本当に殺されたのは誰?
コゴローとニジュウ面相の対決は、コゴローの完勝で終わり、姿を現わしたニジュウ面相も、再び透明人間に戻ろうとはしなかった。コゴローも、フェアーな精神を守り、そんなニジュウ面相へ、いきなり飛びかかったりはしなかったのである。
「さあ、ニジュウ面相。降参したって事は、おとなしく、自ら、俺に捕まるって事なんだよな」コゴローは、楽しそうに、ニジュウ面相に聞いた。
「おやおや。負けたと言うのは、透明怪人でのバトルの話だけですよ。このまま、逮捕までされるなんて事は、一言も言っていませんよ」と、ニジュウ面相も、笑いながら、言い返したのだった。
「諦めが悪いヤツだな。だったら、今すぐ、俺がとっ捕まえてやるまでだ」
「さあて。それが出来るでしょうかね?」
余裕で、そう告げながら、ニジュウ面相は、手に握っていたボタンらしきものを押した。
すると、途端に、この解剖室の中のあちこちで、小さな爆発音が響いたのだった。同時に、大きな煙が吹き上がり、瞬く間に、室内には煙幕が広がって、視界が閉ざされてしまったのである。
ニジュウ面相は、自分が敗れた場合も、きちんと想定していて、解剖室の中に、こんな仕掛けも施していたのだ。
「あ!この野郎!逃げるつもりか!」コゴローが、煙の中でもがきながら、怒鳴った。
「どうです。アケチくん、君の自慢の怪力で、私を捕まえてごらんなさい」ニジュウ面相の声は、おかしそうに、笑っていた。その声も、天井から聞こえてくるのである。
こうやって、大量の煙で視界を塞がれてしまったら、ニジュウ面相が透明だった時と、大して変わりはしないのだ。いや、ニジュウ面相以外のものまで見えなくなっていた分、よりタチが悪かったのである。コゴローは、手探りで、少しずつ移動するしかなく、もはや、相手を捕えるどころではなかったのであった。
「ヨシオ!そっちに奴が行くぞ!逃すなよ!」と、コゴローが大声を張り上げた。
「は、はい!」返事をしたコバヤシもまた、周囲が見えなくて、すっかり戸惑っていたのだった。
その矢先に、コバヤシは、ニジュウ面相の強力なタックルを食らわされたのである。
「うわっ!」と叫んで、コバヤシはひっくり返った。
彼だって、相手の姿が見えていれば、もう少し、踏ん張れたのかもしれないが、この視界の悪さで、不意を突かれて襲われたら、さすがに対応しきれなかったのである。
「馬鹿、ヨシオ!何やってやがるんだ!」やや遅れてから、コバヤシのそばにまで到着したコゴローが、コバヤシを叱りつけた。
「すみません、先生。ニジュウ面相は、外へ逃げちゃったみたいです。早く追った方がいいのでは?」
「おっと。そうだったな」
二人は、出入り口をくぐって、急いで、解剖室の外へ出たのだった。
しかし、僅かに遅れたのが、十分に致命的だったのである。廊下には、すでに誰の人影も見当たらなかった。
「よし、追うぞ!」コゴローが、すぐに走り出そうとした。
「待ってください。まっすぐに走り逃げたとは限りませんよ。どこか、途中にある部屋の中に逃げ込んで、隠れている可能性だって、あるかもしれません」コバヤシが、慌てて、指摘したのだった。
そして、コゴローは、その意見に素直に耳を傾けて、走るのをヤメたのであった。
「なるほどな。お前の言う通りだ。じゃあ、途中の部屋を一つ一つ確認しながら、前に進もうぜ」
こうして、二人は、そのようにしたのだった。二人で手分けして、廊下にある部屋のドアを、片っぱしから、いちいち開けてみて、中を調べてから、慎重に、廊下を前進していったのである。
だが、捜査術としては、これは、とんだ失敗だったのだ。もし、ニジュウ面相が一直線に廊下を走り逃げていたとしたら、こんな悠長に追っていたのでは、ますます相手に逃げられ、遠ざかってしまうのである。
ここは、二人いたのだから、それぞれが作業を分担すべきであった。一人が、まっすぐ廊下を突っ走って、もう一人が、途中にある各部屋のチェックを行なえば良かったのだ。きっと、アケチ探偵であったならば、そのようなやり方を取ったであろう。だが、今は、オツムの弱いコゴローと、まだ経験不足のコバヤシだったものだから、うっかり、こんな間違えた方法を選んでしまったのだった。
あるいは、大声を出して、この監察医務院の中にいる職員たちを呼び集め、ニジュウ面相を追うのを手伝わせても良かったのかもしれない。しかし、この時間帯は、先ほどから、なぜか、やたらと職員とは出会えなかったのである。もしかすると、ニジュウ面相の方も、そこまで見越して、わざと、職員の少ない時間帯に合わせて、アケチたちをこの場所にと呼び寄せたのかもしれなかった。
とにかく、そんな次第で、途中の部屋でニジュウ面相を発見する事もなく、コゴローとコバヤシの二人は、とうとう、この医務院の玄関にまで、やって来てしまったのである。
玄関には、受付がいた。玄関のドアも、ガッチリと閉ざされていたので、かろうじて、怪しい人物が自由に外へ出て行く心配だけはなかったのだ。たとえ、ニジュウ面相が、また透明になっていたとしても。
「おい、係員さん!不審な奴が、こっちに逃げて来なかったかい?」コゴローが、勢いよく、受付にと尋ねた。
すると、受付は、なんとも不思議そうな表情を浮かべたのだった。
「あれ、アケチさん。あなたは、たった今、帰ったのと違ったのですか?」と、受付は言った。
「俺は、ずっと、この建物の中にいたぜ」
「でも、私は、あなたが玄関から出て行くのを見送ったばかりですよ」
「ああ!さては、ニジュウ面相だな!あの野郎!またしても、俺に化けやがったな!あろう事か、俺のフリをして、この玄関を突破しやがったのか!」
事情が分かったコゴローは、思いっきり激怒したのだった。自分に変装した姿を、悪事に利用されるなんて、名探偵にしてみれば、確かに、侮辱以外の何物でもないのである。
コゴローも、急いで、玄関のドアをくぐって、医務院の外へと飛び出した。コバヤシも、すぐに、その後を追ったのだった。
まさか、まだ、ニジュウ面相が近くをウロウロしているとは思えなかった。今回も、まんまと、ニジュウ面相には逃げられてしまったようなのだ。と、コゴローもコバヤシも、心の中では、すでに諦めかけていた。
ところが、二人は、目の前に広がる一本道のだいぶ向こうの方に、小さな人影を見つけたのだった。
コゴローもコバヤシも、ハッとして、その謎の人の姿に見入った。
その何者かは、ニジュウ面相ではなさそうだった。目を凝らして、よおく観察すると、その人物は、ピエロの格好をしているのである。魔術師か?彼が生きていて、姿を現わしたのか?いや、このピエロは、魔術師と比べると、だいぶ印象が違うようにも感じられたのだった。
とにかく、それは、謎の怪人としか言いようがなかった。
その怪しいピエロが、道のど真ん中で、何をしていたのかと言うと、どうやら、緩やかに踊っていたのである。ストリートパフォーマンスなのか、唐突に、道の上で、一人で舞っていたのだった。となると、ニジュウ面相とも賊とも、何も関係ない、ただのコスプレ宣伝マンか野外アーティストの類だったのだろうか?
何にせよ、路上を舞台に、優雅にダンスを披露するピエロの姿は、遠目に眺めていると、とても美しく、華麗なショーのようにも見えたのだった。実際、コゴローもコバヤシも、すぐには動き出さず、つい、しばらくの間、見入ってしまったのである。
と、ピエロの動きが止まった。どうやら、予定のダンスを踊り終えてしまったらしいのだ。
ピエロは、コゴローたちが遠くから見物していたのにも気が付いていたらしくて、コゴローたちの方に向けて、軽く会釈してみせた。それで、コゴローたちも、ハッと我に返ったのである。
「ヨシオ!あのピエロは怪しい!捕まえよう!」コゴローが怒鳴った。
「了解です!」と、コバヤシも、すぐに返事をしたのだ。
二人は、ピエロのいる場所に向かって、走り出した。しかし、ピエロも、踊りが終わるなり、コゴローたちとは反対側の道へと駆け去っていたのである。
運動神経抜群のコゴローの方が、かなり早めに、ピエロのいた地点にと到着した。そして、そこで立ち止まっていた。間もなく、コバヤシも、その場所にまで、たどり着いた。二人は、それ以上は走ろうとはしなかった。と言うのも、すでに、謎のピエロの姿は見失っていたからである。
代わりに、今までピエロがいた路上には、ちょっとした置き土産が残されていた。コゴローもコバヤシも、ア然として、それに目を奪われていたのだった。
そこにあった物とは、石膏像であった。若い女の首像なのである。先ほどの道中におけるピエロの舞いも、とてもシュールではあったのだが、路上にポツンと石膏の首像が置かれてある光景も、実に異様なのである。
「この石膏像のてっぺんに、何か、ついてますよ」
それに気が付いたコバヤシが、首像へと手を伸ばした。
首像には、小さな紙が貼り付いていたのである。剥がして、手で持ってみれば、それはトランプのカードなのだった。それも、スペードのエースなのだ。
なぜ、こんなカードが石膏像にくっついていたのであろう?
コバヤシは、怪訝げに、首をひねったのだった。
他方のコゴローも、動揺しながら、この首像そのものを持ち上げていた。
「これだ!俺が、クモ男のアトリエで見つけた頭の石膏像だ!アトリエと一緒に、火事で燃えちまったものだとばかり思っていたが、誰かが外に持ち出していたのか!」コゴローは声を張り上げた。
「コゴローさん!ダメですよ、乱暴に扱っては!もしかすると、重要な証拠品かもしれないんですよ」コバヤシが、慌てて、コゴローに注意した。
だが、興奮しているコゴローの耳には、まるで聞こえていないようなのだった。
それでも、コゴローは、首像を、いったん、地面の上にと戻した。しかし、そのあと、彼は、拳を振り上げたかと思うと、いきなり、首像の額のあたりへと、その鉄拳をお見舞いしたのだった。
コバヤシが止める暇もなかった。あっと言う間の出来事であった。
次の瞬間、首像には、大きなヒビが入り、パカリと、真っ二つに割れてしまった。表面の石膏が、左右にとキレイに分かれてしまったのである。
それで、コバヤシも、あらためて、がく然としてしまったのである。
なぜなら、表面の石膏が取れた首像の、その内部からは、本物の人間の頭部が現われたからだ。つまり、この首像も、以前見つかった胴体部の石膏像と同様に、芯に、人間の死体が使われていた訳である。
「やっぱりな。そんな事じゃないかと思ったんだよ。アトリエで発見した時から、疑ってたんだ。これで、バラバラ死体のうち、頭部も回収できた事になるな」コゴローは、得意げに語るのであった。
彼は、こうなる事を分かっていたらしく、全く動揺してはいないのである。
「コゴローさん。この首、この顔は・・・」コバヤシの方は、石膏像の中にあった女の首を、じっくりと観察して、さらに狼狽していた。「これ、花園さんですよ。花園洋子さん。ほら、二郎くんの婚約者だった・・・」
「つまり、妙子さんじゃなかったんだな。やっぱり、バラバラ死体は妙子さんとは違った訳だ」
コゴローは、驚がくの新事実が判明したと言うのに、まるで呑気なのであった。
その時である。
「アケチさーん。コバヤシくーん」と、道の向こうの方から、男の声が聞こえてきた。
目を向けると、声の主は二郎であった。二郎が、快活な様子で、向こうから走ってきたのである。
「ナカムラさんに教えてもらって、急いで、ここに来たんだ。俺、体の方も十分に回復したし、また二人の捜査を手伝うよ!クヨクヨしてたって、仕方ないからな。そんな訳で、今まで通り、よろしくな!」
彼は、元気に、そんな事を叫びながら、コゴローたちの元にまで、やって来てしまったのだった。
コゴローはともかく、コバヤシは、どう二郎に応じればいいか、すっかり戸惑っていた。
「何だよ、二人とも、どうしたんだい?」コバヤシの態度をオカシく思っていた二郎は、すぐに、近くの道端に置かれていた洋子の生首に気が付いた。
彼の顔は、たちまち、ショックを受けた表情に変わったのだった。彼は、バッと洋子の首にすがりついた。
「何だよ、これは!嘘だ、信じられない!こんな事、あってたまるもんか!悪魔だ、悪魔の所業だ!ひどい、ひどすぎるよ!」二郎は、大の男とは思えないような狼狽えぶりで、ワアワアと大泣きしたのであった。
そんな二郎の哀れな姿を、コゴローとコバヤシは、気の毒そうに、見守り続けたのだった。




