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<吸血鬼編>プロローグ

吸血鬼。

それは、あの世から蘇った地獄の悪鬼のこと。

美しき未亡人・倭文子しずこをつけ狙う怪人は、

果たして、本物の吸血鬼なのだろうか?

一方で、アケチ探偵の可憐な少女助手・フミヨにも、

暗黒星の恐るべき復讐の魔の手が忍び寄る!

さあ、我らがアケチ探偵は、

この二人の美女を守り抜く事ができるのだろうか?

 炎天下のもと、一人の女性が、都内の人混みの中を、そそくさと歩いていた。歳はだいたい20代後半。服装は地味で控え気味だが、顔はとびっきりの美人なのである。すれ違った男性たちが、つい二度見してしまうほどだった。

 この美女こそは、多数の半グレ組織の黒幕スポンサーとして警察にと検挙された犯罪王・畑柳庄蔵の自慢の若妻、倭文子しずこなのだ。

 そんな彼女のあとを、影のように隠れて追っている、謎の人物の姿があった。その人物は、黒い鳥打帽をかぶって、全身を覆う黒マントを羽織り、まるで、影が立ち上がったかのような不気味な怪人なのだ。非常に目立つ格好ではあったが、倭文子がやや鈍かったせいか、この人物がずっと尾行していた事には、まだハッキリとは気付いていないようなのだった。

 そして、この怪しい人物こそが、何を隠そう、刑務所に監禁され、そのまま獄中死したとも言われていた倭文子の夫、庄蔵その人だったのだ。

 庄蔵は、決して、刑務所の中で死んではいなかった。あの悪の同盟・暗黒星に手引きしてもらって、まんまと脱獄に成功していたのである。獄中で死んだように見せかけて、その偽りの死体が刑務所の外に運び出された時、その死体を暗黒星が強奪したのだ。その後、仮死状態だった庄蔵を、暗黒星は密かに蘇生させたのである。

 このような特殊な方法の脱獄であった為、警察では、事実確認が出来ていないうちは、庄蔵のことを脱獄したとは断定せず、世間にも公表してはいなかった。その家族である倭文子にすら、彼のことは獄中死したと言う部分までしか伝わっていなかったのである。

 だから、倭文子にしてみれば、夫がまだ生きていたとはツユとも知らず、その後は、ずっと、未亡人として、喪に服していたのだった。特に頼れる親類とかも居なかったものだから、彼女は、屋敷の使用人らに支えられて、けなげにも、一人で畑柳の家を守り続けていたのである。

 さいわい、犯罪王とは言っても、庄蔵は、全ての罪が裁かれて、投獄されていた訳なのでもなかった。豪勢な邸宅や多額な財産まで差し押さえられてしまうような事にもならず、倭文子は、これまで通りの富裕層の夫人としての生活を続ける事ができたのである。むしろ、夫がいなくなってしまった分、なおさら、今までの社交界での交流などを倭文子が引き継ぐ形となり、忙しい日々を送っていたのだった。

 もっとも、これほどの美人なのである。しかも、巨額の財産を受け継いだ未亡人なのだ。彼女に目をつけ、言い寄ってくるような男は、それこそ山ほど居たのであった。彼女のそばには、常に男たちがうろついていた。それは、彼女へと、自分との再婚を迫る、あさましい狼たちなのである。

 それでも、そんな有象無象の求婚者たちを何とか退け、倭文子は、今でも後家の身を貫いていたのであった。

 さて、実際には生きていた庄蔵にしてみれば、自分の可愛い妻が他の男に奪われてしまうかもしれない今の状況は、確かに、気が気でなくて、仕方なかったのだ。だからこそ、彼は、こんな変装までして、妻の動向を、自ら乗り出して、探り続けていたのであった。

 そこまで心配なら、自分の姿を倭文子に見せて、自分がまだ生きていた事を彼女に明かせばいいのではないか、と言われる人もいるかもしれない。だが、庄蔵には、それが出来ない大きな理由があったのだ。

 今の彼は、自分の顔を、常に、鳥打帽の大きなひさしで隠していた。彼には、今の顔は、妻には絶対に見られたくなかったのである。と言うのも、彼の顔の表面の皮膚はボロボロに干からびていて、目も鼻も歯もむき出しとなってしまい、まるで骸骨のような有様になっていたからだ。

 これこそは、彼にとっての、無理強いの脱獄の代償だったのである。彼は、禁断の仮死剤であるクラーレに手を出して、飲んでしまった。おかげで、死亡したと誤診されて、刑務所の外へも運んでもらえたのだが、しかし、クラーレはまだ不完全な薬だったのである。その副作用で、彼は、こんな顔、こんな体にと変わってしまったのだった。

 今の庄蔵には、どんなに妻が恋しくても、その前で名乗る事は、間違っても、出来そうにはなかった。哀れにも、愛しい妻の姿を、このように、遠目に見守るしかなかったのである。妻のことを心から愛していた分、そんなお預けの状態が続くのは、ますます拷問だったとも言えたであろう。

 そして、彼が、こうやって見張っている、その瞬間ですらも、倭文子へ言い寄り、無神経にも求婚してくるような、無粋な輩が、あとを絶たないのだった。

 幸いにも、倭文子を完全に口説き落とすような男性は、現時点では出現していなかった。でも、このような状況が続くならば、いつかは、倭文子も陥落してしまうかもしれないのである。庄蔵にとって、それは、あまりにも辛すぎる事態だったのだ。

 愛する妻の姿を、遠くの方から、隠れて監視しながら、いつしか、庄蔵の見開いた両目からはボロボロと涙が流れ落ちたのだった。


 ここは、暗黒星のアジトであるプラネタリウム会場。暗闇の中、天空には無数の星が輝き、観客席には暗黒星のメンバーである超A級の悪人たちだけが集っていた。

 中央の投影機のそばには、いつものように、議長役のニジュウ面相が立っているのだ。しかし、今宵は、彼一人ではなく、その真横には、あの骸骨のような顔をした畑柳庄蔵も佇んでいたのだった。

 ニジュウ面相は、驚いたような口調で、庄蔵に聞き返した。

「畑柳くん、つまり、こう言う事ですか?君は、我々暗黒星に、自分の妻の殺害を依頼したいと言うのですね」

 庄蔵は静かに頷いた。

「でも、なぜ?君は、奥さんのことを、自分自身のように愛していたのでしょう?」と、ニジュウ面相。

「今の妻は、もはや、わしの手の届かない場所にいる存在だ。もし、妻がわし以外の男のモノになるようであれば、それは、わしにとっても、耐えられないような苦痛なのだ。だったら、妻が誰かに嫁いでしまう前に、いっその事、先に殺してしまった方が、はるかにマシだ」

「なるほど。そのような愛の形もあるのかもしれませんね」ニジュウ面相は、面白そうに、笑った。「畑柳くん。君には、資金面などで、我ら暗黒星の組織も、たいへん、お世話になっています。君がそれほどまで言うならば、君の依頼を、優先して引き受ける事にいたしましょう」

「どうせなら、妻のことは、最高に怖がらせてから、死なせてほしい。わしの方は、こんな化け物になってしまったのだからな。せめて、妻だって、思いっきり不幸な形で死んでくれない事には、冥土に行ってから、二人の立場が釣り合わないと言うものだ」

「分かりました。君の奥さん、倭文子さんは、たぐいまれな美人だと聞きました。その美しい顔が恐怖に歪み、犯罪史に残るような惨殺死体に変わるのは、きっと、我々にとっても、実にやりがいのある仕事だと言えましょう」

 ここで、ニジュウ面相は、観客席にいる暗黒星の仲間たちの方に顔を向けた。

「皆さんも、この依頼を引き受ける事を了解してくれますね!さあ、世の中の平凡に生きている者どもに、我々の実力を、闇の社会の真の恐怖と言うものを、たっぷりと見せつけてやろうではありませんか!」

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