深まる疑惑
倭文子を巡る一連の事件が片付き、束の間の休みができたアケチ探偵は、ひとまず、アザブ区リュウド町にある自分の探偵事務所へと戻ってきていた。
この日、事務所にいたのは、アケチ探偵だけではない。彼の頼れる助手であるコバヤシ青年も、今日は事務所で待機していたのだ。
そして、今は、この事務所には、もう一人の新しい助手も加わっていた。それが、美しき女探偵の玉村フミヨである。彼女は、つい最近まで凶賊・魔術師によって育てられていたのだが、その後、改心して、アケチの仕事を手伝うようになった、複雑な経歴の持ち主なのだ。まだ21歳の若年だが、その才智や行動力は、コバヤシ青年にも負けないものがあった。
さて、この二人の助手を相手に、デスクについたアケチ探偵は、今まで担当していた倭文子の事件のてん末を話し合っていたのだった。情報を共有しておく事も、探偵チームの大事な業務の一つなのである。
「で、スミダ川に落ちたクモ男は、あれから見つかったのですか?」コバヤシがアケチにと尋ねた。
「いいや。あのあと、警察が水没していた奴の車を引き上げたが、中には、クモ男は乗っていなかった。運転席のドアが開いていたと言うので、完全に沈む前に、どうにか脱出したのかもしれない」と、アケチ。
「でも、あいつがスミダ川から這い上がってきたところは、誰も目撃していませんよね?」
「そうなんだ。だから、もしかすると、逃げ出すのに失敗して、そのまま溺れ死にして、川の底に沈んでいる可能性もある」
「じゃあ、今度こそ、クモ男の最期なのでしょうか」
「分からんね。とにかく、もう少し、様子を見る必要があるだろう」
「この事件は、やはり、クモ男が主犯だったのでしょうか。彼が消息不明でしたら、倭文子さんも、もう安全なのでしょうか」次に発言したのは、フミヨだった。
「それが、どうも、はっきりしない部分があるんだよ」アケチは言うのであった。
「どの辺がですか」と、コバヤシ。
「ウエノ公園で、茂くんの身代金を受け取った男がいただろう?彼は、無策にも、すぐに警察に捕まってしまった訳だが、逮捕後に、いろいろと妙な事が判明した。まず、彼の正体は、あの公園の近辺を根城にしている、ただのホームレスだった。クモ男の子分でもなかったんだよ」
「クモ男に一時的に雇われて、身代金の受け子をしたのでしょうかね?」
「それも違うみたいなんだ。警察が尋問してみたところ、この男は、なんだか、夢心地のように、ずうっとボオッとしていたそうでね。どうやら、自分が犯罪の片棒を担いだ事すら、よく分かっていなかったらしいんだ。つまり、自分の意志で雇われたのではなかったのかも知れない。むしろ、身代金を取りに来る行動も、誰かに操られて、知らぬ間に、そのような事をやらされていたような感じもする」
「催眠術?」ハッとしたように、フミヨが口にした。
「うん、恐らくね。催眠術のテクニックに、後催眠と言うものがあるだろう?何者かに催眠術をかけられて、このホームレスは、時間が経ってから、その催眠術の指示のままに、無意識に、身代金を取りに来たのかも知れない」
「その催眠術をかけたのは・・・」
「かなり見事な催眠術だ。多分、相当の腕前の術者だろう」
「私の義父・・・いや、魔術師かも知れないんですね」フミヨが、沈んだ声で言ったのだった。
「まだ断言はできないが、その確率は高いだろう。しかも、気にかかる事は、それだけじゃないんだ」
「まだ、あるのですか?」
「茂くんを誘拐したのは、ピエロの格好をした女だったと言う。その女は、こんな置き土産まで残していたんだ」
アケチは、一枚の写真を二人の助手に見せたのだった。その写真には、忠犬シグマに刺さっていたジョーカーのカードが写っていた。
「ジゴクの道化師!い、いや、妙子さんですね!」フミヨの声のテンションが上がった。
「だと思う。そうだとしたら、この事件には、魔術師と妙子さんの二人も絡んでいた事になる。だが、そもそも、この二人とクモ男は、全員が犯罪結社・暗黒星のメンバーなんだ。暗黒星そのものが、この倭文子さんの事件については、影で糸を引いていた事も考えられるだろう」
「何だか、話が大きくなってきましたね」と、コバヤシ。
「さらに、まだまだ、引っかかる部分があるんだよ。今回の事件の被害者である畑柳親子なのだが、彼らは、あの半グレ組織の元締め・畑柳庄蔵の実の家族なんだ。庄蔵は、刑務所に収監されていたが、こないだ、獄死したばかりだった。その死体は、刑務所の外に運び出した際に、暗黒星によって強奪されている」
「ええ?じゃあ、こちらにも暗黒星の影が?」
「庄蔵は実際には死んでいなかったのではないとも言われているのだが、その後、正式に、生きた庄蔵の姿を見た者はいない。この件はずっとウヤムヤになっていたが、今回の事件で、ちょっと気にかかる証言もあってね」
「それは?」
「誘拐された茂くんが、監禁されていた場所でお父さんに会ったと話しているんだ」
「畑柳庄蔵にですか?」
「そう。もちろん、6歳の子供の話だから、ただの勘違いだったと言う事も考えられるが。しかし、もし、これが真実だったら、ちょっと今回の事件の見方も変わってくるだろう?」
「ですね」
「あと、各所で目撃されている『唇のない男』の話は、君たちは聞いているかい?」
「何ですか、それは?」
「死人、と言うか、骸骨のような顔をした人物が、ここ最近、あちこちに出没しているんだ。何者なのかは、よく分かっていないが、あまりに目撃報告が多いものだから、警察では『唇のない男』と呼んで、今、マークしている。僕も、この怪人の噂は、出張先のニッコウで耳にしたよ」
「ガイコツの怪人と言えば、以前、ニジュウ面相が骸骨に化けていた事がありましたけど」コバヤシが何げなく指摘した。
「多分、今度の骸骨男はニジュウ面相の変装とも別だろう。ニジュウ面相ならば、せっかく化けたんだったら、もっと派手なパフォーマンスをするはずだからね。この度の事件は、とにかく、怪しい部分が多すぎる。まだしばらくは、用心はしていた方がいいのかも知れない」
アケチは、ふうっと息をついて、話を締めくくったのだった。皆が喋るのをヤメて、事務所は、やや重い空気に包まれたのである。
そんな時、デスクの上にあった電話が、いきなり鳴り響いた。コバヤシが、すぐさま受話器を取った。
「はい、こちら、アケチ探偵事務所。はい、コバヤシは、ぼくですけど・・・。え、なに?何だって!」
応対していたコバヤシの対応と表情が、みるみる変わっていった。
「何があったんだい、コバヤシくん?」アケチが、すかさず、コバヤシに尋ねた。
「少年探偵団からの電話連絡でした。団員の一人、小泉信雄くんが黄金仮面らしき人物を見つけて、今、尾行しているのだそうです」コバヤシは、電話を切らずに、アケチに報告した。
このアケチ探偵事務所では、優秀で有望な子供たちを集めて、少年探偵団を開設し、運営していた。(「名探偵異聞 アケチ大戦争<少年探偵団編>」を参照のこと)アケチは、この子供たちに、都市伝説の黄金仮面の情報を収集するようにと課題を出していたのだが、どうやら、その黄金仮面が現われたらしいのだ。
「黄金仮面だと!性懲りもなく、また出没したか!」アケチがうそぶいた。
「それが、先生。今回の黄金仮面は、ちょっと勝手が違うらしいのです」と、困惑ぎみに、コバヤシ。
「え?どんな風に?」
「黄金の仮面ではなくて、銀仮面だと言うのです」
「何だって?」アケチも、怪訝そうな表情になったのだった。




