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二つの茶碗

作者: ニコ
掲載日:2022/09/19

 やっとだ。

 やっと終わった。


 しおらしい顔の裏で私は、これからの生活に思いをはせていた。






 毎日の食事。ぶっすりとした顔で食べるうちの旦那。

 食べてくれる時はまだいい。大抵残す。そしてこう言う。


「出かけてくるわ。こんなまずい飯食えるか」


 ゴメンナサイと言うも、何も返事せず。

 あちこちアタリ散らして出かけていく。


 そんな状況を見て育ったうちの子は、幸いにも私の味方だった。

 お父さん、何でそんなこと言うのよって。



 ほかにも、アイロン当て方がなってない。ハンカチ逆だろてめえ馬鹿じゃねえのとか。

 そんなに言うんなら自分ですればいいのに。

 

 そのくせ、機嫌がいい時は私にあれこれ話しかけてくる。

 頼むからその口閉じて黙っててよ。声聞いてるだけで吐き気がしそう。

 でもその時に不愛想にしたらあとが大変だから、こっちも愛想笑い。

 ただし、少しでも向こうの意に沿わないことを言うと怒る。


 そのたびに、見えないところでため息。

 何時まで続くんだろう。


 

 何度も思った。離婚したい。

 でも、子供のことを思うと無理だった。

 子供のためにも、と私は辛抱した。子供さえ育ってくれたら。あとは……。

 いや、でも、いくら何でもこの人だっていいところがある。離婚なんて……。



「子供が大きくなったらお前と別れて若い女でも探すかな」


 冗談だよと笑ったのを見て、私の中で何かが切れた。





 そんな横暴なあの人も。

 老化には勝てなかったらしい。

 若いころやらかしたいろんな無理や女遊び。その他もろもろがたたって、あの人はあっと言う間に寝たきりになった。

 まだそんな年齢じゃないのにと周りが言うので、私は心の中でひそかに思ったもんだ。天罰だと。

 

 三下り半叩きつけて出ていってやってもよかった。

 何でそうしなかったんだろう。

 なんで。



 介護は誠心誠意したよ。

 意地悪をしてやろうと思ったけど、それをするだけの知恵が私には無かった。

 人を苛めるって、知恵がいるんだな。私には無理だった。


 誠心誠意する以外、私はやりようを知らなかった。


 たとえ、やり方が気に入らないと言ってモノを投げつけられたとしても。






 それも今日で終わる。やっと。

 弔問客の相手に疲れた私は、台所に座り込んでいた。居間の方からは、親戚たちの声や、酒とたばこの臭いが流れてくる。

「……」

 なんだか、喉が渇いた。そうだ。お茶でも入れよう。

 

 よろけた足で、私は流しの前に立つ。やかんに水を入れて火をつける。その間に引き戸から茶を出し、茶こしを用意し、茶碗を二つ出して……。


 途端に私はむせんだ。

 

 私は震える手で茶碗を一つ引き戸に戻した。




 多過ぎるやかんの水を、流しに捨てた。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  面白かったです。  結末での茶碗2つ用意して泣く場面、いいですね。 1、 何だかんだで、旦那を好きだったから2つ用意してしまい、悲しくて泣いた。 2、無意識に2つ用意するくらい、トラ…
[良い点]  最後はいい意味でどんでん返しでした。    絶対に叩きつけるかと思っていたので(*`艸´)  心って複雑ですよね。  わかりやすくもあり、わかりにくくもあり。  時には自分でさえもわか…
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