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帰路の二人

 さて、浴場で不気味な怪人と遭遇してから3日後のことだった。三谷としず子の二人は、仲良く、ニッコウからトーキョーへと向かう鈍行列車にと乗り込んでいた。彼らは、目立たぬように、平凡な自由席を取り、ただの一般旅行客のように装って、向かい合う形で座席に掛けていたのである。

 これほどまでに急に、彼らがトーキョーに帰る事にした理由は、もちろん、浴場に現われた怪物男のことを警戒した為でもあったが、実際には、そのせいだけでもなかった。長らく、湯治客として、旅館内に連日で泊まり続けていた彼らへと、訳あって、宿の方からの一時的な退去のお願いが届いたのである。

 話によれば、この旅館に、近々、相当な身分の VIP が貸切で宿泊するので、その他の宿泊客については、申し訳ないが、その期間中は身を引いてほしい、と言う事だったらしい。

 当然、これは旅館側の一方的な通知だったので、宿泊客側としても、退室指示を拒否して、今まで通りに強引に泊まり続ける事も出来たのであろうが、三谷たちは、あえて、そのへんは素直に受け入れたのだった。と言うのも、あんな化け物が浴場を覗くようでは、この旅館だって大して安全だったとは思えず、それだったら、そろそろニッコウ観光も終了で良いだろう、と判断したのであった。

 それにしても、あの骸骨の怪人は何者だったのだろうか。

 三谷が収拾した噂によれば、この怪物は、最近、あの温泉旅館の近辺で、しず子以外の人間にも頻繁に目撃されていたらしい。それも、何人もの人間に。その正体も分からず、あまりにも不気味な容姿から「唇のない男」などとも呼ばれ、けっこう話題になり始めていたようなのだった。

 もっとも、三谷は、この怪人については、彼なりの見解を口にしていた。

 この怪人こそ、行方不明の岡田が扮装したものではないか、と三谷は言うのであった。もちろん、十分な根拠はない。しかし、あの異常な岡田だったら、こんな凝った嫌がらせだって思いつきかねない、と三谷は考えたようなのだった。

「私、決心しましたわ。三谷さん、あなたには、私の事を、洗いざらい、お話いたします」と、客車内のしず子は、唐突に、三谷に言った。

「ほ、本当ですか!」しず子の決意に、三谷も嬉しそうなのである。

「トーキョーへ戻ったら、私の住宅の方にも、ご招待いたします。これからも、私の良き話相手、相談相手で居てくださいますね?」

「もちろんですとも!」

「本当の私を知っても、ガッカリなさらないで下さいね」

「誰がガッカリなどしますか。今の僕は、あなただけのしもべです。岡田のやつが、いかなる嫌がらせを仕掛けてこようとも、僕が必ず、あなたを守ってみせますとも」

「その事なのですか・・・」

「はあ?」

「本当のことを言いますと、私、岡田さんと知り合う以前から、何者かに見られ続けているような、漠然とした感じを、ずっと抱いていたのです」

「何ですって?一体、誰に?」

「分かりません。しかし、あの化け物のような男に覗き見されてみて、その不安も一気に確信に変わりました。やはり、私は、以前から、ずっと誰かに狙われていたのです。もしかすると、相手は、一人ではないかも知れません」

「あなたは、お美しい女性ひとです。確かに、ストーカーがいたとしても、まんざら、おかしな話でもないでしょう」

「だけど、確実な証拠がないので、今のところは、警察に頼る事もできないのです」

 ここで、三谷が、ニヤリと微笑んだのだった。

「しず子さん。実は、僕は、トーキョーでは、探偵業を生業としています。ちょっとした個人経営の探偵事務所ですけどね。でも、決して腕が悪いとは思っておりません。いかがでしょうか?この案件ですが、ぜひ、僕に任せてもらえませんか。いえ、探偵料などは要りません。僕は、あくまで自分の意志であなたのお力になりたいのです」

「私立探偵?そうだったのですか。だけど、そのご好意はひとまず辞退いたしますわ」

「え?どうして?」

「探偵でしたら、すでに雇いましたので」

 三谷は、すっかり驚いた表情で、しず子を見つめたのだった。

「それって、いつですか?」

「つい先ほど、湖畔亭にまだ居た時です。今日は、この旅館には、ちょうど、ある探偵さんがお忍びで招かれていたのです。どうやら、あの旅館で、何かの問題が起きていたようですね。それで、私も、たまたまですが、その探偵さんと顔合わせができたのです。私のこの悩みをさりげなく相談してみますと、その探偵さんは、快く、私からの依頼も引き受けてくれました」

「な、何者ですか、そいつは?」

「三谷さんも、きっと、ご存知の方のはずですわ。アケチコゴロウさん。ほら、世界でも有数の名探偵のアケチさんです。私は、彼に自分の悩みを担当してもらえる事になったのです」しず子は、自慢げな表情を見せたのだった。

「アケチだって!」三谷は、つい、大きな声で叫んだのであった。同じ探偵だったせいか、彼の顔には、激しい対抗心が、露骨にむき出しになっているのである。

 なのに、しず子と言えば、そんな三谷の気持ちも知らずに、ほんのり笑顔すら浮かべていたのであった。

「アケチだと。アケチねえ・・・」三谷は、顔をしかめて、そんな事をブツブツと呟き続けていた。

 さて、ここにきて、この物語エピソードでも、ようやく、我らが名探偵アケチコゴロウのご登場となった次第である。そして、本ストーリーを冒頭から読んでいた読者の皆さんであれば、しず子や唇のない男の素性も、大体、お分かりになったのではないかと思う。

 さあ、本作も、いよいよ、物語が大きく動き出したのだ。

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