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第二話 茹る偽善者

 門についた。

  

「おっと、今日はたくさん拾えたかい、ドブガエル君?」


 にやにやと笑いながら門番が話しかけてきた。レンはわけあって周囲からカエルと呼ばれている。カエルというだけでも十分すぎるほどに屈辱的な通り名だったが、レンを特に馬鹿にしている連中はさらにドブという枕をつけてレンをからかっている。レンがスライム拾いばかりして臭うことを揶揄しているのだ。

 

 「判子お願いします。」


 レンは軽口には取り合わず、通行証を門番に渡した。悔しいが、言い返したところで不利益を被るだけなのは身に染みて知っていた。


 門番はつまらなさそうに判を押す。


 「通れ。」


 門をくぐる。城下町は人が行き交い、賑やかだった。その喧騒に釣られるようにして心を奮い立たせたレンは、スライムを売るために歩き出した。


 スライムを売却してはした金を受けとった後、レンは公衆浴場に来ていた。


 体についた汚れを持参した硬いブラシでこれでもかとこそぎ落とした後、レンはゆっくりと湯につかった。


 ここ王都は、風呂文化が発達している。


 源泉がある場所に王都ができたのか、王都ができてから源泉が見つかったのかは定かではないが、とにかく王都にはそれはそれは立派な温泉がある。放っておいても無限に湧き出てくるそれは貴族などにも独占されず、こうして下々のものまでいつでも風呂に入ることができている。


 湯を両手ですくいあげ、レンは顔を洗った。熱い湯が顔にできた細かな傷に沁みるのが心地よい。


 「あー。」


 帰り道に無理やりひねり出したものとは違う、体の底から滲み出るような声を自らの耳で捉えながら、レンは次に受ける依頼のことを考えていた。


 今回のスライム拾いで得た給金は銀貨十五枚。これまでに稼いだ額と合わせて銀貨百二十枚、つまり金貨十二枚分となった。借りている宿のひと月の家賃は金貨二枚であるので、残りの十枚分を冒険の準備資金に回すことができる。レンの受ける規模の依頼の準備資金としては十分な額であった。


 レンは、口が浸かるぎりぎりまで湯に沈み込む。


 これまでに受けてきた依頼は、割に合わないものが多かった。稼ぎの良いものや貴族へのアピールになる依頼はクランが全て持っていくというのもあったが、それ以上にレンが割に合わないものをわざわざ選んで受けてきたからだ。


 割に合わない依頼の奥には、本当に困っている人がいる。


 うだつの上がらないレンが自らを冒険者と名乗るために大切にしている信条である。


 水面に目線を合わせ、立ち上る湯気を見つめる。


 冒険者として大成し大金を手に入れることなんて、レンはとっくに諦めていた。ただ、冒険者、そして一人の人間として、恥ずかしいことはしたくなかった。


 もはやそれは意地のようなものだった。

 自分を見下すような奴と同類にはなりたくない。それだけがレンが毎日身を粉にして働く理由だった。


 「あー。あーあ。」


 声が寂しく湯気に吸い込まれていく。

 

 風呂にいるのはレン一人で、辺りはひどく静かだった。


 金貨十枚。必死に働いて貯めたお金で人のためになることをする。自分は立派なことをしているんだと、そう思っている一方で、世界に、いや、王都にさえ何の影響も与えられていないということをレンはわかっていた。


 役立たずで口減らしにあった身である。どれほど体に鞭打って働いたところで大したことは成せない。


 最近、虚しさのようなものをレンは強く感じるようになっていた。


 レンが王都に出てきたのは十五の時で、もう五年も前のことだ。先日スライムを拾いながら誕生日を迎えたレンはもう二十歳だ。村でいたなら妻子を設け、自警団や寄り合いの運営の中心となってくる歳である。

 今の自分には、妻子どころか友人もいない。


 立派な仕事といったって、所詮は何の訓練設けていない若造が一人でこなせるものがせいぜいだ。依頼人に感謝されること以上に、憐れみと軽蔑の目線を向けられることの方が多かった。


 自分のことを馬鹿にしてくる門番や他の冒険者たちに対しての憤りは確かにあるが、その評価についてはもっともだとレンは思っている。


 自分は情けない。門番やクランの冒険者たちの方が余程世のため人のためになっている。

 門番はどう考えても欠かせない仕事であるし、クランが受けるような実入りの良い依頼も、稼いだ金を宿屋や食堂に落とすことで多くの人のためになっている。確かに貴族や商人だけが私腹を肥やしているという側面はあるが、彼らが贅沢をすることで潤う人々は大勢いるのだ。


 そんな、ぼんやりとした世の中の仕組みのようなものに、レンは気付き始めていた。

 ただ、納得はいかなかった。どうして自分を馬鹿にしている奴らが自分よりも立派なのか。


 考えても答えは出ない。


 レンは湯の中に深く沈み込む。熱を持った液体が耳の中に入ってきて。全身を包む。

 余計なことは考えないようにしよう。


 結局、お金を貯めて依頼を受ける以外に生きる術はないのだ。


 どうせ帰る当ての無い人生である。行くところまで行ってやろうと、風呂に入ると毎回たどり着く結論に達したレンは、勢いよく立ち上がった。


 立ち上がると頭に血が上ってくらくらと視界が揺れる。


 レンは、情けない自分は大嫌いだが、毎回のぼせるまで考え込む自分のことはほんの少し好きだった。


 「次に受ける依頼は、森の主に攫われた貧民街の少女の救出だ。」


 開ききった喉で口に出す。


 人とあまり話さない分、レンはふとした時に独り言が出る。


 王都に来たばかりの、燃え上がるような情熱はもうレンの中にはなかったが、風呂の湯なんかには負けない程度の熱い想いは、まだレンの胸の中にしっかりと灯っていた。

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