのアイバーンは、デレデレした顔をしてアイラを抱っこした。
「……なんていうか、アイバーンって幸せだよね」
「ん? 幸せだぞ?」
多分、ユリアは皮肉を込めてそう言ったと思うんだけど、アイバーンには通じなかったみたいだ。
さっきまでのシリアスな空気はどこに行ったのか、我が家のリビングはアイバーンの登場によって急にホッコリした空気になったのだった。
そういう意味では、コイツってやっぱこの家に必要な存在なのかもしれない。