ストーカーって言葉はなかった
ユリアを我が家に迎え入れてしばらく経った。
メイリーンは悪阻も収まって、お腹も大分大きくなってきた。
ユリアはまだ少し悪阻があるけれど、ベネットさん曰く非常に順調だとのこと。
全てが上手くいっていたのだが、ある日ユリアの様子を見に来たアイバーンが深刻そうな顔で俺に話しかけてきた。
「町で俺のことを嗅ぎまわってる奴がいる?」
「ああ。なんか、俺がなにを買ってるのか調べている奴がいたらしい」
「お前のストーカーじゃなくて?」
「すと……なに?」
ああ、そうか。
この世界にはストーカーって言葉はないのか。
「元の世界の言葉でな。相手に好意を持ってる相手に異常なほど粘着する奴のこと」
俺がストーカーについて簡潔に説明すると、想像ついたのか一瞬ブルっと震えた。
「確かに、それは恐えな……でもそういう感じじゃなくて、俺が買い物してるのを後ろからコソコソ付いてきてたらしいんだよ」
どうやら、アイバーン本人が気付いたのではなく、周りから教えられたらしい。
「なんだよ、それくらい自分で気付けよ」
俺がそう言うと、アイバーンはムッとした顔をした。
「俺はお前と違って魔力の弱い人族なの! 探知系の魔法なんて使えるわけないだろ!」
「その代わり、身体能力に優れてんだろ? 聴力を研ぎ澄ませるとか、色々やり方あんじゃねえかよ」
「……それは盲点だったわ」
まったく。
人族が身体能力に優れるということは、聴力とか視力とかも強化できるというのに。
基本考えが筋肉に向かうからな、コイツら。
「で? いつから付けられてたんだ?」
俺がそう聞くと、アイバーンは難しい顔をした。
「正直、よく分からん」
「なんだそりゃ」
「しょうがないだろ。気付いたのは探索者仲間だったんだけど、相当巧妙に隠れていたらしい。気付いたのは偶然だって言ってた」
「ってことは、どっかの国の諜報員か」
諜報員、ねえ。
「モナ」
「はい」
俺がモナを呼ぶと、メイリーンとユリアの世話をしていたモナが俺の横に来た。
モナは元魔族国の諜報部在籍。
そこでそういう動きがあったかどうか確認してみた。
「魔族国の諜報部は、町でアイバーンの動向を調べていたか?」
「いえ。正直、魔族国は体制の立て直しの方が急務でしたので、諜報部はその間に人族の国が攻めてこないかと監視しておりました。ですのでケンタ様の動向まで調べている余裕はありませんでした」
「分かった。とりあえず、魔族国は除外だな。ありがとう、もう戻っていいぞ」
「はい。失礼します」
モナは一礼すると、メイリーンとユリアの下に戻って行った。
それを視線で追っていると、アイバーンが呟いた。
「ということは、お前を狙っている人族の国ってことか……」
「ちなみに、それ気付いたの最近か?」
「ああ」
「じゃあ、ワイマールも除外だな」
「ということは他国か……」
他国の諜報員が紛れ込んでいるという状況に、アイバーンの表情が険しくなった。
けど、まあ……。
「そんな気にしなくてもいいだろ」
「はあ?」
正直今までもよくある話だったので軽くスルーしようとすると、アイバーンがメッチャ不機嫌になった。
「今更だろ? この場所は公然の秘密になってるんだ。今までだってそうやって嗅ぎまわってきた奴はいただろ」
「まあ、いた、けど……そういや、そのときはどうだったんだ? そいつらのこと見なくなったから、随分久しぶりに現れたなって思ったんだけど」
「……さあ?」
正直に話すとアイバーンがドン引きしそうだったので言葉を濁した。
だが、アイバーンはそれで察してしまったようだ。
「……悪い笑みしやがって。どうせその辺に埋まってるとか言うんだろ?」
「は? 馬っ鹿お前、そんなことしたら虫湧いちゃうだろ」
「……もういい分かった。それ以上言わなくていいぞ」
「そうか? 確証欲しくない?」
「いらねえっ! 言うなよ!? 絶対言うなよ!?」
振りかな? とも思ったけど、アイバーンが必死に耳を抑えるので、俺は真実を告げるのをやめてやった。
「それで? わざわざそのこと報告しにきたってことは、お前、俺のこと心配してくれてんの?」
ニヤニヤしながらそう言うと、アイバーンは「違えわ」と真顔で言った。
「ここにはユリアがいんだろが。お前は問題なくてもユリアになんかあったらどうすんだよ?」
「なんだ、俺じゃなくてユリアの心配かよ」
「あと、メイリーンさんな」
「俺は?」
「……はっ」
俺の心配はしないのか? と聞くと、鼻で笑われた。
「失礼すぎん?」
「すぎねえよ。そもそも、お前に危害を加えられる奴ってこの世界にいんの?」
「さあ?」
それはマジで分からん。
今のところは出会ってないな。
「そんな奴に、心配とかいるか?」
「まあ、いらねえな」
「だろ?」
なんか、アイバーンに納得させられてしまった。
「とにかく、俺の買い物を見られていたってことは、妊婦用品とか赤ちゃん用品とか買っているのも見られたってことだ。俺が言うのもどうかと思うけど、人族の国の上層部ってのはなにをしてくるか分からんからな。気を付けるに越したことはないだろ」
確かに、この世界の国の上層部……為政者たちはクズばっかりだ。
俺の所に妊婦がいると分かったら……。
「……ワイマールって悪しき前例がある、か」
「そういうことだ」
ったく、ワイマールの王女サマが来てから碌なことがねえ。
やっぱ、妹王女サマだけじゃなくて、王城ごと吹っ飛ばしておいた方が良かったかもしれん。
「もう遅いかもしれないけど俺の方も気を付けとく。お前も、今まで以上に警戒しておけよ」
「ああ。情報助かった」
その後、アイバーンはユリアとの時間を過ごして帰って行った。
さて、警戒しとけって話だけど、誰かが結界に触れたら俺に通知が来るからすぐに分かるんだよな。
唯一の懸念点はベネットさんを迎えに行くときなんだけど、アイバーンとは違って探知魔法が使えるから、町に入るときは常に警戒はしている。
賞金首なんでね。
まあ、それくらいだな。
アイバーンからの警告だったけど、俺はいつもと変わらない日常を過ごしていた。
そんなある日のこと。
結界に反応があった。
それも、複数。
「おいおい、入口の警備はなにしてんだ?」
こういう奴らを食い止めるのがお前らの役目だろうがと探知魔法で探ってみると……。
「これはこれは」
森の入口に、人の気配がなかった。
「はぁ……面倒なことになってきたなあ」
どうやら強引な手段を取ってきたらしい相手のことを放置するわけにも行かず、俺は結界の反応がある場所まで向かった。
そこで俺は、非常に不愉快なものを見てしまった。
「……そういうことするんだな」
そこで見たのは、縛られて首にナイフを突きつけられているベネットさんと、複数の騎士に囲まれて剣を突き付けられ、道案内をさせられているアイバーンの姿だった。
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