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第一話 スライムを拾う冒険者

 人々が行き交う活気のある王都から少し離れた山の中、みすぼらしい服にその身を包んだ黒髪の男が中腰になって辺りを窺っていた。


 男の名はレン。苗字も家名も持たぬ、ただのレンである。短く乱雑に切られた髪には土埃が付着しており、右手に握る剣の持ち手に巻かれた布は黒ずみほつれていた。


 山はそれなりに高い。レンの呼吸は浅く、吐かれる息は白かった。


 目の前の土が不自然に盛り上がる。

 

 剣を突き刺すと、土の中からくぐもった音が聞こえ、やがて止んだ。レンは、剣を使って土を掘り起こす。


 出てきたスライムを背負った籠に放り込むと、レンは再び中腰になって辺りを窺い始めた。

この一連の作業が、レンといううだつが上がらない冒険者の生活を支えていた。




 冒険者は夢のある職業である。


 火山に巣食うドラゴンを倒せば一生遊んで暮らせるだけの報酬がもらえるし、希少な魔物を生け捕りなんかにした日にはそのまま家と部下と使用人が国からもらえることもある。

 当然、富を手にした冒険者には異性が集まってくる。それは何も男に限った話ではなく、手柄を立てた女冒険者に金持ちや貴族の男が結婚を申し込むことも少なくない。


 これまでにも多くの冒険者が一夜にして莫大な財産と地位を手にしてきた。


 そんな冒険者を目指して地方から王都に出てくる若者は多い。

 しかし、現実は厳しい。冒険には金がかかる。


 ドラゴンの鱗を貫くような武器はそれ一つで家が建つほどの値段がするし、希少な魔物を生け捕りにするには途方もない設備と人手が必要である。

 したがって、冒険者には後ろ盾が必要である。要は金づるだ。貴族や商人を味方につけてかかる費用を出して貰わないことには、冒険に出かけることはできない。

 そして、多くの冒険者は後ろ盾を持たない。当然である。田舎から出てきた学のない、何の戦闘訓練もうけてない馬の骨に大金を託す馬鹿がどこにいるのかという話である。


 冒険者はギルドに所属し、クランに入る。ギルドが仲介する依頼をクランという冒険者の集まりが引き受けるのである。一人一人の冒険者は信用できなくとも、集まり、団を成すと途端にその信用性は高まる。クランのトップはどこぞの騎士団の関係者や貴族が務めることが多いのもあって、クランという組織は世間的にある程度信用されている。

 

 つまり、クランに所属していれば、冒険者はある程度信用され仕事を回され、それなりの暮らしができる。そう、クランに所属していれば。




 スライムで一杯になった籠を持って、レンは山を下りた。数にして十五匹、大漁である。

 スライムは人の糞を食らう。そのため、ありとあらゆる衛生設備で大活躍している。便所や公衆浴場の排水溝、ゴミ捨て場などに放たれ、汚物を処理するのに用いられている。

 

 スライムは、王都から少し離れた山に生える糞木という植物の根元に生息している。この糞木という植物はその名の通り大変臭い。そのためスライム拾いは誰もやりたがらない。

 底辺労働者、もといはぐれ冒険者のレンはそんな誰もやりたがらない仕事をほぼ毎日こなしていた。


 レンは、元は夢見る若者の一人であった。田舎の小さな村に生まれ、村の中では体格が良かったレンは、家族や周囲の人間に勧められるままに冒険者を目指して王都に出てきた。

 王都に出てきて、冒険者となるためにギルドで開かれる試験に参加したが、結果は散々であった。何の訓練もしていない田舎者が通用するような場ではなかった。

 

 レンはどのクランにも所属できなかった。


 「兄ちゃんも口減らしで出てきたクチかい?」


 無力に打ちひしがれていると、ある冒険者がにやにやと笑いながらレンにこんな言葉を投げかけてきた。


 聞けば、村の財政がひっ迫して食い詰めた時、図体ばかり大きくて役に立たない若者を冒険者になれと言って追い出すのは良くあることらしい。


 恥ずかしくて悔しかった。レンは、自分のことを誉めそやしていた父母、兄弟、友人たちに騙されていたことへの悲しみと、それを上回る怒りに押しつぶされそうになった。


 絶対に見返してやると思った。


 村の連中を見返すには冒険者として成功するしかないと、がむしゃらに努力した。

 しかし、どれだけ技術や知識を身に着けても、状況は好転しなかった。


 クランに所属していなければ、人生を変えるようなチャンスがある大きな依頼には参加できない。

 そして、クランは一度失敗した者にチャンスを与えるような甘い組織ではなかった。

 

 結果として、レンは毎日、糞にまみれて働いている。

 

 スライム拾いで資金を貯め、月に何度か小さな冒険に出かけるという日々を送っていた。




 レンは王都を目指して歩く。体が臭いことはわかっているが、もはやそれを感じられなくなるほどの長時間、レンの鼻は異臭にさらされていた。


 「あー。あーあー。」


 レンは絞り出すようにして声を出した。長時間、誰とも会話せずに息を止めるようにして働いていると声が出なくなる。王都に戻る際には門番とやり取りをしなければならないので、喉を開いておく必要があった。


 門番は、エリートとまではいかないが、安定した職業である。そんな職に就く彼らは、レンのようなはぐれ冒険者を殊更見下していた。


 声が上手く出なくてどもると馬鹿にされるし、どもらなくても臭いで馬鹿にされる。レンはそれが嫌だった。


 ただ、門を通らねば王都には帰れない。


 ずれかかった籠を背負い直す。夕暮れの中、王都への道をレンは歩き続けた。


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