第一話 序
「しるべ、ですか?」
私は一音一音はっきりと復唱しながら、しるべとは何だったっけと疑問を頭に浮かべます。この地方の郷土料理か何かでしょうか。
「そう。この道をずっと行ったらしるべがあるからね、そこを右折したらオリブさんの家は目の前にあるよ」
農家のおじさんは見ず知らずの私に屈託のない笑顔で道案内をしてくれています。
それだけに「しるべとは何?」などとは聞きづらいのです。
しるべ、しるべ……しるべ? 嗚呼。これがいわゆるゲシュタルト崩壊というやつでしょうか。
「あの……しるべっていうのはいったいどのようなものなのでしょうか?」
「しるべって言ったらしるべだよ。お姉さん変わったこと聞くね」
埒があきません。これはもう行けばわかるという事なのでしょう。私は感謝を伝えて道に戻ると、スクーターにまたがりおじさんの教えてくれた方向へ走り出しました。
春の心地よい日差しは辺り一面に広がるレンゲ畑に降り注ぎ、風が吹くと畑に緩やかな波を作り出します。私はそんな景色を見ると、平和だなぁなんて柄にもないことを考えてしまうのです。
小さなおんぼろのスクーターは対向車もないレンゲ畑の中の一本道をひたすらに走り続けました。
やがて、スクーターは丁字路にたどり着きました。私はスピードを落とし、農家のおじさんが言っていた『しるべ』に該当する何かがないか注意深く観察します。
それはありました。しかもすごくわかりやすい形で。
『オリブの家:右折』と書かれた看板が道端に立てかけてあったのです。右を見ると確かに大きな大きな立派なお屋敷があります。
ああ、なるほど。『道』しるべ……。