ワイマール王家2
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ケンタが目の前で転移魔法を使って消えたことに呆然としていたヴィクトリアは、侍女の「で、殿下」という声でハッと我に返った。
「い、今すぐ王城に戻ります! すぐに出発して!」
来たときと同じように、誰の手も借りず馬車に乗りこむヴィクトリア。
その行動だけでもヴィクトリアがどれだけ慌てているかが分かる。
こうして王城に急いで戻ったヴィクトリアは、父である国王のいる執務室に直行した。
「失礼します!」
国王の執務室に入ったヴィクトリアを、机に座っていた国王は疲れた顔で見上げた。
「……どうだった?」
国王は、ケンタとの交渉がどうなったかとヴィクトリアに簡潔に訊ねた。
「とりあえず、最悪の事態……マヤ様との戦争は回避できました」
ヴィクトリアの言葉を聞いた国王は「……ふぅ」と深い息を吐いて、息を整えた。
「それで? マヤ殿はなにを要求してきたのだ? 金か?」
「いえ。この手配書の即時撤回と、この手配書に従った者を厳罰に処せというのが喫緊の要求です」
「分かった。すぐに手配しよう」
「一応、その場にいた人間にもすぐに指令を出しましたので、行き違いにならないように連携をお願いします」
「分かった。それで? これだけか?」
国王としては、金の話が出ていなかったので、それもあるのだろう? という意味で聞いたのだが、ヴィクトリアはとても辛そうな顔で話し出した。
「いえ……実は、ウィンプルと、これを唆した女を処分するように言われました」
「なっ!? 王女を処分しろだと!?」
今回、余計なトラブルを起こしたとはいえウィンプルは国王にとっては可愛い娘。
父として、その要求はとても呑めるものではなかった。
そもそも、ウィンプルがしたことは自分たちの言うことを聞かない異世界人の情婦を浚ってこいと命じただけのこと。
それだけなのに王女を処分しろとは、国王にとってはとても受け入れがたい要求だった。
王族でもない低俗な人間が、なにを勘違いして偉そうにしているのかと。
しかし、相手は自分たちが苦戦している魔族たちの、さらにその王を討ちとれるほどの人物。
敵に回してしまうと、本当に国が亡ぶかもしれない。
国王は、悩みに悩んだ結果、ある決断を下した。
「……分かった。では、ウィンプルを唆した娼館の女は、国家を危機に陥れたとして、国家騒乱罪として処刑する」
「……はい」
国王の決定を聞いたヴィクトリアは、一時の欲に駆られたが為に処刑されることになってしまった娼館の女に同情した。
「次にウィンプルだが……下民の話を鵜吞みにし、下調べを怠るなど王族としての自覚なしとして、王位継承権の剥奪と、北の塔への幽閉を命ずる」
国王の決定を聞いて、ヴィクトリアは胸がザワつくのを感じた。
ケンタのあの言い方では、恐らくウィンプルも処刑を望んでいたはず。
しかし『処分』とは言われたが『処刑』とは言われなかった。
「……マヤ様は、これで納得するでしょうか?」
「なら、ウィンプルは事故で死んだと公表しよう。どうせ北の塔への幽閉だ。公には死んだも同然だろうし、確認する術もあるまい。ウィンプルは辛いだろうが……生きてさえいてくれたらそれでいい」
ヴィクトリアは内心で(転移魔法があるのでバレる可能性はあるのでは……)と思ったが、それ以上国王に進言できなかった。
国王と同様、いくら王位を争っているとはいえ、ウィンプルは実の妹。
強硬に処刑しろとは言えなかった。
それに、次期女王を狙っていた妹が、王位継承権を剥奪されたうえ、世間的には死んだことにされるなど、耐えがたい屈辱であることは間違いないのだから。
死んだと公表して葬儀も盛大に行えば、例え転移魔法で王都にウィンプルの状況を確認しに来てもケンタの目を誤魔化せると、ヴィクトリアは考えていた。
それから数日後、王都ではある発表があった。
それは、ウィンプル第二王女が、馬車での移動中の事故で命を落としたというものだった。
突如もたらされた王族の訃報に、国民たちは嘆き悲しみ、葬儀も国葬として盛大に行われた。
盛大に行ったのは、ただケンタの目を誤魔化すのが目的である。
その陰で、ウィンプルを唆した娼館の女の処刑もひっそりと行われた。
ケンタの新しい手配書についても、これは手違いで発行されてしまった手配書であり、もしこの手配書に書かれていることを実行した者は厳罰に処すと、国中の役人や兵士が国中にに触れ回った。
そのお陰でこの手配書はすぐに見向きもされなくなった。
万が一にもケンタの家に向かう賞金稼ぎが出ないよう、家に続く森の入口には警備の兵士が配置され、絶対に森に入れさせないように徹底された。
それは、ケンタの家に向かおうとしていたアイバーンたちも同様で、森の入口で立ち入りを咎められ、家に行くことが出来なかったほどだ。
兵士を配置した当初、実際に手配書に従って森に入ろうとした賞金稼ぎたちが何人もいたため、そこで食い止められたことにヴィクトリアは胸を撫で下ろしていた。
手配書についての話も順調に撤回できているし、ケンタに辿り着かないようにもできた。
娼館の女も処刑したし、ウィンプルには事故死を装って北の塔に幽閉した。
王位継承権の剥奪と幽閉という結果に、ウィンプルは当初相当抵抗したが、国王からの厳しい叱責を受け、最終的には受け入れさせられた。
全てが上手くいっている。
あとは、手配書に従う賞金稼ぎが現れなくなったら兵士を引き上げさせて全てが終わる、と、ヴィクトリアは思っていた。
その考えが覆されたのは、それからすぐのことだった。
ある日、ヴィクトリアが自室で就寝していると、突如王城を揺るがすほどの轟音と揺れが起きた。
あまりに突然の出来事に、蜂の巣をつついたような騒ぎになる王城。
ヴィクトリアも何事かと慌てて窓の外を見て、絶句した。
北の塔がある場所で、途轍もない爆炎が上がっていたからだ。
「あ……あ……」
あそこには、ウィンプルが幽閉されている。
幽閉されているとは言っても、部屋は豪華だし専属の使用人もいる。
外に出られないだけで、三食昼寝付き、仕事もしなくてよいという優雅な暮らしをしていた。
人によっては羨まれるほどの暮らしだ。
そんなウィンプルが生活をしている北の塔が爆炎と共に崩れ落ちていた。
あれでは、あの塔にいた人間が生きていることは望めないだろう。
それほどの破壊だった。
ヴィクトリアは、妹であるウィンプルが恐らく亡くなったであろうことよりも、別のことで恐怖に襲われ身体の震えが止まらなくなった。
「……バレてる……ウィンプルを生かしていたことがバレている……」
あれは、絶対にケンタの仕業だ。
自分たちがウィンプルを処刑しなかったから、ケンタが自分で始末しに来たんだ。
そう確信したのはヴィクトリアだけではなかった。
国王も、ヴィクトリアと同じことを思った。
どうやったかは分からないが、正確にウィンプルのいた北の塔だけを狙ってきた。
ケンタに、全てバレている……。
そのことは、国王親子を怯えさせるには十分であった。
これ以降、ワイマール王国の国王親子はケンタの影に怯え、せめてもの罪滅ぼしとしてワイマール王国内においてはケンタの指名手配を解除した。
国際指名手配犯の指名手配解除に世界中は驚いたが、そもそも各国が指名手配を継続している理由は、ケンタを捕縛して取り込みたいという理由。
そのケンタ取り込み競争から降りたワイマールに、どの国も理由については言及しなかった。
しかし、指名手配の解除自体は世界中に知られることになったのだった。
カクヨムにて先行投稿しています