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アトリエの怪

 やたらと冷たい風が吹いている一日であった。その日の昼間、アケチ探偵は、トーキョー都内でもヨヨギ区の西側の淋しい郊外にと建っていた、ある一軒家にと訪れていたのである。

 彼の横には、いつもの助手のコバヤシ青年ではなく、渋いムードの、コート姿の中年男が立っていた。だが、彼こそは、捜査第一課でも敏腕ぶりで知られていたツネカワ警部だったのだ。この警部とアケチは、過去にも何度か共闘した事があって、旧知の間柄だったのである。

 アケチは、先日、ニッコウから帰京したばかりだった。湖畔亭で起きた事件の方も一区切りついたので、合間を縫って、しず子からの依頼にも、ちょっと着手する事にした訳である。

 この謎の一軒家は、実は、あの入水自殺したと思われた岡田道彦が使っていたアトリエなのであった。しず子が、たまたま、岡田から貰った彼の名刺を持っていたものだから、そこに書かれていた住所を頼りにして、この場所を探し当てる事ができたのである。

「ツネカワさん。協力していただけて、助かりましたよ。これで、僕も、コソコソ、不法侵入しないでも済みました」アケチは、トレードマークである自分のモジャモジャ頭を掻きながら、言った。

「いや。礼には及ばんよ。元々、ニッコウの支署からも、このアトリエを調査したいと言う相談は受けていたのだ。しかし、捜査令状が取れるだけの口実も見つからないし、困っていたところだった。そこで、アケチくん、君が、岡田の代理人のフリをしてくれる事になったから、堂々と、この家にも入れる事になったのだ」ツネカワも、笑って、言葉を返したのだった。

「例の入水自殺の騒動に絡んだ取り調べですね」

「そうだ。遺書が見つかっただけでは、自殺だとは確定できないので、あの岡田の遺書は、真偽も分からぬまま、ずっと放ったらかしの状態になっていた。こうして、彼の住居の中を調べる事が出来れば、もう少し、何かがハッキリ分かるだろう」

 そう語りながら、ツネカワは、万能キーを、この一軒家アトリエの玄関の鍵穴に突っ込んだのだった。錠は簡単に外れてしまった。

「見たところ、この鍵は、長い間、しまっていたみたいですね」と、アケチ。

「うむ。岡田は、このアトリエに、しばらく戻っていなかったのだろうか。だとすれば、彼が自殺したと言うのは事実なのか」

「とにかく、中に入ってみましょう」

 二人は、一軒家の中に踏み入った。

 そこは、一部屋しかない、広場のような室内だった。天井は高く、丸天井になっているのだ。生活臭は全く無く、完全な作業場なのである。

 岡田の職業は彫刻家だったらしいが、その話にふさわしく、この部屋の一面に、大なり小なりの石膏の彫刻物が置かれていた。もっとも、そのどれもが、さほど素晴らしい出来ではないのである。それらを簡単に見渡して、アケチもツネカワも、つい苦笑したのだった。

「なるほど。岡田道彦なんて彫刻家の名前を、これまで聞いた事がなかったのも頷けますね」アケチは言った。

「だが、本人は、いっぱしの芸術家のつもりだったのだろう。ほら、部屋の中央には、なかなかの大作も飾っておるようだぞ」

 警部が言うとおり、部屋のど真ん中には、ひときわ大きな石膏像も置かれていたのだった。

 それは、三人組の等身大の女性を形作ったものなのだ。一糸まとわぬ裸婦像である。彼女らが、それぞれのポーズを決めて、寄り添って、立っているのだ。大きいからばかりではなく、妙に目につく石膏像なのだった。

「この裸婦像、かなりの力作ですね」アケチは言った。

「他の石膏像と比べると、段違いの完成度だな。この裸体のラインとか、異常なリアルさだ。このレベルの作品を作れるのならば、確かに、芸術家と名乗っても良いかも知れんな。さしずめ、この像にタイトルをつけるならば、『三女神像』と言ったところか」

「にしても、なぜ、この裸婦像ばかりが傑出の出来なのでしょうね?」

 ここで、アケチは顔をしかめ、小さく唸ったのだった。

「どうしたのだね、アケチくん」

「女神と呼ぶには、この三人の裸婦の顔は、あまりにも凡庸ですね。これほどリアルな女体ヌードが作れるのでしたら、顔だって、理想的な美人にしても良かったものを。これって、ひょっとすると・・・」

 鋭い顔つきになったアケチが、近くの床に転がっていた小づちを手に取った。

「な、何をするのかね?」

 ツネカワはハッとしたが、アケチの行動は早く、とめる暇もなかった。アケチは、いきなり、手にした小づちで、裸婦像の一体の足をガンガンと強く叩き出したのである。

「君!そんな事をしたら、いくら相手が自殺していたとしても、器物破損罪になるぞ」ツネカワは、うろたえながら、アケチに注意した。

「警部。これを見ても、そう思いますか?」アケチが、きつい口調で言い返した。

 アケチが叩いた石膏の一部分は、すでに割れてしまい、表面の石膏が砕けて、こぼれ落ちていた。そして、石膏像の内部の芯に使われていたものも露出してしまっていたのである。

 その芯とは、針金でも木片でもなかった。赤っぽい色をした、何やら柔らかそうな、太い棒状のものなのである。

「こ、これは?」ツネカワがおののく。

 アケチは、その不気味な芯の匂いを嗅いでみた。

「ああ、やっぱり。防腐処理が雑なので、すでに臭い出しています。これは、動物の肉ですよ。恐らくは、人間の死骸です」

「なんだって!」

 確信を得たアケチは、勢いよく、石膏像の顔のあたりも、小づちで叩き出した。すると、顔のあたりの石膏も剥がれ出し、その奥からは、無表情な女の顔がはっきりと出てきたのだった。その顔は、明らかに死んでいる。

「うわっ!」と、思わず、ツネカワは声を上げた。

「ほら、案の定だ。この石膏像を壊せば、それぞれから、女性の死体が丸ごと出てくるんじゃないかと思います。これらの石膏像は、本物の人間の上に肉付けしたから、こんなにもリアルだったのです」アケチは言った。

「お、恐ろしい話だ。岡田という男は、影では、こんな狂った事もしていたのか」

「これらの死体をどうやって手に入れたかは分かりませんが、仮に、岡田自身が殺した訳ではなくても、このように死体を弄んだだけでも、十分に罪が問われるでしょう」

「アケチくん、君の大手柄だよ。すぐに部下をこの家に呼び寄せて、これらの死体を回収する事にしよう。その上で、これらの女性の身元を調べる事にする」

 さすがは名探偵なのだ。アケチは、たちまち、一つの事件を探し当ててしまったのだった。しかし、彼は、まだ、なんとも不安そうな表情を浮かべていたのである。

「ツネカワさん。この犯罪の手口ですが、どうも、とても嫌な予感がします。これだけで終わってくれれば良いのですが・・・」アケチは、慎重に呟いたのだった。

 その時である。突如、このアトリエの外窓が、ガチャンと大きな音を立てて、割れたのだ。

 アケチもツネカワもハッとして、窓の方へ目を向けた。見ると、窓のそばの床には、紙に包まれた小石が落ちているのである。誰かが、外から、この石を窓にぶつけて、投げ入れたらしいのだった。

 アケチが、躊躇せずに、小石を持ち上げた。そして、小石を包んだ紙片を広げてみたのである。

「これは、脅迫状ですよ」アケチが、紙を読みながら、苦笑いした。

 その紙には、味気のないタイプ文字で、こう書かれていたのだった。


「あけちニ告グ。

 アラユル事件ノ依頼カラ、手ヲ引ケ。

 サモナケレバ、命ノ保証ハナイ。」


 それを読み、ついカッとなったツネカワは、急いで、外へ飛び出そうとした。

「ツネカワさん、無駄ですよ。今さら追い掛けても、この脅迫文を投げ入れた人物は見つからないでしょう。敵は、それも計算の上で、こんな脅しを仕掛けてきたのです」そう言って、アケチはツネカワを制止したのだった。

 ツネカワも、グッと気持ちを押さえて、踏みとどまったのである。

「現在、僕は、いくつかの案件を抱えています。どうやら、この手紙は、そのうちのどれかの犯人がよこしたものみたいですね。僕がこんな郊外の場所で捜査をしていた事まで知っているなんて、相手はかなりの強か者かも知れませんよ」アケチは言った。

「全く、不敵な野郎だ」ツネカワが憤怒した。

「もっとも、こんな脅迫なんかに僕は臆しはしませんがね」アケチも、きっぱりと言い切ったのであった。

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