バラバラ死体の謎
その日、アケチ探偵とコバヤシ助手は、玉村邸の方へとお邪魔して、ナカムラ警部もまじえて、応接室にて、彼らだけの秘密の会議を行なっていた。
玉村邸では、魔術師が失踪したあと、すっかり、不穏な事件は起きなくなっていたのである。警備の方も、侵入者を特に警戒する形で厳重になっていたし、それ以前に、暗黒星自体が、今のところ、ずっと行動を潜めていたようなのだった。それでも、連中が、いつ、また動き出すか分からなかったので、ナカムラはずっと邸内に滞在し続けていた。しかし、事件が発生しなければ、警察の側も、これ以上、手の打ちようがなかったので、かくて、アケチたちも招いて、あらためて、これから、どうするかの作戦会議を開く事になったのである。
「まだ、妙子さんの死体の断片は、全て、見つかっていません。ひとまずは、これらの死体を探すのに、力を入れるべきではないのでしょうか」コバヤシが、真っ先に、そのように提案したのだった。
「そうだな。もちろん、警察の他の班では、妙子嬢の死体は、血眼になって探しておるのだが、賊がどこかに隠しているのか、あれ以来、新しい死体の断片は、まるで発見されないのだよ」と、ナカムラ。
「待ってください。そもそも、あれらのバラバラ死体が、この玉村家の事件と関係あると決めつけても良かったのでしょうか」アケチが、いきなり、そんな事を言い始めたのだった。
「おいおい、アケチくん。今さら、何を言っておるのかね」
「僕には、どうも、あの死体が妙子さんのものだったとは、今でも信じられないのですよ」
「でも、死体の一部から、妙子嬢の特徴である三重渦状紋の指紋だって、見つかったのだよ」
「そう、その点も、どこかオカシイのです。よおく考えてみてください。その指紋がある指だけが、なぜか、腕からも切り離して、別の場所から出てきたのでしょう?どうして、そのような手間のかかる処理を、犯人は行なったのでしょうか?あまりに無意味じゃありませんか」
「そんな事を、わしに言われても・・・」
「ああ!先生は、あの指だけが妙子さんのもので、他の死体の断片は、他人のものかもしれないと、おっしゃるのですね!」コバヤシが、閃いたように、大声を出した。
「その通りだ、コバヤシくん」
「ちょっと、ちょっと。君たちは、想像力を働かせ過ぎだよ。言っとくが、回収したバラバラ死体は、最後に手に入った胴体部に至るまで、全部、司法解剖にと回してあるのだ。すでに、そのどれもが妙子嬢のものだった、と言う検死結果が出ておる。この決定的事実まで、君たちは否定するのかね?」
「僕がピンと来てないのは、実は、そこなんですよ。なぜ、検死では、あの死骸が妙子さんのものだと判断されたのだろう。絶対に、検死の結果で、全ての疑いがひっくり返ると思ったのに」ここで、アケチの声のトーンが変わったのだった。「いや、待てよ。もしかしたら、あり得るかもしれない。そうだ、その可能性があったか」
「急にどうしたのだね、アケチくん」
「ナカムラさん。あのバラバラ死体の司法解剖は、一人の法医学医が担当したのですよね?」
「多分、そうだろう。どの死体も、同じ事件として処理されたからね」
「その法医学医の名前や詳細を教えていただけますか?」
「法医学医に、じかに分析結果を確認しようと言うのかね?まあ、どうしてもと言うのならば、とめはせんが」
こうして、ナカムラは、アケチの要望に応じて、バラバラ死体を担当した法医学医のことを事件本部の方から聞き出して、アケチたちにも伝えてくれたのだった。
その法医学医と言うのは、黒川勝一という名の若い男性の医学博士だった。最近、精力的に働いている、有望株の法医学医の一人なのだ。
「もしかして、黒川くんの事を疑っているのかね?いや、それは無いだろう。彼は、身元もハッキリしているし、署内でも評判の優秀な人物だ。ただ、それでも納得できないと言うのであれば、じかに会ってみて、自分の目で確かめてみたら良いだろう」
ナカムラ警部は、黒川の連絡場所を伝えながら、アケチにそのように告げたのだった。
アケチも、その情報をもとに、さっそく、行動に移ったのである。つまり、コバヤシを連れると、玉村邸を出発して、いくつかの用事を済ませた後、早くも、黒川医師に会いに向かったのだ。
黒川は、勤務中だったらしく、トーキョーの監察医務院の方に、まだ滞在していた。彼とアポの取れたアケチたちは、すぐに面会する許可を得て、ただちに、監察医務院へと急いだのである。
「コバヤシくん。このあと、何が起きるか分からないよ。覚悟はいいね?」
「もちろんです、先生」
その道中で、アケチとコバヤシは、そんな会話を交わしたのだった。
二人は、監察医務院にと到着した。監察医務院は、長い一本道の奥にポツンと一軒だけ建っている、真っ白な4階建ての大きな建物だった。
そこの玄関で、受付に、黒川との面会の話を伝えると、「黒川は応接間の方で待っている」と教えられた。
アケチたちは、応接室の手前まで、受付の係員にと案内してもらった。そして、応接室の中へと入ってみたのだが、ところが、そこは誰もいなかったのだった。
アケチとコバヤシは、顔を見合わせた。でも、よく室内を観察してみると、テーブルの上には、一枚の紙が置かれていたのである。
それは、黒川からの伝言だった。彼は、ちょっと席を外して、今は解剖室の方にいるのだと言う。申し訳ないが、そちらにまで来てほしい、と紙には書かれていた。分かりやすい、解剖室までのマップ付きなのだ。
「行ってみよう」と、アケチは言った。
「部外者が解剖室に入っても大丈夫なのですか?」コバヤシは返した。
「だって、招待されているんだ。行くしかないだろ」アケチは、せせら笑ったのだった。
こうして、二人は、応接室を出ると、マップを頼りに、解剖室むけて、歩き出した。幸いと言うべきなのか、移動中は、院内の他の職員とは、いっさい、すれ違う事はなかった。アケチたちは、誰にも邪魔されたり、怪しまれる事もなく、解剖室にと、たどり着く事ができたのである。
解剖室に鍵はかかっていなかった。だから、アケチとコバヤシの二人は、難なく、その中へと入れたのだ。
解剖室は、広い部屋ではあったが、基本的には、手術室とも異なるので、どちらかと言うと、倉庫の内側を彷彿させるような内装だった。壁は地味な褐色で、無駄なものは何も置かれてはおらず、全体的にガランとしていた。中央に、いくつかの手術台が並べられているのが、目立つ程度なのである。
そして、部屋の奥の方に、一人の若い男が佇んでいた。この男こそが、黒川らしかった。彼は、白衣を着て、部屋の隅に、ただ静かに立っていたのである。
「あなたが、黒川さんですね」アケチは、迷う事なく、明るく、その男に話しかけた。
「アケチさん。ようこそ、ここまで来てくださいました」男の方も、笑顔を浮かべて、言葉を返した。
「さっそくですが、お聞きいたしますが、あなたが、玉村妙子さんのものと思われるバラバラ死体を司法解剖なされたのですね」
「はい。その通りです」
「でも、その検死報告はデタラメだったのでしょう?」
「え?何をおっしゃるのですか」男は、口では驚いた風だったが、その態度は決して動揺してはいなかった。
「だって、あなたは、本物の法医学医じゃありませんから。いえ、もっと正しく言えば、黒川勝一さんでもないのでしょう?」
「はあ?」
「しらばっくれてはいけません。すでにバレているのですよ。僕たちは、ここに来る前に、先に、黒川さんのお宅に寄ってきました。一見、留守に見えましたが、中に侵入してみて、家宅捜査してみますと、押し入れに一人の人間が閉じ込められていたのが見つかったのです。誰だったと思います?その人こそ、本物の黒川さんだったのです」アケチが、楽しそうに、説明した。
すると、相手の男も、おかしそうに笑ったのだった。
「なるほど。もう、そこまで、調べ上げていましたか。さすがは、アケチくんです。見事なお手並みですね」
「君の方こそ、毎度ながら、鮮やか過ぎるやり口ですよ。いつから、本物とすり替わっていたのです?」
「11月20日、妙子お嬢さんを誘拐した前後にです。さて、そこまで見当がついているのでしたら、私の正体だって、すでに見抜いているのでしょう?」
「君はニジュウ面相だ。間違いないね?」
「まさしく!我がライバル、アケチくん。いつ、このカラクリを見破って、この場所に来てくれるか、ほんとは、ずっと待っていたのですよ。でも、意外に早かったようですね」
「今まで見つかったバラバラ死体の正体は、実は妙子さんじゃない。だとすれば、あの死体を妙子さんのもののように見せかけられる人物は、司法解剖を担当した法医学医しか居ない。もっとも、指紋だけは、鑑識の段階でも調べる事ができるので、指だけは、本物の妙子さんのものを使うしかなかった。それで、指一本だけを、さらに別にして、発見させる事にした訳だ。それにしても、いつの間にか、警察の組織の中にも、賊が紛れ込んでいたとは、さすがに、ちょっと盲点だったよ」
「我々暗黒星の実力を、あらためて、分かっていただけましたか?」
「もっとも、僕は、こうやって、そのトリックも、すぐ見抜いちゃったんだけどね。そして、ニジュウ面相、君を捕まえて、妙子さんの本当の居場所も吐かせようと思う」
「いえいえ。君は、なぜ、私がここで待っていたとお思いですか?逃げ遅れたのではありません。最初っから、君と戦うつもりだったからなのですよ」
「ふふ。そんな事だろうと思ったよ。で、今度は、どんな手で僕に挑んで来るつもりだい?もちろん、正々堂々と、受けて立ってやるよ」
「私の、今回の変身は、コレです!」
そう言うなり、黒川に化けたニジュウ面相は、白衣もズボンも脱いでしまったのだった。それらの衣類の内側に、彼は黒い全身スーツを着込んでいた。つまり、このスーツこそが、彼の変身能力の秘訣である変身用スーツらしいのだ。もちろん、黒川の顔だって、この変身スーツで化けているものなので、今の彼は、体の全てが変身スーツによって覆われている事になる。
「アケチくん。君を倒す為に、私は、新機能がついた変身スーツを開発してきたのですよ。今度こそは、絶対に負けませんよ。さあ、これをご覧なさい」ニジュウ面相がうそぶいた。
そして、彼の方をじっと見張っていたアケチとコバヤシの顔が、驚がくの表情に変わったのである。
と言うのも、二人の目の前で、ニジュウ面相の姿は、ボーッと消えてしまったからである。俊敏に高速移動したのではない。確かに、その場で、姿が透き通っていってしまったのだ。
「いかがです!私は、空気と同化してしまったのです。つまり、空気男です!」ニジュウ面相は、笑いながら、豪語した。「今の私の姿は、君たちには、全く、見えないはずでしょう。でも、私は、明らかに、ここに居るのです!さあ、透明人間になった私と、君はどう戦いますか?」
すっかり姿が見えなくなったニジュウ面相は、勝ち誇ったように、高笑いを続けていたのだった。




