魔族国軍
◆◆◆
ワイマール王国と魔族国の国境線の程近くにある魔族の駐屯地。
その一角にある一際大きいテントで、戦場の隊長たちが集まって会議をしていた。
「なあ、なんかワイマールの軍勢、人数が増えてないか?」
そう言ったのは、大柄で額から二本の角が出ている男。
「確かに。アイツら魔法は弱いけど力は強いからな。群れられると滅茶苦茶厄介だ」
人族の子供位の背丈で耳と鼻が尖った男が、溜め息を吐きながらそう答える。
「人員は確実に増えているわ。私が見たところ、増えた人員の装備はバラバラね。民間から徴兵でもしたんじゃないかしら」
背中に小さな羽を持つグラマラスな女が、自分で見てきた情報とそれを分析した結果を皆に伝える。
「徴兵か義勇兵か……人族どもがここまで躍起になると面倒だな……」
この場で一番大柄で肌の青い男が腕組みをしながらそう唸った。
「どうします? この戦自体が様子見です。一時休戦して撤退しますか?」
小柄な男の口振りから、この男がこの戦場の指揮官であることが伺える。
「そうだな……一応そのつもりで皆に備えさせよう。ただ、どうしてあんなにも民間の兵が集まったのか理由が知りたい。モナ」
「はい」
モナと呼ばれたグラマラスな女が返事をする。
「お前の部隊を使ってワイマール王都に潜入してきてくれないか?」
「分かりました。では、数日お待ちを」
「頼む」
モナは返事をするとすぐにテントを出て行き、この日はこれにて解散となった。
そして数日後。
モナが帰還し、再び先日の人員を集めた。
「ただいま戻りました」
「ああ、ご苦労。それで? なにか分かったか?」
指揮官がそう言うと、モナは手元にあるメモを読み始めた。
「はい、いくつか判明しました。まず、いきなり民間の兵が集まった理由ですが……どうやら先日、王城で爆破事件があったらしく、その犯人が私たち魔族であると思われているようで、義勇兵が集まったようです」
『はあっ!?』
モナの報告に、その場にいる全員が揃って驚きの声をあげた。
「待て待て。誰か実際にそんなことをした奴がいるのか?」
指揮官がそう聞くと、モナは小さく頷いた。
「私も気になりましてここの戦地の者に確認を取りました。結果、誰もそんなことはしていないそうです」
モナがそう言うと、その場にいる全員が納得した顔になった。
「だろうなあ。もし誰にも気付かれずに王城を爆破できるような奴なら、そのまま王族を吹っ飛ばして来いって話だ」
「それをしていないということは、それをしたのは我らではないということだ」
「……だとしたら、我々は冤罪を掛けられている、ということか?」
「そういうことです」
指揮官の見解をモナが肯定したことで、この場に怒気が生まれる。
「どこのどいつだ!? 余計なことしやがって!」
「まったくだ。傍迷惑な」
大柄な男は激しく、小柄な男は静かに怒りを滲ませる。
そんな中指揮官はある程度冷静で、モナに続きを促した。
「それで、お前の方では犯人に目星など付いているのか?」
指揮官にそう問われたモナは、少し迷ったあと、ポツリと零した。
「多分……そうじゃないか? 位の予測ですけど……」
「それでもいい。教えてくれ」
指揮官がそう言うと、モナは一枚の手配書を取り出した。
それを見た全員が、露骨に顔を顰める。
「けっ! 相変わらずムカつく顔してやがんぜ!」
「そうだな。ただ、アイツは人族の国全部から指名手配されいてると聞く。いい気味だ」
「……その指名手配が、ワイマールでだけ解除されたわ」
『はあっ!?』
モナの一言で、また男たちの声が揃った。
「解除されたのが王城の爆破事件があってすぐ。もしかしたら、ワイマール王国がアイツになにかして、怒りを買ったから王城を爆破された。それにビビったワイマール王国が指名手配を解除した……っていう、状況からの推測ね。証拠はなにもないわ」
モナはそう言うが、この場にいる者たちにとっては、それが真実のように思えた。
「……ということは、我々はまたしてもアイツに振り回されているということになるのか」
「あくまで推測です」
「分かっている。しかし……」
指揮官はそう言うと、腕組みをしたまま目を瞑った。
しばらくそのままの恰好でいたが、やがて眼を開けるとモナを見た。
「アイツの……ケンタ=マヤの居場所は把握しているか?」
「はい。公然の秘密、ですから」
「そうか。なら……状況を確認しに行ってもらえるか?」
指揮官がそう言うと、モナは表情を顰め、歯を食いしばった。
「私が……ですか?」
モナの言葉に、指揮官は鷹揚に頷いた。
「そうだ。ケンタ=マヤは我ら魔族にとっては怨敵。視界に入れることも憎々しいだろう……だが、我ら魔族に冤罪がかかっているのだ。奴とワイマールとの関わりを無視することはできん。どうにか調べねばならない」
指揮官がそう言うと、モナはしばらく沈黙したあと口を開いた。
「……隙があれば、仕留めても構いませんか?」
モナのその言葉に指揮官は一瞬驚愕するが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「相手はあの陛下を討ち取れるほどの人物だぞ?」
指揮官がそう言うと、モナは下唇を噛んだ。
血が出るほど……
「そう、ですね。私では返り討ちに遭うのが明白……ですね」
モナのその言葉に、表情には出さなかったが指揮官はホッと胸を撫で下ろした。
「分かればいい。お前は我が国の重要な戦力だ。出さなくていい犠牲は出さないに越したことはない」
「……はい」
指揮官の言葉にモナが渋々ながらも了承すると、今度は男二人組が声をあげた。
「モナがやらないっていうなら俺がやりますよ!」
「俺もやります」
憎しみを瞳に宿し、今すぐにでもケンタを討ちに行きたいという勢いの二人に、指揮官は毅然と言った。
「駄目だ」
「!? な、なんでですか!?」
「理由を教えてください!」
指揮官の制止に納得がいかない男二人が指揮官に食って掛かる。
そんな男たちを見て指揮官は溜め息を吐いた。
「お前たち、今回のこの任務がどういうものか理解しているか? ケンタ=マヤとワイマールにどういう関係があるのかを調べに行くのだ。お前たちなら調査そっちのけでケンタ=マヤを討ちに行くだろう?」
「そりゃ当然ですよ!!」
「……調査だけする自信はありませんね」
「お前たちが今回の任務に不適格なことはよく分かった。モナ、頼むぞ」
「……はい」
指揮官の期待は嬉しいが、自分とて怨敵を目の前にして冷静でいられるかどうかは怪しいところだ。
しかし、指揮官の信頼を受けての任務である以上、期待に応えなければならない。
モナは、今までにない葛藤をしたうえで任務を受諾した。
「よし、今回は人族の出方を見るための戦であるため、今の段階でこれ以上泥沼化するのは避けたい。一旦撤退するぞ。全軍に通達!」
『はっ!』
指揮官の命令を受け、三人はゾロゾロとテントを出て行った。
命令を下した指揮官は、去っていくモナの後ろ姿を見ながら自分に言い聞かせるように呟いた。
「ケンタ=マヤ……陛下の仇……いつか必ず、この手で……」
そう言って握りしめた拳から、一筋の血が流れた。
魔族の、ケンタに対する憎悪は……相当根深かった。
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