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星喰いの森_1


「綺麗」

 

 目の前に広がる鮮やかな樹海に、ラビは大きな眼を輝かせた。

 赤から青、黄色から紫。ぱちりと一つ瞬きをする間に移り変わる樹々の色は、いっそ暴力的なまでに幻想的だ。色の中に踊るキラキラとした輝きも、暗闇に灯るランタンのように美しい。

 

「あ! 流れ星!」

 

 故郷と同じ真っ青な空に浮かんでいた星が、ひらりと樹海の中に落ちていく。きらめきながら落ちる星を眼で追っていると、あっという間に星は樹々に噛み砕かれ、飲み込まれて消えていった。

 まさに一瞬の出来事に、ラビは思わず目を見張る。ラビが呆気に取られながら樹海を眺めているうちに、天から落ちて来た星をパクリと飲み込んだ樹が、その葉の色を艶やかに変化させていくのが見えた。

 絶え間なく落ちてくる星に、樹々たちも嬉しそうに葉の色を変え、キラキラと輝く。ふるふると満足気に揺れる樹々が光っているように見えるのは、きっと樹々が星を砕きながら喰べているからだろう。もしくは、星を喰べた樹の葉から、星のカケラが溢れ出しているからかもしれない。

 

「わぁ……」


 一言で言えば、光り輝く色星の海。ガラスの葉と揺れる樹々の間に星がきらめき輝く。見渡す限りの幻想的で美しい光景に、ラビは瞬く間に夢中になった。まるで夢のような景色だ。

 眼の中に星が散らばってるみたいだと思った瞬間、ラビの身体がふわりと宙に浮いた。

 

「あ」

 

 村を出る時に貰った靴が、地面から離れる。お気に入りのスカートも、結べるくらいに伸ばした髪の毛も、身体の全てが軽くなる。


「わ、わ!」


 ふわふわと浮き上がっていく身体に冷や汗が流れる。まずい。大変だ。非常に良くない展開だ。このままでは、この美しい景色に——星を食べる樹海に取り込まれてしまう。


「プ、プリケリマ!」


 助けて、と声を上げようとした途端に、首元に暖かな息が掛かり、息が詰まった。


「うぇ」


 ぷらん。

 そんな音がぴったり来るくらい、ラビの首根っこは見事にプリケリマ——ラビと一緒に旅をしている大きな生物に捕まれた。

 助かった。そう思った瞬間に、ズシリと身体に重さが戻ってくる。体重が戻ってきたということは、樹海の餌になる心配がないということである。ようやく訪れた身の安全に、ラビはこっそり安堵のため息をついた。


「ありがとう、プリケリマ」

 

 涙目でお礼を言うラビを、プリケリマと呼ばれた生物は冷たい眼で見下ろす。普段は開いていない四つの眼も合わさった合計六つの眼から溢れる視線は、まるで南の大地に吹き荒れるいう冷凍風のようだ。冷たくひえわたる視線に、ラビは心の中で静かに白旗を上げた。


「……」


 無言のまま首根っこを咥えられ、ぶらぶらと足が揺れる。

 地面に降ろしてくれないかな。ちょっと楽しくなってきたとぼんやりと思っていると、ようやく脳内にプリケリマの声が響いた。

 

「あれだけ気を付けろと言っただろう」

 

 脳味噌を低く揺らす音が、ラビを諌める。仕方がない子に手を焼く母親のような声音で、プリケリマが言葉を続けた。

 

「星喰いの森は、夢を食べる。夢中になると喰われるから注意しろと言ったが、理解が及んでおらぬ。やはり護りの符を強くすべきだ」

「それは間に合ってるから大丈夫」

 

 ため息混じりに響く音に、ラビは即座に言葉を打ち返した。護りの符を強くするなんてとんでもない。プリケリマの言う『護りの符』を強くしたが最後、ラビは自分の足で大地を踏むことすら出来なくなるだろう。

 護りの符とは、俗に言う『加護』のようなものだ。加護と聞けば良いもののような気がするが、その意味と内容はラビとプリケリマでは大きく違う。一番の違いが肉体の有無だろう。例えば、ラビにとって『旅をする』と言うことは、自分の足で大地を踏みしめて歩き、自分の目で世界を見ることだ。多少長い距離の移動のためプリケリマの背中に乗せてもらうことはあれど、あくまで自分自身の身体で体験するということが大前提である。

 しかし、プリケリマにとっては違う。

 プリケリマにとっては、ラビを胃に収めて旅をしたとて、一緒に旅をしたということになるらしいのだ。人間であるラビには分からない感覚だが、どうやらプリケリマにとっては胃に収めることと食べることは別らしく、前者は魂をプリケリマに同期させることらしい。魂とやらもラビには分からないが、魂を同期させればラビの思考や魂といった精神体は残る上、その精神体がプリケリマに取り込まれているのでラビが死ぬこともないそうだ。この状態こそが、プリケリマにとっての安心安全大満足な状態らしい。

 

「プリケリマ、私が悪かった。ごめん」

「ならば」

「でも、プリケリマにこれ以上護ってもらうのは違うよ。私は、自分の足で旅したいの」


 前置きが長くなってしまったが、プリケリマの言う『護りの符を強くする』とは、ラビが自分の足で旅できなくなるということと同義なのだ。それは非常に困るし、何より嫌だ。だから、ラビはプリケリマに向けて懇々と言葉を重ねた。

 

「プリケリマの気遣いはありがたいけど、私は貴方と旅がしたいの」

「プリケリマと旅をするなら、プリケリマがラビを胃に収めたら良い」

「それは、私がしたい旅じゃない」

「違うのか」

「うん、違う」

「ふむ」

 

 深く頷いたプリケリマは、ラビを地面に降ろした。地面に足がついたと喜んだ瞬間、プリケリマの長い尾がラビの身体に甘えるように纏わりつく。 

 

「私は自分の身体で、プリケリマと旅がしたい」

「むぅ」

 

 ふわふわの尾に頬を寄せながらラビは口を開いた。はっきりと自分の意思を示すラビの声に応えるように、唸るような音が脳内に響く。脳が地震にあったみたいにぐらぐら揺れてるなと思いながら、ラビはプリケリマの大きな体にぽすりと背を預けた。プリケリマの大きな体はふわふわの毛で覆われていて、とても気持ちが良い。

 あたたかいし、ふわふわだし、このまま眠っちゃいそうだ。極上のふわふわに、ラビの瞼がくっつきそうになっていると、プリケリマの深い音がラビを起こした。

  

「しかし……、人の子は弱い」


 心なしかしょんぼりとした声音がラビの心を揺らす。プリケリマは納得はしていないが、ラビの言葉を理解しようとしたのだろう。おそらく完全にラビとプリケリマが分かり合えることはないが、幸運なことにプリケリマはラビの言葉や気持ちを大切にし、プリケリマなりに理解しようとしてくれている。そんなプリケリマの優しさがくすぐったくて、ラビは思わず笑顔を浮かべた。

 心があたたかくなってニコニコしていると、ラビが喜んでいる色を感じたのかプリケリマが更にしょんぼりと悲し気に項垂れた。その姿を見て焦ったラビはふにゃりと緩んでしまった口角を引き締めながら、キリッと眉毛を上げて宣言した。

 

「気を付けます!」

 

 宣言と共に、ラビは全力でプリケリマに抱きつく。ふわふわでもふもふの身体はとっても気持ちが良い。未だ納得していないような唸り声は脳に響くが、長い尾がラビの頭を優しく撫でるので、ひとまずラビを胃に収めることは諦めたのだろう。ほっと息をついたラビは、感謝の気持ちを込めてプリケリマの身体を撫でる。

 

「ありがとう、プリケリマ」

 

 ラビにとっては絶対に嫌なことだとはいえ、プリケリマにとっては善意の提案なのだ。常識の違いがあるだけで、ラビを大切に慮ってくれた心に違いはない。

 嬉しいなぁと思いながら大きな身体をもふもふと撫でていると、ぷわっと言う音と共に小さな毛玉が飛び出して来た。

 

「アグノーストス!」

 

 ラビの手に乗るくらいの小さな毛玉が、ふわふわとラビの目の前に浮かぶ。もう一人の相棒は、身体を赤く染めながらラビを煽っている。そんなアグノーストスの姿を見て、ラビは屈辱にまみれながら唸るように口を開いた。

 

「気を付けます……!」


 アグノーストスはプリケリマと違い人語を操れない代わりに、その身体の色を変えてラビに感情を伝えてくれるのだ。アグノーストスの本来の体の色は白色だか、今は赤色——大爆笑の色だ。キラキラと輝く小さな眼に愉悦を浮かべながら、アグノーストスはふわふわくるりとラビの周りを回った。

 目の前で繰り広げられる爆笑の踊りを遺憾に思いながら、ラビは気分を切り替えるように大きな声をあげた。

 

「星喰いの森、想像してた以上に綺麗な場所だね!」

「この森では夢を見るな。夢中になるな。これだけは、ゆめゆめ忘れてはならぬ」

 

 にこにこ笑いながら言った言葉にすぐさま返ってきたのは、プリケリマのダジャレのような忠言だ。その言葉に、さらにアグノーストスの爆笑ダンスが激しくなる。笑いすぎて、もはや震えているのではないかと思うほどの爆笑にラビの眉間のシワが深くなる。アグノーストスはそんなラビを見て、ついにラビの周りで踊ることすらできなくなったらしい。

 単なる震える毛玉と化したアグノーストスを両手で捕まえながら、ラビは「それって、ダジャレ?」とプリケリマに突っ込みを入れた。

「ダジャレではない」と律儀に訂正を入れたプリケリマは、大きくため息をついてラビを背中に乗せた。プリケリマの大きな背に乗せられたラビは、首元に移動してプリケリマの頭を撫でる。満足そうな唸り声を響かせたプリケリマと、肩の上で楽しそうに黄色や橙色に色を変えるアグノーストスを見て、ラビも小さく笑いをこぼした。

 三つの笑い声——正確に言えば一人だけの笑い声に共鳴するように、目の前に広がる星喰いの森の樹々が揺れる。ふるふると震えさざめく樹々の葉が奏でる音が、シャラシャラとラビの脳内を舐めた。

 シャラシャラ、ジャラジャラ、ガチャガチャ、ガチャンガチャン。

 次第に大きく響いていく音は、まるでラビたちを威嚇しているようである。先ほどと同じく幻想的で美しい光景だが、奏でる音が違うと全く印象が違う。ほんのりとした恐怖を背筋に感じていると、星喰いの森の威嚇なんて全く気にしていないような泰然とした音が脳をなだめた。

 

「さて、そろそろ行くぞ」

 

 プリケリマの出発の合図は、いつもと変わらず平坦な音だ。目の前の美しくも恐ろしい光景なんて全く気にしていない態度がいつも通りすぎて、ラビは思わず笑みをこぼした。

 

「うん!」

 

 プリケリマとアグノーストスがいれば、大丈夫。大好きなふわふわにぎゅっと抱きつきながら、ラビは大きく頷いた。

 ラビの返事を聞いたプリケリマは、尾をラビの身体に巻き付けて、ラビの身体を地面にそっと降ろした。「自分の足で旅をしたい」と言ったラビの言葉を大切にしてくれているプリケリマの気遣いに、ラビの笑顔がさらに深まった。

 小さくお礼を言いながら、ラビの頭を撫でる尾を撫で返す。俺も撫でろと言わんばかりに跳ねたアグノーストスを撫でて、肩に乗せる。

 そしてラビは、きらめく森に大きく一歩踏み出した。

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