見込み違い
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ワイマールとアドモスの戦争が終盤に入ったころ、アドモス城の一室にアドモスの国王を始めとした重鎮たちが集まっていた。
その表情は、一様に暗い。
「陛下……このままでは、戦線を突破されワイマール兵が王都にまで攻め込んでくることは確実です……今のうちに……」
「ええい! 分かっておるわ!!」
側近からの現状報告に、国王は苛立ちから大声をあげた。
「おのれワイマールめ……余所者の召喚者などに尻尾を振り追ったくせに……腑抜けたのではなかったのか?」
国王の独り言に、軍部の重鎮が発言した。
「いえ、腑抜けどころかワイマール兵の士気の高さは異常なほどです。まるで、後ろから攻め立てられているかのような必死さで……」
その言葉に、国王はハッと閃いた。
「そうか……ワイマールはケンタ=マヤに尻尾を振ったのではなく、牛耳られているのか……」
その言葉に、この場にいた全員がハッとした。
「そうか……奴らの必死さは、ケンタ=マヤが後ろにいるからか」
「気弱なところを見られると、ケンタ=マヤに粛清されてしまうのかもしれませんな……」
「おのれ……余所者のくせに、この世界を好き勝手しおりよって! 断じて許されませんぞ!!」
アドモスの重鎮たちは、自分たちを攻め立てているワイマールではなく、ケンタにヘイトを向け始めた。
そんな喧々諤々な重鎮たちを眺めていたアドモス国王は、自分の中で結論を出した。
「そういうことであれば、いつまでもワイマールと争っていても仕方がない。ここは、早急にワイマールと和睦し、戦争を終わらせるべきだろう」
国王のその決定に、重鎮たちは揃って頷いた。
ワイマールは召喚者ケンタ=マヤに支配されている哀れな国。
それを救い出すのが自分たちの使命であると、重鎮たちは考えた。
そして、和睦の使者を出し、ワイマールの代表との会談に臨んだのだが……。
「なっ!? そ、そんな条件、吞めるわけがなかろう!!」
ワイマール側の出してきた和睦の条件に絶句することになった。
「条件が吞めないと? なら、和睦に応じることはできませんな」
アドモスの領土の一部と高額の賠償金。それがワイマールの出してきた条件であったのだが、ワイマールをケンタの魔の手から解放するつもりで会談に臨んだアドモス側は、思いがけないワイマールの強硬姿勢に絶句してしまった。
「ちょ、ちょっと待ってくれ! 貴殿らは、あの召喚者に脅されてこの戦争を仕掛けてきたのではなかったのか!?」
アドモスの代表がそう言うと、ワイマール側の代表はそれを鼻で笑った。
「なにを言っている? そちらが我が国の兵士を殺したことで我が国存亡の危機に陥ったのだ。この戦争に彼の意向などどこにもない」
王家からそう説明されているワイマールの代表は、アドモス側の主張をスッパリと否定した。
「そ、それは確かに、我が国の兵士が貴国の兵を殺めてしまったことは謝罪しよう。しかし、それが国家存亡の危機に繋がったと言われても……せめて詳しい話を聞かせて貰わないことには納得しかねる」
発端となった事実についてはアドモス側に非があることは明白で、これを覆すことは難しい。
だが、それに伴って国家存亡の危機があったと言われてもなんのことかサッパリ理解できない。
しかし、ワイマール側は頑なにその理由を話そうとしない。
「それは教えられない。国家機密に当たることをそう簡単に教えられるとでも?」
「そ、それは……」
国家機密と言われてしまえばそれ以上聞き出すことはできない。
となると、この和睦を成立させるためにはワイマールの主張を呑むしかない。
アドモスの代表には、一旦持ち帰る以外の選択肢はなかった。
そのワイマールから出された条件を国王に報告したところ、国王は心底驚いた。
「はあ!? 本当にそんな条件を出してきたのか!?」
「は、はい……」
「……なぜだ? 奴らはケンタ=マヤによって支配されているのではないのか?」
アドモスの狙いとしては、この戦争をお互い無条件で終了させ、そのままケンタを討伐することで合意しようと考えていたのだが、それが前提から崩れた。
「どうやら違うようです。ワイマール側は、あくまでこの戦争は、我が国の行為により国家存亡の危機に陥ったことに対する報復という意味合いのようで……」
「だから、その国家存亡の危機とはなんなのだ!?」
「それだけはどうしても話してもらえませんでした。国家機密に当たるからと……」
交渉役からの報告を聞いて、アドモス国王は確信した。
ワイマールはケンタに支配されているのではない。
間違いなく、ケンタに尻尾を振り、軍門に下ったのだと。
そのワイマールと、いつまでも戦争をしていても埒が明かない。
むしろ、今の戦況はワイマール優勢に進んでおり、このまま戦争を続ければ国そのものがワイマールに併合される危険が高くなってきた。
それなら……と国王は決断した。
「……ワイマールの代表に伝えろ。その条件を呑む」
「!! か、かしこまりました……」
国王の言葉を受け、交渉役は悔しさを滲ませながら頭を下げた。
「悔しい気持ちは余も同じだ。しかし、国が無くなってしまうよりマシだ」
その言葉を受けた重鎮たちは、揃って悔しさを滲ませた表情のまま頷いた。
こうして、アドモスはワイマールからの和睦の条件を受け入れた。
戦後処理に忙しい王城内で、アドモス国王の内心は激しい怒りで覆いつくされていた。
「ワイマール……そして、ケンタ=マヤ……許さん……許さんぞ……」
こうして、アドモスに大きな遺恨を残して、戦争は終結した。
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