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無敵探偵活劇 アケチ大戦争  作者: anurito
玉村一族編
80/169

生きていた魔術師

 その時だった。

「待てえ!そこの車!一体、そんな場所で何をしてるんだ!」そのような男の怒鳴り声が聞こえてきたのだった。

 ジゴクの道化師は、ギョッとして、声の方に顔を向けた。

 この断崖のてっぺんは、広い草原の端にとあったのだが、その草原の奥の方から、二人の男が、この崖むかって、全速力で走って、接近してきているのである。言わずもがな、アケチ探偵とコバヤシ助手の二人組だった。いや、正確には、アケチ探偵は、すでに、走っている途中でコゴローにチェンジしていた。こんな物騒な崖で起きている出来事には、きっと、コゴローのパワーでの対処が必要だろうと、とっさに判断したからである。

 彼らは、今まで、玉村邸の警護にと当たっていたのだが、ふと、フミヨの事を思い出して、自分の事務所に電話を掛けてみたのだった。ところが、留守番しているはずのフミヨが、なかなか、電話に出ない。それで、アケチたちも、賊の魔の手が、玉村家より先に、フミヨへと及んだ事に気付いたのだった。

 それからの彼らは、ナカムラ警部にも頼んで、警察にも全面協力してもらって、総力で、フミヨの行方を探したのである。目撃情報から、フミヨが怪しい車でさらわれた事が判明し、今度は、その車の行き先を、あらゆる手段で捜索する事になった。その大々的な追及のおかげで、間もなく、問題の車が、この崖に向かっていた事が分かったのだった。あとは、このように、アケチとコバヤシが、真っ先に、この崖へと駆けつけたのである。

 二人は、瞬く間に、ピエロと傾いた車のそばにまで到達した。

「お前は、こないだ、監察医務院で見かけた、謎のピエロだな!やい、フミヨさんをどこにやった?」と、コゴローはジゴクの道化師むかって、怒鳴った。

「あんたは、アケチコゴロウだな!このおおっ!あたしの事は助けてくれなかったクセして、この女の事は全力で守ろうってのかい?ふざけるなあ!」ジゴクの道化師も、コゴローに対して、敵意むき出しで、叫んだ。

 しかし、そんな彼女のことを、コゴローは力づくで突き飛ばしてしまったのだった。それから、彼は、崖の下へと目をやったのである。彼は、たちまち、落ちかけているフミヨを発見したのであった。

「フミヨさん!そんな所に!よおし、すぐに助けてやるぞ!」コゴローが大声で言った。「おい、ヨシオ!ロープを用意するんだ!」

「分かりました!」そう返事をして、コバヤシは、自分のポケットから、丸めた絹の縄を取り出したのだった。

 彼やアケチは、常日頃から、探偵の小道具として、こんな細い縄とかを持ち歩いていた。この縄などは、細い割に丈夫なので、縄ばしごにしたり、犯人を捕縛したりと、いろいろな使い方ができて、とても便利なのだ。

「コゴローさん!縄を結びつける灌木は見つけましたが、あまり頑丈そうではありません」コバヤシが、弱ったような口調で訴えた。

「だったら、縄を灌木に縛った上に、お前もガッチリと押さえていろ!俺は、これから、この縄を伝って、崖の途中にいるフミヨさんを救出に行く!」

「了解です!」

 かくて、コゴローは、宣言した通りの事を行なったのだった。すなわち、縄を崖から垂らすと、その縄に掴まりながら、崖の途中で立ち往生していたフミヨを迎えに行ったのである。全く、コゴローになった時のアケチ探偵は、勇気のかたまりで、どんな事にでも挑んでしまうのだ。

 コゴローたちが、フミヨの救助に夢中になっていた一方で、コゴローに突き飛ばされたジゴクの道化師が、ようやく、気を取り直して、立ち上がったのだった。

「おのれえ!あんたら、フミヨを助けるつもりか!そんな事、絶対にさせるもんか!」ジゴクの道化師は、つんざくような声で、叫んだ。

 そして、彼女は、断崖の上で傾いていた車を、いきなり、グラグラと、崖の斜面の方めがけて、押し始めたのだった。このまま、この車を、崖の下に叩き落とすつもりなのだ。すでに崖から半分飛び出していた車だったし、だいぶ傾いていたので、本当に、彼女一人の力でも突き落とせそうなのである。

 その様子を見て、コバヤシは驚いた。しかし、彼も、縄を支えていると言う大事な任務についていたので、まるで身動きができなかったのである。

「コゴローさん!危なーい!車が落ちてきますよ!」彼は、せめて、大声で必死に訴えた。

 その矢先、ほんとに、車は動いてしまったのだった。ジゴクの道化師の執念も加わったせいか、ついに、車は、ガラガラと音を立てて、崖の下へと落ちていったのである。

 崖の途中には、コゴローとフミヨがいた。もし、こんなデカい車が、上からぶつかってきたら、きっと、ひとたまりもないのだ。コバヤシには見えない崖の斜面からは、車が転がり落ちていく、激しい轟音が聞こてきた。

 ジゴクの道化師は、自分の勝ちを確信して、憎々しい笑顔を浮かべていた。

 ところが、次の瞬間、コゴローが、グイッと崖から這い上がってきたのだった。その手には、グッタリした状態のフミヨも抱えている。コゴローは、すんでのところで、落下してくる車の直撃をかわしてみせたのだ。

 コゴローのタフぶりと、自分の攻撃の失敗を悟って、ジゴクの道化師は、がく然としたのだった。

「この野郎!もう、許さないぞ!」崖の上にまで上りきったコゴローは、ジゴクの道化師めがけて、怒鳴った。

 その時には、ジゴクの道化師は、すでに、コゴローたちにと背を向けて、草原の方へと駆け出していた。コゴローも、フミヨの救出を終えたばかりだと言うのに、すぐさま、ジゴクの道化師のあとを追い掛けたのである。あとには、コバヤシと、衰弱しているフミヨだけが残されてしまった。

 さて、逃げるジゴクの道化師だが、なかなかの足の早さなのである。崖上りをした直後で、やや疲れているコゴローは、あと僅かの差で、追いつく事ができなかったのだ。

 やがて、二人の目の前には、木で作られた、小さな山小屋が見えてきた。草原の上には、他に、逃げ込めそうな建物は見当たらない。

 ジゴクの道化師は、迷う事なく、一直線に、その山小屋の中へ飛び込んでいったのだった。もちろん、コゴローも、その後を追って、すぐに、山小屋の中へ突入したのである。

 実に小さな山小屋であった。中には、ひと部屋しかない。部屋の中は開けっぴろげに晒されていて、どこにも隠れる事ができる場所はないのである。

 この部屋の中央に、大きなロッキングチェアーが置かれていた。その椅子に、コゴローの方には背を向けて、誰かが座っていたのだ。

「おい、ピエロ!そこに座ってやがるのか!」コゴローが怒鳴った。

 しかし、彼の予想は外れたのである。

「やあ、アケチくん。君と会うのは、これで三度めとなるね」椅子から聞こえてきたのは、男の声だった。

 その椅子が、クルリと、コゴローの方に振り返ったのだ。

 コゴローは、ハッとして、身構えた。

 と言うのも、その椅子に座っていたのは、ピエロはピエロでも、魔術師だったからである。魔術師は、ふてぶてしく、自信に満ちた態度で、その椅子の上にふんぞり返っていた。

「魔術師!生きていたのか!」と、コゴロー。

「私は死なんよ。善太郎への復讐を果たすまではな」

「だったら、俺が、今ここで、今度こそ、お前をとっ捕まえてやる!」

「おっと!これを見たまえ!」

 そう叫んで、魔術師は、椅子の影から、何者かを引きずり出した。それを見て、コゴローも、ウッと動きを止めたのだった。

 魔術師が、椅子の影から連れ出した人物とは、フミヨだったからである。フミヨは、恐怖で、ガチガチと震えていた。そんな彼女の喉に、魔術師はナイフを突き立てて、完全に人質状態にしていたのだ。

「フミヨさんを、いつの間に?」

「どうやら、形勢逆転のようだな。この娘の命を助けたければ、いっさいの抵抗はヤメてもらおう」

 いくら豪胆なコゴローでも、これでは、相手に従わざるを得なかったのだった。彼は、臨戦態勢をといた。両手も下げて、無防備な状態になったのである。

 満足げに微笑んだ魔術師が、道化服の中からピストルを取り出した。彼は、その銃口をピタリとコゴローの左胸へと定めたのだ。

「さあ、ショータイムのやり直しだ。私に二度の失敗はない。今度こそ成功だ!ショーのお題は『名探偵の死』!」

 そして、魔術師は発砲したのだった。彼の射撃の腕に狂いはない。ピストルから発射された弾丸は、一直線に、コゴローの胸へと食い込んだのである!

 憎き宿敵を、ついに打ち取った事で、魔術師は、かつてない満面の笑みを浮かべた。

 心臓を弾丸で貫かれたコゴローは、仁王立ちとなって、じっと動かなかった。さしもの怪物コゴローも、やはり凶弾には敵わなかったのだろうか。

 いや、コゴローは、少しヨロけたが、決して死んではいなかったのである。それに、弾丸が貫通したはずの彼の左胸からも、いっこうに血は噴き出てはこなかったのだった。

 魔術師も、素早く、その異常に気付いたのだ。そればかりか、当のコゴロー自身も、キョトンとしているのである。彼は、自分の服の左胸のそばへと手を突っ込んでみた。そのあと、彼が手を取り出してみると、そこからは、弾丸が突き刺さった方位磁石が出てきたのだった。

「これは、フミヨさんがくれた磁石だ。フミヨさんは、俺を二度も救ってくれたんだ」コゴローは呻いた。

 一方の魔術師はと言えば、一転して、悔しさのあまり、地獄の悪魔のような表情になってしまったのである。彼は、ピストルを再発砲する事もなく、そのピストルを、力任せに床に叩きつけてしまった。

 このピストルには、弾が一発しか入っていなかったのである。アケチを確実に一発で仕留める自信があった魔術師は、わざと、一発分の弾しか用意していなかったのだ。

「くそう!今日のところは、これで勘弁しておこう!アケチくん、また会おう!」

 魔術師は、そう捨てゼリフを吐くと、椅子からバッと立ち上がった。人質のフミヨは、片手に抱えたままである。魔術師は、フミヨを連れたまま、敏速に走り出したのだ。

 この山小屋には、もう一つの出入り口があった。魔術師は、急いで、その出口の方へ向かうと、フミヨと一緒に、その出口から飛び出してしまったのだった。その際、フミヨが、ドアに手をぶつけて、細長い何かを落としたようだったが、今のコゴローには、それはよく見えていなかった。

 コゴローも、すぐさま、その出口にまで走り寄ったのである。彼は、そこから、外を眺めた。

 車の暴走する音が聞こえるのだ。夜の暗い平原の上を、猛スピードで走り去っていくオープンカーの姿が見えたのだった。恐らく、この車に魔術師は乗っていたのであろう。いくらコゴローが俊足だとは言っても、あの車に追いつく事は無理そうなのである。

 コゴローは、その場で落胆して、一気に力が抜けてしまったのだった。

 その時、コゴローが入ってきた側の入り口から、誰かがやって来た。そちらに目を向けて、コゴローは、つい、呆気に取られてしまったのである。

 と言うのも、今やって来た人物とは、コバヤシ青年と疲弊しきったフミヨだったからだ。

「フミヨさん。魔術師に捕まっていたのでは?」驚きながら、コゴローが尋ねた。

「ぼく達は、たった今、ここに着いたばかりですよ。それよりも、怪しいピエロはどこです?逃しちゃったのですか?」不思議そうに、コバヤシが返してきた。

 彼の目が、ふと、魔術師が逃走した側の出口にと向けられたのだった。

「あれ?ここに何か落ちてますよ」

 そう言って、コバヤシは、床にあった物を拾い上げた。それは、小さな細長い物体だった。

「これは?なぜ、こんなものが?」コゴローもコバヤシも、思わず、目を丸くしたのであった。

 なぜなら、コバヤシが発見した物とは、人さし指の義指だったからである。

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