親父対談
「そういえば、ワイマールとアドモスの戦争ってどうなったんだ?」
あれからユリアの説得通り、アイバーンも俺の家に居候することになり、町とこの家を往復する生活を始めた。
そのためにアイバーンとユリアの家を用意しないといけないので、魔法を駆使して家を造っているのだが、丁度アイバーンが帰って来たのでその手を休めた際に、そういえばと思い出したので聞いてみたのだ。
「ああ、なんかワイマールが優勢らしい。兵士の士気も高くて、このままだとワイマールの勝ちで終わりそうらしい」
「へえ」
「……お前から聞いといて……ついでに言うと、お前が引き起こしたくせに興味なしかよ」
アイバーンはそう言うけど、俺としてはこの戦争の行く末になんてなんの興味もない。
「だってよ、そもそもこれはワイマールとアドモスへのお仕置きだからな。双方苦しめばそれでよしだ。勝敗になんて一ミリも興味ねえ」
俺がそう言うと、アイバーンはガックリと肩を落とした。
「そういや、お前ってそういう奴だったよ……最近は俺らの家を造ってくれたりとか、随分と丸くなったと思ってたから忘れかけてたわ」
アイバーンはそう言うと、造りかけの家を見上げた。
「ユリアに頼まれたから仕方なくだな。ユリアはメイリーンの親友だし、今じゃ……」
そこまで言ったところで、家から赤ん坊の盛大な泣き声が《《二重奏》》で聞こえてきた。
「はは。相変わらず、ウチのチビ共は元気だな」
そう、あれから数ヶ月経過し、ユリアも出産を終えた。
ユリアが産んだのは女の子で、名前は「アイラ」に決まった。
今、俺の家には二人の赤ん坊がいるのでとても賑やかだ。
メイリーンとユリアは、今では親友兼ママ友として助け合って子供を育てている。
どんどん絆が深まっているようで、俺としても嬉しい限りである。
「それにしても……なあ、ケンタ」
「なんだ?」
家から聞こえてくる赤ん坊の盛大な泣き声と、それにともないバタバタしている家の中を想像してニヤニヤしていると、アイバーンがなんか真面目な顔で話しかけてきた。
「ここは人もいないし、安全という面では世界でここほど安全な場所はねえよな」
「は? 急にどうした」
「いや……今更だけど、どうして俺らをここに入れてくれてんのかなって、ちょっと不思議に思ってな」
「ああ、そういうことか」
今のところ、この家というか、この敷地に足を踏み入れられるのは、アイバーン夫妻とベネットさんしかいない。
「お前、俺の話を聞いたあと、頭下げたろ」
「あー、お前が賞金首になった理由を聞いたときか」
「そうそう。それで、お前はすぐに自分の非を謝罪した。この世界に来てからちゃんと謝れる人間に、初めて会ったんだわ」
俺がそう言うと、アイバーンは一瞬なにか反論しようとして、すぐに口を噤んだ。
「……まさか、そんなことで信用を得ていたとは思いもしなかったな」
「信用はまだしてなかったな。信用できるかも? とは思ったけど」
「そ、そうだったのか……」
「当たり前だろ。俺はこの世界に強い不信感しか抱いてないんだぜ? あの当時、この世界にはメイリーン以外信じられる人間はいないって、本気で思ってた」
「……それは、今もか?」
アイバーンがそんなことを聞いてくるけど、今更なに言ってんだコイツ。
「前にも言ったろ。お前が俺たちを裏切ったら、すぐに消す」
「……そうか。そうだったな」
そう言いながら、アイバーンはガックリと肩を落とした。
「まあ、お前が味方でいるうちは守ってやるよ。メイリーンの親友の旦那だからな」
「!?」
俺の言葉を聞いたアイバーンは、メッチャ驚いた顔をして俺を見た。
「え? は?」
「っていうか、お前は今更なに聞いてきてんだ? 俺んちの隣にお前らの家建ててんだろうが」
「ケンタ……」
「まあ、それくらいには、俺の信用を得てるってことだな。まあ、一番はメイリーンがお前らのことを信用してるからってのが大きいけど」
俺が本音を話すと、アイバーンは笑い出した。
「はは。お前の交友関係は、結局メイリーンさんが全てなのな」
「当たり前だろ? なに言ってんた」
アイバーン夫妻の他にこの地に立ち入ることができるベネットさんは、メイリーンの出産をサポートしてくれた、俺からしてみれば恩人だ。
今も育児の手伝いやアドバイスも沢山してもらっている。
むしろ、最重要人物と言っていいだろう。
アイバーンは資材調達人だ。
「んで? なんで今更そんなこと聞いてきたんだ?」
俺がそう聞くと、アイバーンは家を見た。
もう赤ん坊の泣き声は収まっていて、時々笑い声が漏れてきている。
「いや、子供らが育ってきたらどうすんのかな? って思ってな」
「どうするとは?」
「いや、このままこの地だけで育てるのか、友達を作らせるために町に行かせるのか、それとも、ここにまた誰かを迎え入れるのか、どうするのか決めてるのか?」
「ああ、そのことか」
それについては、もうメイリーンやモナと決めている。
「ここで育てるよ。メイリーンは元女王でモナも元王城勤務の侍女だ。教養は十分にあるから子供たちの教育に問題はない」
「ああ、そういえばそうだったな」
「それにお前、忘れてねえか?」
「?」
「レオン、魔族国元女王の子供だぜ?」
肌の色と目の色は俺に似たけど、髪色はメイリーンの銀髪を受け継いでいるし、耳の形もメイリーン譲りで魔族の特徴が出ている。
それになにより……。
「産まれて数ヶ月経って分かったんだけどな、顔が段々メイリーンに似て来てるんだよ」
髪色、耳の形、顔の造形。
見る者が見れば、レオンにメイリーンの面影を見出す者が出てくるかもしれない。
「そんなことになったら、メイリーンの存在が魔族国にバレるかもしれない。現に、少ない情報でモナにはバレた」
「そういや、そうだったな」
まさか、ハンカチに施した刺繍からバレるとは思いもしなかったけどな。
今はモナの存在にすごく助けられているけど、そんなのは運が良かっただけだ。
もう、あんなヘマはしない。
「その上レオンは俺の子だ。赤ん坊の今でも分かる。あれは、相当の才能を宿してる」
「親馬鹿じゃなくて?」
「違えわ。人族のお前には分かんねえだろうけど、レオンの持つ魔力は今の時点で相当デカい。それは、メイリーンもモナも認めてる」
「ってことは……」
「ああ」
俺は、家にいるレオンの将来を想像した。
「このまま順調に育てば、魔族国にとって、とてつもなくデカい火種になるよ」
「それが分かってて、お前……」
アイバーンは途中で言葉を濁したけど、言いたいことは分かっている。
「なんでメイリーンと子供を作ったのかってか?」
「あ、ああ」
「そんなの決まってんだろ」
俺は、アイバーンを真っすぐ見て言った。
「なんで俺が魔族国を気遣ってやらないといけない? なんでそんな下らねえことのために、メイリーンと愛を育むことを阻害されないといけない? もし、魔族国がレオンのことでとやかく言ってきやがったら……」
そのときは……。
「魔族国、終了のお知らせだ」
そう言うと、アイバーンは青い顔になった。
「……魔族国が暴挙に出ないことを、真剣に祈っておくよ」
「そうしろ」
そんな話をした数か月後、ワイマールが戦争に勝利し、アドモスの領地の一部と多額の賠償金を得ることになったと、アイバーンから聞かされた。
それを聞いて俺は「へえ」という感想しか持たなかった。
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