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コゴロー対クモ男

 岡田の正体も、クモ男だったかも知れない。だが、忍者みたいに、この天井にピタリと張り付いて、身を潜めていた男も、この演出パフォーマンスだけだと、十分に、立派な蜘蛛男なのだ。

 この天井の蜘蛛男は、その存在を明かしてしまうと、バッと天井から飛び降りた。そして、倭文子の手前の位置の床に下り、彼女をかばう盾となったのである。

「貴様、何者だ!」ステッキの先を突きつけて、クモ男が怒鳴った。

「やだなあ。この声を聞いて、まだ分からないのかよ。俺だよ、俺。アケチだ。お前の宿敵のアケチコゴロウだよ」第二の蜘蛛男は、小バカにするように名乗ったのだった。

 そうなのだ。確かに、この男は、その声にせよ、その容姿にせよ、我らが名探偵アケチコゴロウだったのである。この場に光源があって、顔もはっきりと見えていたのならば、その事はより明白に分かったであろう。

「アケチさん!」倭文子が、ようやく、嬉しそうな声を発した。

「ア、アケチだと?なぜ、貴様がここに居るのだ?」クモ男が、困惑しながら、訊いてきた。

「この畑柳夫人は、前から、俺の顧客の一人だったんだよ。今回の茂くん誘拐事件も、きっと、裏があるのだろうと睨んで、俺は、警察とは別行動をとって、この事件を探っていた。そしたら、バッチリ読みが当たったのさ」

「どうして、オレが、この秘密のアジトにやって来ると分かった?」

「簡単な推理だ。すでにバレてしまった隠れ家なんて、犯人は二度と使わないと、普通だったら考えるだろう?でも、この誘拐事件の犯人ホシは、かなりクセのある知能犯だ。よって、警察や我々の裏をかくかも知れないと疑ったのさ。すると、見事に図星だった訳だ」

 ここまで完璧に見破られてしまったのでは、クモ男としても、もはや、言い返す言葉もないのである。

「貴様は脅迫に怯えて、すっかり事務所に閉じ篭っていたと思ったのだが」クモ男はぼやいた。

「バカめ。あんな脅迫なんかで、ほんとに、俺が大人しくなると思っていたのかよ」

「じゃあ、今までは、わざと脅迫に屈したフリをして、オレたちを安心させ、泳がせていたと言う事か?」

「まあ、そんなところだな。ふふふ。お前もさ、俺の苦労を察してくれよ。この空き家は、よい隠れ場所が無かったものだから、俺は、かれこれ1時間も天井にへばりついて、お前の来場を待っていたんだぜ。今度は、俺の努力にも報いてくれよ。お前のことは、ここでふん捕まえて、もう一度、ブタ小屋に送ってやる。覚悟をしておけ!それから、言わないでも分かっているかも知れないが、今の俺は、アケチ探偵じゃなくて、第二体質のコゴローの方だ。コゴローの体力じゃなければ、天井なんかに1時間も貼り付いていられないからな」

 我らがアケチ探偵は、二重体質者であり、頭脳明晰のアケチ以外に、体力パワー重視のコゴローにも変身する事ができるのだ。そして、今のアケチは、この戦闘モードのコゴローの方らしいのである。

「畜生!こうなったら、オレも堂々と貴様と戦ってやる!そして、今宵こそは、貴様を地獄に突き落としてやるのだ」怒り狂って、ぶちキレたのか、クモ男も怒鳴り散らしたのだった。

「そうこなくちゃな。さあ、来い!勝負だ、クモ男!」ここで、コゴローは倭文子の方にも目を向けた。「あんたは、早く、ここから逃げて!こいつの仲間は、この近くには居なかったはずだ。急げば、必ず逃げられるよ。ほら、ここは俺に任せて!」

「は、はい。分かりました」安堵しながら、倭文子は答えたのだった。

 彼女は、コゴローに言われた通りに、速やかに、この部屋から逃げ出した。コゴローが、盾となって、立ち塞がっていたものだから、クモ男には、倭文子を追う事はできなかったのである。

「アケチめ!どこまでも、オレの邪魔をする気なのか!そんな事、もう二度とできないように、ここで引導を渡してやるわ!オレの真の実力を見せてくれる!」

 クモ男はわめきながら、まっすぐにステッキを構えた。先ほどまでの足の悪そうな様子も、まるで見受けられないのである。足を患っているかのようだったのも、彼の演技の一つだったのだ。

「コゴローめ、行くぞ!」

 クモ男の怒鳴り声とともに、いきなり、バトルは始まった。

 クモ男のステッキの先からは、不意打ちのように、束になった糸のようなものが噴き出したのだ。まさに、蜘蛛の糸だった。その怪しい糸は、コゴローめがけて、飛んでいったのである。

 しかし、コゴローもさるもので、降り注いでくる敵の糸を軽く避けてしまったのだった。こんな暗闇の中でも、敵の攻撃を回避できるとは、素晴らしい反射神経と動体視力なのである。

 最初の攻撃が失敗に終わっても、クモ男は、そう簡単に諦めたりはしなかった。彼は、ちょこまかと動き回るコゴローの方めがけて、次々に、ステッキの先から出る糸を発射したのだ。

 コゴローは、そうした敵の攻撃を、片っ端から、かわしてしまった。この運動神経の化け物は、こんな視界の悪い状態でも、ぜんぜんハンディなく、昼間のバトルみたいに、戦えるみたいなのだ。

 クモ男も、さすがに、コゴローのことを糸で絡め取り、捕獲するのは難しそうだと理解したのだった。彼は、すぐさま、攻撃方法を切り変えた。

「糸がダメなら、お次は蜘蛛の毒針だ!死の猛毒を喰らえ!」

 そう叫びながら、クモ男は、今度は、ステッキを持っていない方の手に、何本もの、小さな毒針を出現させたのだった。それを、手裏剣の要領で、コゴローめがけて、投げつけたのだ。

 しかし、この戦術もまた、コゴローには、まるで効かなかったのだった。糸よりも、はるかに早い攻撃だったにも関わらず、この毒針手裏剣も、コゴローは容易く避けてしまったのである。

 焦りながら、クモ男も、何度も何度も、毒針をコゴローへと投げつけた。

 ついに、針がコゴローに刺さった!かと思いきや、コゴローは、いつの間にか、木の板を持っていた。わざと、毒針をこの板にと当てさせて、クモ男の油断を誘ったのである。

 クモ男の攻撃が、一瞬、ゆるんだ。その隙に、コゴローは猛烈なダッシュで、クモ男の目前に接近したのだった。

 ついに、コゴローがクモ男をぶん殴った!豪腕のコゴローにぶたれたものだから、さしものクモ男も、思いっきり、よろめいたのだった。そこに、なおもコゴローのパンチが、何発も飛んできた。

「く、くそう!」

 クモ男も、毒針を持ったままのゲンコツで、必死にコゴローを殴り返そうとするものの、全ては空振りに終わってしまうのである。

 クモ男は、よろめきながら、体の向きを変えると、とうとう逃げ始めた。これ以上、コゴローにボコられたら、本当にノックアウトさせられて、そのまま捕まってしまう、と判断したのである。勝ち目がなければ、早々に切り上げて、さっさと逃走してしまうのも、賢い戦略なのだ。

「この野郎!逃げる気か!」そう怒鳴りながら、コゴローは、もちろん、クモ男のあとを追いかけた。

 これが長距離の追い掛けっこならば、体力で勝るコゴローが、どうにか、クモ男に追いついて、彼を捕獲できていたかもしれない。しかし、この場所は暗くて、視野が良くない上に、部屋から部屋へと移動する障害物競走のような状態だった。そして、クモ男の逃走先とは、この廃屋のすぐ外にあった自分の車だったのである。

 コゴローは、頑張って追ったものの、ついに、クモ男を取り逃してしまったのだった。

 クモ男は、コゴローに捕まる前に、まんまと車の元にたどり着き、その車に乗って、急いで逃げ出したのだ。

「ちっきしょう!」猛スピードで去っていくクモ男の車を見送りながら、その場に置き去りにされてしまったコゴローは、悔しそうに、言い放った。

 だが、その直後である。

 いきなり、一台の小型の乗用車が走ってきて、コゴローの目の前でピタリと停車したのだ。

「アケチ先生。早く乗ってください!どうやら、ちょうど間に合ったみたいですね」その乗用車の運転席から顔を出した青年が、爽やかに、コゴローに声を掛けたのであった。

 この青年こそは、アケチ探偵の優秀なる一番弟子、コバヤシヨシオなのである。

「おお、でかしたぞ、ヨシオ!早速だが、今逃げていった車を追ってくれ!」コゴローも、弟子のベストな登場に気を良くしながら、すぐさま、その車に飛び乗ったのだった。

「その口調。さては、今の先生はコゴローさんの方ですね。ガッテン承知の助でーす!」と、コバヤシも、ついつい、相手の気性に合わせて、江戸っ子言葉になるのである。

 彼の運転する車は、すぐに走り出して、たちまち、2台の車のカーチェイスが始まったのだった。

「それにしても、なんで、こんなタイミングよく、ここに来た?」車中のコゴローがコバヤシに訊いた。

「畑柳夫人から、助けを求める電話が、ほんのさっき、うちの探偵事務所にと掛かって来たんですよ。それで、急いで、このレンタカーを借りて、この場所に駆けつけたのです」コバヤシは答えた。

「で、畑柳夫人は?」

「近場の交番に保護してもらったそうです」

「よし、それなら、もう安心だな」

 コゴローも大変に満足げなのである。あとは、現行犯のクモ男を取り押さえるだけなのだ。

 クモ男が乗った車は、アオヤマを出発して、東の方へと走っていた。そのまま真っ直ぐ進めば、スミダ川に突き当たるのである。目前に大きな川が広がれば、逃亡ルートを塞ぐのも、より容易になると言うものなのだ。

 コゴローの車は、ピタリと後ろについて、クモ男の車を追い掛けていた。途中、一度も目を離したりはしなかった。よって、その車にクモ男は確実に乗っていたはずなのだ。隙をついて、クモ男が車外に逃げていたような事は絶対に無かったのである。

 クモ男の車は、ばんばんスピードを出して、走っていた。真夜中だったので、さいわい、他に道路を走っている車は少なかったが、それでも、クモ男の車は、スピード違反や信号無視を繰り返して、逃走していたのだ。コゴローの乗った車も、やむなく、相手の車に合わせて、爆走していたのだった。

 もうじき、スミダ川の河川敷だった。このまま直進しただけでは、うまく橋には到着しないのだ。と言っても、警察の方にも連絡が入っていただろうから、スミダ川の近辺の橋はすでに封鎖されており、どっちにしろ、クモ男の車は、川の向こうまで逃げ切る事はできなかったに違いあるまい。

 いよいよ、クモ男の逃走車も追い込まれたのだ。果たして、クモ男は、このピンチを、どう切り抜ける気なのであろうか。

 そして、ここで、彼は、皆の想像していなかった手段に出たのだった。

 もはや、スミダ川は目前であった。暴走するクモ男の車は、スミダ川の河川敷の直前まで来てしまったのだ。しかし、クモ男は、車のスピードを落とさなかった。彼の車は、勢いよく、そのまま、川の方へと突っ込んでいったのだ。その車は、河川敷を通り越し、一直線に川の中へと飛び込んでしまったのだった。その途中、クモ男が急いで車の外へ飛び出して逃げたようにも見えなかった。

 クモ男の車は、激しい水しぶきを上げて、広いスミダ川の最中さなかに落ちていった。ゴボゴボと泡を立てて、明らかに、車は川の底へと沈んでいったのである。

 アケチの乗っていた車の方は、河川敷の手前で、きちんと急停車していた。中からは、すぐにコゴローとコバヤシが飛び出したのである。二人は、どうする事もできずに、川の方を見ながら、突っ立っていた。水没したクモ男を救助に行きたくても、こんな真っ暗な深夜に入水するのは、さすがのコゴローでも危険なのだ。

 ぼう然とする二人に見守られながら、クモ男は、車ごと、スミダ川の中に消えていったのだった。

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